ドラゴンと巫女

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  むかしむかし、とおい北の国に小さな湖がありました。湖には、一頭のドラゴンが住んでおりました。
 ドラゴンはうまれたときからひとりぼっちでした。この湖にしばらく住んでいたドラゴンの一家がひっこしたとき、タマゴをひとつだけわすれていき、そのタマゴがかえったのです。
 けれども、ドラゴンはそんな事情を知りません。うまれたときからひとりだったので、だれも教えてくれなかったからです。
 ドラゴンには小さな黒い羽がありました。それで、ドラゴンは、いつか空を飛べるようになり、なかまをさがしにいきたいと思っていました。空を飛ぶ鳥たちにも、湖を泳ぐ魚たちにも、岸辺に住む人間たちや動物たちにも、それぞれなかまがいるのですから、じぶんにもなかまがいるのではないかと思ったのでした。
 その夢をかなえるため、ドラゴンは、水鳥たちをお手本にして、空を飛ぶ練習をしようとしました。
 でも、鳥たちのようにいくら羽をはばたかせても、空を飛ぶことができません。ちょっと飛びあがっても、すぐにどすんと地面におちてしまいます。
 鳥たちはそれを見てわらいました。
「太っちょドラゴンくん。そんなに大きくて重い体に、そんな小さな羽では、とても飛ぶことはできないよ」
 ドラゴンは悲しくなりました。
「どうしてぼくは飛べないんだろう」
「人間ならわかるんじゃないのか」と、一羽の水鳥がいいました。
「人間には、いろいろなことをよく知っているものしりな人がいる。それに、本ってものをたくさんもっているんだ。本には、ぼくたちが知らないようないろんなことが書かれているんだ」
「よし、人間に教えてもらいにいくことにしよう」
 ドラゴンは人間の村にむかって泳いでいきました。
 けれども、人間たちは、ドラゴンを見ると、こわがってにげだし、家の戸をしめて閉じこもってしまいました。
「ちょっと、もしもし、聞きたいことがあるんだけど」
 よびかけても家からでてきてくれません。
「あのう。もしもし」
 一軒の家に手をかけてゆさぶると、家はグシャッとこわれてしまいました。家にいたのは女の人がひとりで、「キャーッ、キャーッ」とひめいをあげています。
「ちょっと教えてほしいんですけど」
 ていねいに話しかけましたが、女の人はますますこわがって、「キャーッ、キャーッ」となきさけぶばかりです。家をこわしたのがまずかったのかもしれません。
 とうとうドラゴンはあきらめて、湖のむこう岸にあるじぶんのうちに帰りました。

 ドラゴンが帰ったあと、村の村長は、少しはなれた町にある神殿に相談にいきました。
 神殿というのは、いろいろな神さまをおまつりしているところです。村長は、ドラゴンがまたおそってくるのではないかとおそれ、神さまに助けてもらおうと考えたのです。
 神殿には、巫女とよばれる女の子たちが、神さまたちにつかえていました。そのうち、ミラという名の巫女がいいました。
「わかりました。わたしがまいりましょう。わたしは、水の神さまにつかえる巫女ですから、湖のことなら、わたしの役目だと思います」
 ほんとうのところ、ミラもドラゴンはこわかったのです。ドラゴンのなかには、人間を食べてしまうような、こわいドラゴンもいると聞いたことがありましたからね。
 でも、村の人たちがこわがっているのを、ほうってはおけません。それに、その湖のドラゴンは、家をひとつこわしただけで帰っていったというのですから、それほどこわいドラゴンではないかもしれないと思ったのです。

