時間犯罪

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 野村修一は朝からずっと落ち着かない気分でいた。親友の大崎夏夫がとんでもない実験を思いついたからである。
 一週間前、発明家の夏夫は、修一とその妹の由貴に金属の大きな箱のようなものを見せ、こう言ったのだ。
「見てくれ! タイムマシンだぞ」
 修一と由貴は、冗談だと思って、すぐには本気にしなかった。だが、目の前で二匹のハツカネズミを五分後の未来に送るという実験を見せられては、信じるほかなかった。
 そのあとである。夏夫がふたりに恐るべき実験計画を打ち明けたのは。
「タイム・パラドックスって聞いたことがあるだろ? タイムマシンで過去にいって人を殺せば、未来はどう変わるかってやつさ。おれは、過去にさかのぼって、それを試してみようと思うんだ」
 修一と由貴は飛び上がるほど驚いた。
「ばかなことはよせ! もし、おまえが過去の人間を殺したとすると、その子孫はみんな消えてなくなってしまうんだぞ。わかっているのか?」
 この一週間というもの、修一は毎日のように夏夫を説得しようとしたが、夏夫はこの忠告に耳を貸そうとしない。
 発明にのめりこみやすくて、少しぶち切れたところのある男だったが、こんなマッドサイエンティストのようなことを考えるとは思わなかった。
 修一はタイムマシンを破壊してしまおうとも考えたのだが、夏夫はそれをみこしてタイムマシンを一週間後に送ったので、それも無理だ。
 夏夫がすぐに実験に及ばなかったのは、歴史が変わったかどうかを確認するために、人口など、いろいろ統計を集めて実験後と比較するためらしい。
「有名人を殺すという手も考えたが、相手のすぐそばにうまく出現するなんて無理だからな。ターゲットを探しているあいだ、タイムマシンを隠しておくのはむずかしい。それより、最初に出会った手頃な相手を殺してさっさと戻ってくることにするよ」
「それが自分の先祖だったらどうするんだ?」
「そういう確率ははてしなくゼロに近いと思うね。念のため、親の出身地から離れた場所を選ぶしな。行き先を三重県あたりにして、時代も江戸時代あたりにしておけば、おれの先祖って心配はまずないだろう。おまえの先祖という心配もな」
 どう説得しても、夏夫は聞き入れようとせず、今夜七時が実験の決行日時なのである。
 けさ、修一は、どんな乱暴な手段をとってでも親友の時間犯罪を阻止しようと決心して夏夫の家に行ったのだが、玄関は閉ざされて、呼び鈴を鳴らしても返事はない。窓はすべて雨戸が閉ざされており、侵入は不可能だった。
 午後にもう一度行ったが、やはり同じだった。
 一度は警察に通報しようかとも考えたが、タイムマシンによる時間犯罪など信じてくれるわけがない。
「まったく何をしてるんだ、由貴は。こんなたいへんなときだというのに」
 由貴は朝から図書館に出かけたまま帰ってこない。修一のことは匙を投げたのか、本気にしていないのか。
 時計を見ると、六時前になっている。少し早いが夏夫の家に行ってみようと、車を出しかけたとき、由貴が戻ってきた。
「兄貴、これを見て」
 由貴が差し出したのは一冊の雑誌だった。『宇宙人が地球にやってきた!?』というその記事のタイトルを見て、修一は思わず由貴をどなりつけた。
「ばか! いまはそれどころじゃない!」
「大崎さんと関係があるのよ。ほら、ここのところを読んでよ」
 けげんに思いながら、修一はさっと目を走らせた。

 江戸時代中期、伊勢の漁村の娘が殺されるという事件が起きた。犯人は、その娘の恋人によって銛で刺し殺されたが、なんと、だれも見たことがないようなふしぎな服装をしていた。上半身は伸び縮みをする茶色の衣服で、下半身には紺色の股引のようなものをはき、頭がすっぽり入る丸くて白い鋼の壷のようなものをかぶっていたという。
 おまけに、二人の村人が、この男がふしぎな金属の長持ちのようなものに乗って、何もないところから突然姿を現わすのを見たというのだ!
 村人たちはこの乗り物を気味悪がって海中深く沈めた。
 この男がかぶっていたのは宇宙帽であり、長持ちのような乗り物とは一人乗りの小型宇宙艇で、その男は宇宙人だったとは考えられないだろうか?
 また、この乗り物が宇宙艇にしては小さく、突然出現したところから、これはタイムマシンであり、娘を殺したのは未来人ではないかとも……。

 そこまで読んで、修一はハッとなった。
「そういや、あいつは江戸時代の三重県あたりに行くと言ってたな」
 修一と由貴はすぐ夏夫の家に行ってみた。
 玄関も窓も、昼間に修一が来たときと同じく、厳重に戸締まりされている。
「修一か?」
 ふいにインターホンから声が聞こえた。
 修一が「そうだ」と答えると、玄関の戸がさっと開いた。これも夏夫がつくった仕掛けだ。
 部屋に入ると、夏夫がタイムマシンの中に座っていた。茶色のトレーナーに紺色のジーンズといういでたちで、白いヘルメットをかぶっている。
「予定より三十分ばかり早いが、準備ができたんでね。おまえたちが来れば出発しようと思っていた」
 そう言い終わると同時に、夏夫はスイッチを押した。
「よせ! 行ったら殺されてしまうぞ!」
 修一が叫ぶなか、タイムマシンは姿を消した。
 修一と由貴には、このあとの夏夫の運命がわかりすぎるほどわかっていた……。


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