ある勝ち組の誤算

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 孝夫の勤める会社は、ここ数年、業績があまり思わしくない。いずれリストラが行われるのではないかと、社員たちは不安な毎日だ。
 そんななか、勝ち組となるべく、孝夫は対策を考えた。
 発言力のある管理職に取り入り、ライバルの悪口をさりげなく吹き込んで、相対的に自分の立場を強くする。
 とくに不況でなくても、そういうことを考える勤め人は珍しくあるまい。ましてリストラの危機となれば、それを実行する者は好景気のときより多かろう。孝夫はそのうちのひとりに過ぎなかったともいえる。
 ただ、孝夫は、同じようなことを考えた他の者たちよりも幸運で、人間関係の要領もよかった。
 子どものころから、目上の人にかわいがられるようにふるまうのは大の得意。就職してからも、課長とウマがあってかわいがられており、酒や食事をともにする機会も多い。
 それだけに、飲み屋でさりげなく同僚の話題を出し、陰口と思われないようにうまく批判し、課長が同僚を過小評価するように根回しするのは、孝夫にはそれほど難しいことではなかった。
 ひとたび先入観を植えつけられると、相手がほんの少しでもそれにあてはまることをすれば、聞いたとおりだと納得してしまう。そんな先入観を、孝夫はさりげなく課長に植えつけていったのだ。
 その甲斐あって、同僚たちのある者は課長に頼りないと思われ、別の者はだらしないと思われ、また別の者は仕事が効率的ではないと思われた。
 もちろん、そんな根回しをしているなんて、同僚たちには内緒だ。ばれれば、同僚たちがつるんで、自分を排除しようとするだろう。
 だから、同僚たちには、わざとらしいほど親しげにふるまう。それも孝夫は得意だった。
 やがてリストラがはじまると、孝夫の同僚たちは次々に退職を勧告され、職場を去っていった。
 社内のなかでもとくに孝夫の課は、リストラされた者が多かった。孝夫の根回しに乗せられた課長が、部下たちのほとんどは能力不足だと思いこみ、もっと優秀なスタッフと入れ替えたいと考えて、上部から求められた以上の人数をクビにしていったからだ。
「仕事のできない者ばかりでは業績を上げられない。これを機会にすぱっと入れ替えて、優秀な人間を採用したいんだ。一時的に人数は三分の一になってしまうが、君は仕事が早くて優秀だから、無能なやつの三人分ぐらい、難なくこなせるよな」
 課長にそう言われれば、孝夫としては否定しにくい。なんといっても、同僚たちの大半が自分の三分の一ぐらいしか仕事をしていないように、課長に吹き込んだのは孝夫自身なのだ。
 やりすぎたと後悔してももう遅い。
 かくて孝夫は、自分が退職に追い込んだ同僚たちの分まで仕事を背負い込み、連日、深夜まで残業する羽目になったのだった……。


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