魔族との戦いのために、男たちが毎年のように駆り出されるようになって、どのぐらいになるだろうか。
春に戦いに赴き、秋に軍が帰還したとき、帰ってこなかった者は数多く、残された妻や子、老親には、生活に困り、路頭に迷う者も多かった。
いきおい、働きすぎの母親に死に別れたり、捨てられる子供も数多い。そのため、ハウカダル島の十二の王国は、戦乱の世にありがちなように、孤児たちであふれかえっており、ここホルム国最大の都市シグトゥーナもまた、例外ではなかった。
育ててくれる親や身内はなく、かといって仕事に就くには幼すぎ、能力を評価もしてもらえない子供たちは、生き延びるために、盗みを働くしかない。そうして、すりやこそどろをしながら成長した者は、ふつうなら仕事に就けるほどの年齢になっても、まっとうな仕事にありつけないばかりか、罪人として役人に追われる身の上となる。
社会からはみ出した彼らが、徒党をなし、一種の盗賊団、ちんぴらの集団となるのも、自然ななりゆきだった。
そして、年々、戦力となる男たちが減っていくことに頭を悩ます為政者たちが、そのちんぴらたちを戦力にしようと考えるのもまた、自然ななりゆきといえた。
なにしろ彼らは、生きるための必要から、安穏に育った者たちよりすばやいし、
ケンカにも場慣れしている。というより、彼らのような境遇におかれて、おとなになるまで生き延びられるのは、逃げ足が速くてケンカに強い者だけなのだ。
そんな彼らのことだから、剣や槍を手にしての戦いとなっても、善良な一般市民よりはるかに強いことだろう。
この戦力を、そのまま放置しておくことはない。盗人、それも徒党を組んでの盗賊団となれば、捕まえれば、ふつうなら縛り首にするところだが、兵士として使いものになるのなら、その罪を許すぐらいなんともない。
一定数の兵士を徴兵しなければならない役目を負ったシグトゥーナ市の総督は、そう考え、第三騎士団の歩兵隊長でもあるダグ補佐官に、ちんぴらたちを徴兵するように命じた。
「兵士になれば、今までの罪を許したうえで、凱旋後に給料として銀貨二十枚ずつ支払う。もちろん、行軍のあいだは糧食が支給されるし、魔族の村で掠奪した物は自分の物になるのだぞ」
その通達を耳にしたとき、スティンはまったく信用しなかった。
「けっ、役人の言うことなど、信用できるかよ」
ちんぴらたちがねぐらにしているかつての魔族の村の廃墟で、スティンが吐き捨てるように言うと、「そうだ、そうだ」とちんぴらたちが口々に同意した。
今まで、為政者や身分高い者たちから踏みつけにされるようにして生きてきたのに、いまさら役人の言うことなど信用できようはずはない。
それでも話題に乗せるのは、もしも役人たちが本気なら、それが魅力的な申し出だからである。
どんなに強がっていても、捕まれば縛り首になる身の上というのは、やはり恐ろしい。盗みをつづけなければ生きていくすべがない以上、足を洗うこともできないのだが、いずれ自分はろくでもない死に方をすることになるのだろうという漠然とした恐怖は、口には出さないながら、みんな心のうちに秘めている。
もしも、兵士になればほんとうに罪が許されるというのなら、そうしたい。戦は危険だが、秋までのことと期間が限られているのだし、人間側のほうが優勢なのだから、生きて戻ってこられる確率は高い。
帰ってくれば、結局、またもとのならず者にならしかないのかもしれないが、少なくとも報酬の金があるあいだは、役人たちの目を恐れることなく、真人間として堂々と暮らせる。それに、罪人でなくなれば、まっとうな仕事だって見つけられるかもしれないではないか。
そんな思いを、だれも口には出さない。そんなことを口に出したら、臆病と思われる。臆病者は、仲間から蔑まれ、はじき出される。
子供のころから助け合って生きてきた彼らだが、落ちこぼれた者をはじき出すときには容赦がない。そして、罪人として役人に追われる身の上で、孤立することを恐れない者などいはしない。ただひとりをのぞいては。
「あいつはどう思っているんだろう?」
スティンは、その唯一の例外に目を向けた。
