オヨヨン族の神話

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この話は創作神話です。本物の神話ではありませんので、念のため。

第一話 月と大地と水のはじまり  第二話 愛と死のはじまり  第三話 サルとヘビと人の話


はじめに

 人類は東アフリカの大地溝帯で誕生したといわれている。
 その東アフリカに住む漂泊の民オヨヨン族は、生命の誕生と進化、人類の誕生について、いくつかの神話を語り伝えている。それをここにご紹介しよう。
 念のためにいうが、あくまでも「神話」である。現代人のもつ知識と妙に符合する点があったとしても、それは偶然だろう。


第一話 月と大地と水のはじまり

 いつのことだったろうか。小さな星の神は、ただひとりで宇宙をさまよっていた。落ち着く場所と仲間がほしいと思ったが、さまようとちゅうで出会った星の神たちは、近づけば燃やしつくされそうなほど熱かったり、ひねりつぶされそうなほど乱暴だったりして、とてもいっしょに暮らせるものではなかった。
 ふらふらさまよっているうち、小さな星の神は、厚い氷の衣をまとってまどろんでいる星の神に出会った。小さな星の神よりはだいぶん大きいが、いままで出会った神たちよりはずっと小さく、やさしそうにも見える。
「もしもし」
 小さな星の神は呼びかけたが、その星の神は目覚めない。
「もしもし」
 何度呼びかけても起きてくれないので、小さな星の神は、氷の衣に手をかけて揺さぶった。
「もしもし。起きてください」
 すると、氷の衣が溶けて、大地と水の衣となった。水の衣のひだのあいだでは、小さな小さな生命が芽吹いた。そのさまはとても美しくてやさしく、小さな星の神はひとめでその神を好きになった。
「起こしてくれてありがとう」
 大地と水の衣をまとった星の神がうれしそうに礼を言った。
「寒くて寒くてたまりませんでした。まどろみながらも、目覚めれば暖かくなるとわかっていたのですが、起きることができなかったのです」
 それから、その神は悲しそうに顔をくもらせた。
「けれども、わたしはまたすぐに眠りにつき、この大地と水の衣は氷の衣となるでしょう。せっかく生まれたこの小さな生物たちも、みんな死んでしまうでしょう」
「どうして眠ってしまうのですか?」
「わたしは起こしてくれる方がそばにいないと、ずっと目覚めていることができないのです。もしも、わたしの月となってくれる神があらわれて、揺り起こしつづけてくれるなら、目覚めていることができるのですが」
「では、わたしがあなたの月となりましょう」
「よろしいのですか? あなたはわたしのまわりをまわりつづけなければならなくなりますが?」
「かまいません」と小さな星の神が答えた。
「わたしはずっとあなたのそばにいたいと思います」
 すると、水と大地の衣をまとった神もいった。
「わたしも、あなたにそばにいてほしいと思います」
 そこで、小さな星の神は月の神となった。月の神は大地と水の神の周囲をまわり、眠ってしまわないように起こしつづけた。
 こうして、地上には大地と水が生まれ、生物が住まうようになり、夜空には月が輝くようになったのである。


