かくれんぼをしていると……

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 これは、パンデミックなどまだ起こっていなくて、学校での合宿なども心置きなくできた時代の話。夏美たち六年二組の三十五人は、夏休みのある登校日、町はずれにあるお寺で一泊二日の合宿をすることになった。
 学校からお寺まで歩いて二時間ちょっと。遠足がてらにてくてく歩きながら、だれからともなく言い出した。
「あのお寺、おばけが出るんだって」
「墓場でかくれんぼをしていて人魂を見た子がいるって」
「神隠しにあった人がいるって」
「かくれんぼをしているとおばけが出るって」
「あ、かくれんぼをしていると怖い目に遭うという話はわたしも聞いた。あのお寺でかくれんぼをしてはいけないって」
 聞いた話はみんなけっこうばらばらだが、かくれんぼについて何か怖い話があるらしいと聞いた子は何人もいた。
 それで、お寺に着いてお昼ご飯を食べ、住職さんが仏様のありがたい話とやらを話してくれたあと、夏美は住職さんにたずねてみた。
「このお寺、おばけが出るってほんとですか? かくれんぼをしていると怖い目に遭うとか……」
「そうそう、かくれんぼについての怪談はよく聞くね」
 住職さんは何か秘密の話でもするかのような口調で話しはじめた。

「じつはわたしも経験者でね。何十年も前の、まだ子供だった時の話なんだが。わたしはこのお寺で生まれ育って、寺でかくれんぼをしてはいけないと言われていたんだが、あるとき、親の言いつけを破って、近所の遊び仲間たちとかくれんぼをしていたんだ。そしたら、ひとーりー」
 人差し指を突き出して芝居がかった口調で言いかけたとき、「あなた、電話よー」と奥さんに呼ばれて、住職さんは部屋を出て行った。
 そのまま住職さんがなかなか戻ってこないので、だれからともなく、肝試しにかくれんぼをしようという話になった。
「えー、六年生にもなってかくれんぼかよ?」
「こわいよ。わたし、おばけとか、肝試しとか、絶対いや」
「足が疲れたからやりたくない」
 いろいろな理由で「やらない」と言った子も多く、結局、かくれんぼをすることになったのは二十人。夏美と仲の良い千春も、はじめは渋っていたが、「夏美ちゃんがやるのなら」と加わった。
 じゃんけんで夏美が鬼となり、声を出して百数えてから探しはじめる。

