ギーは、オークのなかでは変わっていた。子どもは厳しく馬や犬のようにしつけるべしというオークの慣習に反して、彼の母親はわが子に温かな愛情をそそいで育てたので、その影響かもしれない。
ギーは、自分が仲間たちとどこか違うという自覚があったので、まだ子どものうちから、ひとりになりたくてふらりと出歩いた。
そんなある日、いつになく遠出をしたギーは、かなり風変わりなオークの少年たちに出会った。自分よりもずっと、ほかのオークたちと違っている。外見からして、妙に違うように見えた。
子どもどうしということもあって、ギーは彼らと仲良くなった。話しているうちに、ふたりはオークではなく、ホビットだとわかった。ホビットたちの名前は、サリーとパリーといった。
「エルフや人間は恐いから近づかないようにと教えられた。でも、ホビットなんて知らない」
ギーが言うと、サリーが答えた。
「エルフや大きい人のことなら、話に聞いたことがある。体が大きいだけで、べつに恐いってわけじゃないみたいだったけど。でも、オークなんて聞いたことがないなあ」
「ぼくはちょっと聞いたことがある」と、パリーが言った。
「ビルボに聞いたんだ。オークは恐いって。でも、ギーは全然恐くないね」
それから三人はいっしょに遊び、別れて帰った。三十数年の歳月が流れ、青年となったギーは、仲間たちとともにサルマンに使われるようになった。
ギーは、サルマンも、その主人らしい瞑王サウロンも指輪の幽鬼ナズグルたちも嫌いだった。彼らはみんな、オークを道具としか見ていない。なのに、どうして従わなくてはならないのか?
仲間にそう言うと、仲間たちは笑った。
「おれたちだって嫌いだよ。だけど、やつらは力があるから従うしかない。だが、ずっと言いなりになるわけじゃないぞ。いつか出し抜いてやる」
「それなら、いっそ、他の種族と手を組んだらどうだろう?」
「他の種族?」
「サルマンと敵対している人間とか、ドワーフとか……」
「とんでもない。やつらは敵だ。もちろん、エルフもな」
「ではホビットは? ホビットっていう種族がいるんだ。エルフや人間みたいにいやな感じじゃない」
「ホビットのことなら、おまえに聞かなくても知っているとも。敵の人間どもやエルフやドワーフといっしょに行動している。つまり、やつらも敵ってことさ」
「そんな……。そのホビットたちと話し合ってみたのか?」
「話し合う?」
仲間たちは笑った。
「なにをねぼけてやがる。おれたちは話し合うことなんかしない。戦って、敵をねじ伏せるだけだ」
それじゃだめだと、ギーは思った。だからこんなに敵が多いのだ、と。
だが、それはオークとしては異端の考え方だった。仲間たちは聞いてくれない。それ以上いいつのると、裏切り者として殺されかねない。
ギーはやむなく、ホビットも含む一行の襲撃に加わった。
敵のなかに、ホビットは四人加わっていた。そのうちのふたりを見て、ギーは驚いた。かつて一度だけいっしょに遊んだ少年ふたりたちだ。顔はうろ覚えだが、たしかにサリーとパリーだという気がした。以前に会ったときからあまり年をとっていないように見えるが、ホビットは成長が遅いのだろうか?
ギーは、戦いをそっちのけでふたりに近づいた。ふたりはギーがわからないようすで、短剣をかまえる。
「おれがわからないのか? ギーだよ! サリーとパリーだろ?」
ふたりは、ちょっと驚いた顔をした。それで、ギーは、それがたしかにかつての友人たちだと確信した。
それで、ギーが安心してふたりに近づこうとしたとたん、一本の矢がギーの側頭部に突き刺さった。
何が起こったのかわからないまま、ギーはその場に倒れ、息絶えた。「ふたりとも無事か?」
茫然としているメリーとピピンに、レゴラスが声をかけながら近づいた。
「うん。ありがとう」
礼を言いながら、なんとなく歯切れの悪いふたりに、レゴラスはけげんそうにたずねた。
「どうかしたのか?」
「う……ん。このオーク、ぼくたちを見て、とうさんたちの名前を呼んだんだ。ニックネームだけど。まるでぼくらのとうさんたちを知っているみたいだった」
ピピンが言い、メリーもうなずいた。
「ぼくたち、それぞれのとうさんに似ているって、よく言われるんだ」
「でも、きみたちの父上は、ずっとホビット庄で暮らしているんだろう? オークと知り合いのはずはないと思うけど?」
「そうだよなあ」
メリーがそう言ったとたん、オークの一団が襲ってきたので戦いとなり、奇妙なオークのことはそのまま忘れ去られた。
オークのなかに、一行の味方となったかもしれない者がいたことは、ついにだれにも知られずに終わったのである……。
ひとつの種族全部が「悪」というのもなあ……と、ちょっと思って書いてみました。敵のなかに味方になりそうなキャラがいて、説得して仲間にするというのは、シュミレーションRPGではお約束みたいなものですが……。ま、実際の戦争で、下工作ならともかく、戦闘中に説得するのは無理でしょうね。