ちんぴらたちから離れた木の枝に、ただひとり座って休息している若者。スティンたちと同じく、幼いころから盗みを働きながら生きてきたシグトゥーナの孤児で、まぎれもなくちんぴらたちのひとりでありながら、ただひとり、仲間でない者。レイヴという名のその若者は、自分たちと同じくこの廃墟をねぐらにしているというのに、スティンも他の者たちも、ろくに口もきいたことがなかった。
レイヴが皆から孤立しているのは、魔族を思わせる黒髪ゆえだった。その黒髪は、完全な漆黒の魔族の黒髪と違って、まぎれもなく人間の髪の色で、大陸の東方や南方にいけばそれほど珍しい色でもなかったのだが、このハウカダル島では珍しく、しかもスティンたちは、ほんものの魔族を見たことがなかったので、話に聞く魔族の黒い髪とレイヴの黒髪の区別がつかなかった。それで、レイヴの黒髪を、魔族の髪のようだと忌み嫌い、彼を敬遠していたのである。
だが、レイヴが孤立していたのが、はたしてほんとうに髪の色のせいだけだと言い切れるかどうか。幼いころからの慣れなのか、それとも生来の性格からか、彼は、孤立していることを、まったく苦痛とも不安とも思っていないようすで、むしろ、それを望んでいるようにすら見えた。
そのレイヴを、だれも追い出そうとか締めあげようとかしないのは、彼がやたらに強いからである。
こちらから手を出さなければ、レイヴのほうからケンカを吹っかけてくることはない。それで、暗黙のうちに、諍いもなければ助け合いもない、互いに不干渉の共存がつづいてきたのだ。
(不気味なやつだが、それでも、役人を信用するぐらいなら、まだしもあいつのほうが信用できると思うぞ)
スティンは内心そう思った。同時に、レイヴのほうもそう思っているのではないかという気がした。
ちんぴらたちがなかなか徴兵に応じないので、ダグ補佐官は強行手段に出た。
捕らえて、強引に従わせようとしたのである。
スティンたちはもちろん逃げた。が、スティンたちの使い走りのようなことをしていた子供たちとなると、そうはいかない。幼いころからかっぱらいのようなことをしてきて、同年代の子供たちに比べてすばしこい子供が多かったが、やはりおとなの体力と脚力には負ける。
スティンたちのあとについて逃げていた子供たち三人が、ついに兵士たちに捕らえられた。
むろん、子供など捕らえても、兵士には使えない。が、人質にはなる。
「手下のガキどもを助けたければ、兵士になれ。でなくば、子供とはいえ盗人だ。縛り首にするぞ」
「ヴィー!」と、半狂乱の娘が泣き叫びながら駆けつけてきた。捕らえられた子供たちのひとりの姉で、街娼をしている娘だった。
「やめて! まだ子供なのよ!」
スティンはつかのま迷った。が、足を止めたのは、ほんの数瞬のこと。ばかな情に引きずられては、命を落としかねない。
身をひるがえして逃げようとしたとき、背後で声がした。
「募集の条件にうそはないだろうな?」
レイヴの声だった。
「今までの罪状をチャラにして、銀貨二十枚。それにうそはないだろうな」
スティンは驚いてふり返り、子供たちもまた目を丸くしてレイヴを見た。彼らは、ちんぴらたちを兄貴分と慕ったり、使い走りのようなことをしたりしていたが、レイヴのことは敬遠していた。それどころか、兄貴分たちと違って、レイヴの強さが全然わかっていなかっただけに、石をぶつけるようなことさえしたことがあったのだ。
なのに、どうして、兄貴分たちがさっさと逃げてしまったのに、レイヴが助けてくれるのか、さっぱりわからなかった。
「うそはない。ガキどもも返してやろう」
役人たちが約束した。先ほど追いかけていたなかに、黒髪の者はいなかったはずだと、少しけげんに思ったが、ちんぴらたちのなかに黒髪の若者がひとりおり、腕がたつということは知っている。彼がちんぴらたちから孤立していることは知らなかったので、子供たちを人質にとられて名乗り出てきたことは、さほどふしぎには思わなかった。
スティンはといえば、驚きながらもその場を逃げ去り、安全な場所で身震いした。レイヴがどうしてあそこで名乗り出たのか、さっぱり理解できず、あの場は逃げるのがあたりまえだと思いながら、逃げたことが後ろめたく、ひどく落ち着かない気分になった。
その後、スティンは、結局、役人たちに捕まり、兵士になって、レイヴと再会したのだが、レイヴがあのような行動をとった理由を聞きたいと思いながら、ついに聞きそびれたのだった。