 隠れてもいいのは、屋内では、皆の寝室としてあてがわれた大広間二部屋と廊下など。住職さんの住居や本堂などは立ち入らないように言われているので、隠れ場所にはならない。
 押し入れに隠れた四人、積み上げたふとんの後ろに隠れたひとりなど、屋内に隠れた八人を見つけると、夏美は境内に降りた。
 境内は広いけれど、隠れられそうなところはそれほど多くない。木の後ろに隠れていた子、お墓の基壇の後ろに隠れていた子、とめてあったライトバンの陰に隠れていた子、床下に隠れていた子などを次々に見つけていく。
 見つかった子は、大広間に戻っていった。
 意外に千春が見つからないなと思っていると、最後に見つけた子が縁側に出て夏美に声をかけた。
「わたしで最後だよ。全員見つかったよ」
「そんなはずない。千春ちゃんを見つけた覚えないもの」
「えっ? 人数数えたら、わたしを入れて十九人いたよ。数え間違いかなあ。確かめてくる」
 奥に引っ込むと、しばらくして何人かといっしょに縁側に出てきた。
「数えるとやっぱり十九人いるんだけど。でも、千春ちゃんはいない」
「みんなで探そう」
「うん、心配だ」
「境内に降りたとき、千春ちゃんもいっしょにいたよ。だから、境内のどこかにいると思うけど」
 口々に言いながら、みんな境内に降りてきた。
「千春ちゃん、もういいから出てきて」
「千春ちゃんで最後だから」
 呼びながらあちこち探したが、千春は見つからない。
「ねえ、住職さんが『かくれんぼをしていたら、ひとり』とか言ってたよね」
「ひとり減ってるってこと?」
「神隠しにあうってこと?」
 だれからともなく言い出し、みんなかなりパニック状態になってきた。
「異世界に連れ去られたのかも」
「宇宙人に誘拐されたのかも」
 妄想がどんどん飛躍してくるなか、夏美は縁側の床下に目をとめた。
 ふつうの家と違って床がかなり高いつくりになっていて、縁側から境内に降りるのも、五段の階段になっている。壁もなく、かがめばかんたんに入れるので、階段の後ろや柱の後ろに隠れている子がいたのだ。
「この奥のほうは見ていないけど」
 覗いてみたが、太い柱が何本もあるし、暗いので、奥のほうはよくわからない。
「ライト取ってくる」
 ひとりがライトを取りに戻っているあいだに、夏美たちは千春の名を呼んでみた。
 はじめのうちは返事がなかったが、何度も呼んでいるうちに、奥のほうで声が聞こえた。
「た…す…けて」
 かすかな声は、続いて叫び声となった。
「助けて!」
 ライトを取りに行った子が戻ったので、渡されたペンシルライトの光を頼りに進もうとすると、千春の声が聞こえた。
「クモ! クモがいるの!」
「え?」
 夏美はひるんだ。夏美もクモは苦手である。
 ライトの光で千春の姿が照らし出されると、周囲にクモの巣がたくさんあるらしいのがわかった。
「やだ。クモの巣だらけ」
 夏美の言葉が後ろにいた子たちに伝わると、ひとりがどこからか竹箒をもってきた。
「これでなんとかなる?」
夏美が竹箒でクモの巣を取り払う。千春は腰が抜けてうまく歩けないようだったので、後ろに続いてきた子といっしょに左右から千春に肩を貸して、なんとか床下から救出した。
「奥のほうに隠れようとしたら、クモの巣に顔突っ込んじゃったみたいで……。クモが顔にたかったみたいで……。気絶しちゃったみたいで……。夏美ちゃんの呼ぶ声で気がついた」
「ああ、よかった。神隠しとかじゃなくて」
 夏美の言葉に、みんな口々に同意した。
「ほんとだよ。消えちゃったかと思ったもんね」
「やっぱりおばけなんかなかったんだ」
「人騒がせだなあ」
「だって、怖かったよ。気持ち悪かったよ」
 千春がむくれながらも立ち上がった。
「まあまあ。おばけよりはましだろう」
「でも変ね」と、ひとりが首をかしげる。
「さっき部屋で人数数えたとき、たしかに十九人いたよ。夏美ちゃんと千春ちゃんいれれば二十一人になるんだけど」
「数え間違えじゃないの? でなきゃ、かくれんぼに加わっていなかった子も入れて数えちゃったとか」
「そうかなあ? そんなはずないと思うんだけど」
「いやあ、それにしても、箒を持ってきてくれて助かった。素手でクモの巣払うなんて無理だもん」
 夏美がしみじみと言う。
「ほんとよねえ。うまいぐあいに竹箒あってよかったよねえ。だれが持ってきてくれた
「えーと、わたしは受け取って渡しただけだから……。わたしに渡してくれたのは……」
 その子のふり向いたほうに、みんなの視線が集まる。肩ぐらいまでの髪の小柄でかわいい女の子だ。
「えーと、ごめん、名前思い出せない」
 夏美もその女の子の名前を思い出せない。全員の顔と名前をまだちゃんと覚えていないのだが、なんとなく初めて見るような気がする。
「てへっ」
 女の子はぺろっといたずらっぽく舌を出すと、ぱっと姿を消した。
 夏美たちはしばらく呆然と、いままで女の子がいた空間を眺めていた。それから、だれからともなく悲鳴が上がり、境内にみんなの悲鳴がこだました。

 夕食で集合したとき、夏美たちは引率の先生たちや住職さんに昼間の話をした。先生たちは暑さのせいで白昼夢でも見たのだろうと取り合わなかったが、住職さんは笑わなかった。
「わしは七人で遊んでいたはずなのに、気がついたら八人いたんだ。いつのまにか 知らない女の子が混じっていてな。『おまえ、だれだ?』とたずねると、ふっと消えた。ほかの目撃談も似たり寄ったりだ」
「で、どういうおばけなんですか」
「さあ? 見たという人は多いんだが、名乗られた人はいないんでな。むかし読んだ座敷わらしの童話に少し似ているような気もするが、座敷わらしは東北地方の妖怪で、ここは東北じゃないし。かくれんぼをしているときだけ出てくるというのも、座敷わらしとはだいぶん違うし。かくれんぼをしていて事故で死んだ子供の幽霊だの、人間と遊びたがっている狐の子だの、タヌキの子だの、説はいろいろあるけど、よくわからん。まあ、べつに実害はないから、気にしないことにしているよ」
「そ、そうね。たしかに実害はないね」
「よく考えれば助けてくれたんだし」
「いいおばけだよね」
それで夏美たちは、それ以上深く考えないことにしたのだった。

 

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