床下貯金

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途中まで同じで後半が変わる2つの笑い話みたいな話です。


一戸建ての家の場合

 金子氏は銀行をまったく信用していなかった。
 利息は果てしなく下がるし、倒産の恐れだってある。預金を保証する制度があるのは知っているが、それも信用していなかった。
 それで金子氏は、退職金をすべて現金にして、そのほとんどをプラスチックの衣装ケースに入れ、床下に隠した。泥棒が入ったとき、金庫や戸棚を物色しても、床下までは探さないだろうと思ったのだ。
 半年ほどして、金子氏は、その床下貯金をいくらか引き出す必要が生じた。
 それで、金子氏は、畳を上げて、現金を入れた衣装ケースを引き上げた。
 すると、ケースのなかの一万円札はすべてぐちょぐちょ。金子氏は気づかなかったのだが、どうやら一週間ほど前の台風のとき、床下浸水して衣装ケースに水が入り込んだらしい。
 しかもケースにはゴキブリの死骸も入っているから、浸水以前にゴキブリの餌になってしまっていたようだ。
 ほとんど原形をとどめていない紙幣の残骸を前に、金子氏は茫然となったのだった。


アパートの場合

 金子氏は銀行をまったく信用していなかった。
 利息は果てしなく下がるし、倒産の恐れだってある。預金を保証する制度があるのは知っているが、それも信用していなかった。
 それで金子氏は、退職金をすべて現金にして、そのほとんどをプラスチックの衣装ケースに入れ、床下に隠した。泥棒が入ったとき、金庫や戸棚を物色しても、床下までは探さないだろうと思ったのだ。
 半年ほどして、金子氏は、その床下貯金をいくらか引き出す必要が生じた。
 それで、金子氏は、畳を上げて、現金を入れた衣装ケースを引き上げようとした。
 だが、現金の入ったケースはどこにもなかった。
 金子氏はアパートの二階に住んでいるので、彼の部屋の床下は階下の部屋の天井裏。階下に住む主婦が、天井裏にへそくりを隠そうとして現金の入った衣装ケースを見つけ、てっきり夫のへそくりだと思って、使ってしまったのである。
 そんなこととは知らない金子氏は、すでに存在しないケースを必死で探し続けたのだった。


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