 ミラは、湖にやってくると、小舟で湖にこぎ出し、よびかけました。
「ドラゴンさん、ドラゴンさん。わたしの声が聞こえたら、返事をしてくださいな」
 ミラの声は、ドラゴンのところにもとどきました。
 このあいだ村をおとずれたときは、人間たちはみんなこわがっていて、だれとも話をすることができませんでしたが、ちゃんと話のできる人がきてくれたようです。
 そう思って、ドラゴンはよろこんでミラのところにいきました。
「はーい、こんにちは。きてくれてありがとう」
 ドラゴンがやさしそうなので、ミラはほっとして、たずねました。
「このあいだ村にやってきたのは、どんなご用だったの?」
「ぼくは空を飛べるようになりたいの。それで、人間に空を飛べる方法を教えてもらいたかったんだ」
「空を飛べる方法? あなたは空を飛べないの?」
「うん」
「へんねえ。ドラゴンは空を飛べるものだって聞いたけど。神殿にもどってしらべてくるわ」
 ミラはそう約束して、神殿にもどりました。

 三日後、ミラは湖にもどってきました。
「ドラゴンさん、わかったわ。あなたはまだ子どもだから、空を飛べないのよ。おとなになったら、もっともっと羽が大きくなって、飛べるようになるわ」
「そうだったのか。じゃあ、どのぐらいしたら、おとなになれるの?」
「ドラゴンは長生きだから、だいぶん先みたい。あと何十年か待たなければいけないわ」
 ドラゴンはなきだしそうになりました。
「そんなずっと先なの? それまで、ぼくは、おとうさんやおかあさんにも、なかまにも会えないんだ」
「空を飛んで、なかまに会いにいきたかったの? この湖に、ドラゴンはあなたひとりしかいないの?」
「うん」
 ミラは、ドラゴンがかわいそうになりました。そこで、しばらく考えこんでからいいました。
「じゃあ、あなたがおとなになるまで、わたしがあなたのなかまになってあげる。それではいや?」
「ううん。ほんと? ほんとにぼくのなかまになってくれるの?」
「ええ」
 そういって、ミラはドラゴンといっしょにくらすことになりました。
 ミラは巫女なので、神殿にときどき仕事に出かけますが、かならずドラゴンのところにもどってきます。そんなくらしが、ミラもドラゴンも気に入っていました。

 ながいながい年月がすぎました。ミラはおとなになり、やがて年をとっておばあさんになりました。もう、ミラはあまり歩くことができません。ずっとベッドに寝たきりです。
 そんなミラのために、ドラゴンは山でめずらしい薬草をとってきて、薬をつくります。薬のつくりかたは、ずっといぜんにミラに教えてもらったのです。
 いまでは、ドラゴンはもうほとんどおとなになっていて、高くてけわしい山のてっぺんにも、薬草をさがしにいくことができます。その気になれば、なかまをさがしにいくこともできるでしょう。
 けれども、ドラゴンは、今ではなかまをさがしにいきたいとは思いません。ミラとずっといっしょにいたいと思っています。それで、飛べるようになったことを、ミラにかくしていました。
「ドラゴンさん」と、あるとき、ミラがいいました。
「ほんとうはもう、飛べるようになっているのでしょう? それなら、なかまをさがしにおいきなさい」
「ううん。ぼくはずっと、ミラといっしょにいたい」
「ありがとう。でも、それはむりなの。人間の寿命は、ドラゴンよりもみじかいの。わたしは、もうその寿命がきてしまうの」
「そんなの、いやだ」
「どうしようもないことなのよ」
「じゃあ、そのときまでそばにいる」
 ミラは、しなびた手をのばしてドラゴンの頭をなで、ほほえみました。
「ありがとうね。空を飛べるようになったのに、ずっとわたしのそばにいてくれて」
 それから何日かあと、ミラはしずかに息をひきとりました。
 ドラゴンは、なきながらミラのお墓をつくり、花をかざりました。
「ありがとう、ミラ。ずっとそばにいてくれて。ミラには人間のなかまがたくさんいたのに、ぼくといっしょにいてくれて。ぼくは新しいなかまをさがしにいくけど、ミラは最高のなかまだったよ」
 そういってミラに別れをつげると、ドラゴンは、いまではすっかり大きくなった羽を広げて、湖を飛びたっていったのでした。


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