第二話 愛と死のはじまり

 氷の衣の神が大地と水の神となったとき、最初に生まれた生き物たちは、定まった形をもたず、へろへろふにょふにょしていて、男も女もなかった。
「なにか望みがあるなら言いなさい。かなうことならかなえてあげましょう」
 あるとき、大地と水の神がそう言うと、ふにょふにょした生き物たちはいっせいに答えた。
「大地の神さま、わたしたちは、あなたさまと月の神さまがうらやましくてしかたがありません。わたしたちも、あなたさまと月の神さまのようになりたく思います」
「神になりたいのですか?」
 ふにょふにょした生き物たちは、いっせいにプルプルと体を左右に揺すった。
「いいえ、めっそうもありません。あなたさまと月の神さまはとても仲がいい。それがうらやましいのです」
「そなたたちだって仲がよい。何が不満なのです?」
「わたしたちは同じです。みんな同じです。あなたさまと月の神さまは同じではありません」
 それはたしかにそうだった。ふにょふにょした生き物たちは、男も女もなかったので子供を生むことはなく、一匹が二匹に、二匹が四匹にと分裂してふえる。そのため、全員が、世界で最初に生まれた一匹と同じだった。
 全員がまったく同じ姿をして、同じことを考え、同じように行動しており、同じ願いを抱いたのだ。自分とは違っていて、心を通わせる者がほしい、と。
 大地と水の神は、しばらく考えてから言った。
「その願いをかなえることはできますが、代償はとても大きい。そなたたちは、分裂してふえても元の自分と同じままだから、死というものを知りません。しかし、自分とは違う他者を求めるなら、そなたたちは自分とは違う子を生んで、やがては老いて死んでゆくことになる。それでもよいのですか?」
 ふにょふにょした生き物たちは迷った。
 老いて死ぬというのがどういうことなのかよくわからなかったが、なにやら恐ろしそうだ。かといって、望みをあきらめたくはない。ずいぶん迷って、どうしても決めることができなかったので、こう答えた。
「どちらがいいのか、わたしたちにはわかりません。そこで、半数をこのままにして、あとの半数を、いまおっしゃったように変えていただきたいと思います」
「では、そうしましょう」
 大地の神は、ふにょふにょした生き物たちの半数にいつか死すべき定めを与え、雄と雌とに分けた。
 雄となった生き物たちと雌となった生き物たちは、見た感じや考え方に微妙な違いがあり、それぞれ、喜んだりとまどったりしながら、相手を理解しようとした。
 相手に対するその強い関心はやがて恋となり、子供が生まれた。子供たちは、両親のどちらにも似ておらず、お互いにも微妙な違いがあった。その違いは世代を追うごとに大きくなっていった。
 彼らは、一定の時を生きると老いて死んでいく。あとには、自分とまったく同じ者は残らない。いかに愛したとて、配偶者も子供も自分自身ではない。
 自分自身の終焉。それゆえ彼らは死を恐れた。自分とは異なる他者とともに生き、愛したり愛されたりすることの代償として、受け入れなければならなかった運命だ。
 それに、もうひとつの代償は憎悪と孤独。配偶者や子供、その他の他者と愛を育めるとはかぎらず、憎みあうこともあれば、孤独を感じることもある。
 ふにょふにょした生き物たちは、死の定めを負った生き物たちをうらやむと同時に哀れんだ。
 うらやんだのは、愛したり愛されたりする他者という、自分たちの望んだものを持っているがゆえ。哀れんだのは死の定めと、死の定めを負ってもなお愛を得られぬ者もいるがゆえ。
 そのため、ふにょふにょした生き物たちは、半数がそのままに残ったことを後悔してはいなかった。
 それに、不死のままに残された彼らにもまた得るものはあった。死の定めを負った生き物たちは、ふにょふにょした生き物たちとは似ても似つかぬ生き物に進化したが、それでもふにょふにょした生き物たちの子孫だった。
 ふにょふにょした生き物たちは不死だったので、この子孫たちの進化をずっと見守ってきた。その関心は、愛といってもよかった。
 ふにょふにょした生き物たちもまた、不死のまま、愛することを知ったのだ。ただ、子孫たちは先祖の記憶を持っていなかったし、先祖よりずっと大きな体をもつようになっていたので、ふにょふにょした生き物たちは、子孫たちに気づいてもらえることも、愛し返されることもなかったが。
 世界には、つねにどこかにふにょふにょした生き物たちがいて、死の定めを負った子孫たちに一方通行の愛を寄せ、つねに見守っているという。


第三話 サルとヘビと人の話

 愛と死を知って進化していった生き物たちのなかに、ひと群れのサルがあった。大地の女神は彼らをかくべつに愛し、樹上の楽園を与えた。
 地上では、草を食べる生き物たちが肉を食べる猛獣たちに怯えて暮らしていたが、その猛獣たちも、サルたちの住みかほど高いところには登ってこない。樹上にはつねに果実がたわわに実っていたので、猛獣たちのように、他の生き物を殺して食べる必要もなかった。
 ただ、サルたちのただ一つの悩みは一匹のヘビだった。
 ヘビはほかの生き物たちと姿形がずいぶん違っていたので、いつも生き物たちの仲間はずれになってしまい、孤独だった。それで、サルたちにかまってほしくて、よく近づいていった。
 あるときには、ヘビは、サルたちの頭上の枝からぶら下がり、目の前にいきなり顔を出して、舌でペロリと顔をなめた。また、あるときには、足や腕にいきなりかみついた。 いきなり顔をなめられればびっくりするし、かみつかれれば痛い。ヘビの行為は、サルたちには迷惑でもあり、不気味でもあった。
 サルたちはヘビを嫌った。ヘビはそれが悲しくて意地になり、ますますサルたちが嫌うことを繰り返した。
 ヘビは卵からかえったので、サルたちのように母親に愛情をそそがれた記憶をもたず、相手に好意を示す方法を知らなかった。しかも、仲間がいなくて世界にただ一匹の存在だったので、どうすれば友だちを得られるのかを学ぶ機会もなかったのだ。
 サルたちとヘビはどんどん仲が悪くなり、ついにあるとき、ヘビが言った。
「おまえたちに、おれを追いはらうことなどできるものか。追っぱらいたければ、強い力かよほどの知恵を手に入れるんだね」
 サルたちは、大地の女神に祈って、力か知恵を求めた。
「ヘビは淋しいのです。仲間がいれば、もうそなたたちに悪さはしないでしょう」
 女神はヘビに花嫁をつくってやった。それで、世界にヘビはただ一匹ではなくなった。
 ヘビは大喜びで、花嫁とともにサルたちのところから去っていった。
「さあ、これで、もうおまえたちに力も知恵も必要ないでしょう」
 女神はサルたちに言い、サルたちの何匹かは納得した。だが、納得しないサルもいた。
「ヘビはわたしたちをさんざん困らせたのに、いい思いをした。なのに、わたしたちは以前と変わりがない。なんだか不公平です」
「それに、ヘビの気が変わって、また悪さをはじめないともかぎりません。ヘビのような意地悪な生き物がまたあらわれないともかぎりません。わたしはやっぱり力がほしい」
「いや、力には限界がある。わたしは知恵がほしい」
 女神は大きくため息をついた。
「力か知恵のどちらか一方なら、あげることができます。けれども、どちらか一方でも手に入れたら、その者はこの楽園を去って、地上に降りなければなりません。それでもいいのですか?」
 何匹かのサルはしりごみした。だが、それでもいいというサルもいた。
 女神は、力を望むサルには力を与えた。彼らは体が大きくなり、腕力が強くなった。そのかわり、大きな体は重いので、もう木の上には登れない。
 それでも、力持ちになったサルたちは、胸を叩いて、ウッホウッホと喜びの声を上げた。
 知恵を望んだサルたちは、知恵を与えられた。彼らの手は、道具をつくったり、道具を使ったり、書き物をするためのものとなり、もはや木登りには適さない。
 彼らは、知恵を得ると、はだかでいるのが恥ずかしくなり、衣服をつくって身にまとった。すると、寒さをしのぐための毛皮が必要なくなったので、全身を覆っていた体毛が抜け落ちて、素肌がむきだしになった。
 こうして彼らは、サルから人間になった。
 人間のおとなたちはふつう木登りをしないが、子供たちは木登りが好きだ。サルに比べて木登りがうまくはなく、あまり高くは登れないが、樹上にすばらしい世界があったという先祖からの記憶に惹かれるかのように、子供たちは木に登りたがるのである。


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