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「ゴードン、俺の自由騎士団に入って、力を貸してくれないか」
アリティア一の弓使いといわれるゴードンが、アカネイア大陸一の弓使いジョルジュから、そんな誘いを受けたのは、マルス王が正式に七つの王国の盟主となってまもなくのことだった。
ゴードンはためらった。
彼は、弓使いとしては大先輩にあたるジョルジュをたいへん尊敬しており、しばらくのあいだ弟子入りしていたこともある。それにまた、恩義を感じてもいた。
かの英雄戦争のとき、ハーディン皇帝のやりかたに疑問を感じたジョルジュは、アリティア軍と敵対する身でありながら、通り過ぎるアリティア軍を黙って見逃してくれた。そのために部下たちと引き離されたあとは、ゴードンの説得に応じて、アリティア軍に身を投じてくれた。
ジョルジュにしてみれば、それらはすべて祖国を思っての行動であり、ゴードンが恩に着る必要はないのだが、あのときの状況を思えば、やはり彼としては、ジョルジュに感謝せずにはいられなかったのである。
だから、ゴードンは、自分にできることなら、ジョルジュの頼みを何でも引き受けたかった。
だが、自由騎士団に入るなら、アリティア宮廷騎士団を脱退しなければならない。
平和となった今では、ほとんど閑職と化した宮廷騎士団だが、それでも脱退するには、ゴードンは愛着がありすぎた。
ゴードンがためらっていると、ジョルジュが言い添えた。
「ずっとでなくてもいいんだ。今度の盗賊討伐のあいだだけでいい」
「ああ、それなら……」
ゴードンの顔が明るくなった。
とはいっても、宮仕えの身としては、即答はできない。
「マルスさまにお許しをいただきます。きっと許してくださるでしょう」
「頼む。じつはな、これはマルス王の耳に入れないほうがよいと思うのだが……」
「何かあるんですか」
「うむ。じつは、おまえの力を借りたいというのは、もちろん、ひとつには、おまえの腕を見込んでなのだが……。それだけではないのだ」
「というと?」
「盗賊どもが、用心棒を雇ったらしいのだ。〈紅の剣士〉をな」
「ナバールさんを?」
思わず声が大きくなる。
〈紅の剣士〉ことナバールは、英雄戦争のあと、行方知れずになっていた。宮廷騎士団の剣の指南役として残って欲しい−というマルス王子のたっての頼みを辞退し、新王の戴冠式をも待たず、だれにも行き先を告げずに、何処かへ去っていったのだ。
「まさか、ナバールさんが……」
思わずつぶやいたゴードンだが、考えてみれば、充分ありうることではある。
ナバールはもともと、盗賊団の用心棒を転々として暮らしてきた人間だ。べつだん盗みを悪事だとは思っておらず、正義感や道徳といったものに動かされる性格でもない。
それでも、友人のマルス王が治めるこのアカネイア七王国で、治安を乱す盗賊団に手を貸したりはしないだろうと、漠然と思っていたのだが……。
「その盗賊たちって、放っとくわけには……いきませんよね」
ゴードンがおずおずとたずねると、ジョルジュが即座に否定した。
「あたりまえだ! あの連中のおかげで、パレス近郊の治安が悪化しているし、旅人たちも安心して旅ができないんだ!」
「……すみません」
「いや、いい。おまえの言いたいことはわかる。俺とて、あいつとはなるべくなら戦いたくはない。だいじな部下たちを失いたくはないし、あいつを斃せば、マルス王やシーダ王妃が悲しむだろう」
「そうです! あの人は、アリティアにとっては恩人なんです。それに、マルスさまにとっては、大切な友人です」
ゴードンが力説すると、ジョルジュもうなずいた。「わかっている。たしかに、暗黒戦争でも、英雄戦争でも、あいつの働きは大きかった。だからこそ、おまえに頼むのだ」
「え?」
「ナバールを説得して、盗賊団から手を引かせろ。協力させろとまでは言わん。手を引かせるだけでいいんだ」
「で、でも、ナバールさんが、ぼくなんかの言うことを聞いてくれるでしょうか」
「やってみてくれ。試す価値はある。ナバールは流れ者の傭兵だし、タリスのオグマのような義理堅い男でもないが、なぜかアリティア軍に対しては、いつも好意的だ。アリティア騎士団のおまえの言葉なら、聞き入れるのではないかと思う」
ゴードンには自信がなかった。だがやってみるよりしかたがない。ジョルジュがはじめに言ったように、マルス王に頼むわけにはいかないのだから。
むろん、相談すれば、マルス王は、自らナバールの説得にやってこようとするだろう。
だが、そんなことをすれば、名門意識の強いアカネイアの貴族たちに侮られてしまう。それでなくても、アカネイア貴族には、いまだにニーナ姫を真の主君と仰ぐ気持ちが強いのだ。けっしてマルス王を嫌っているわけでも、不服があるわけでもないのだが、小国出身の若僧と軽んじる気持ちが色濃く残っている。
ハーディンのときもこうだったのではないかと、ゴードンは内心思っている。
ハーディンが強引な政策を行なったのは、〈闇のオーブ〉に取りつかれたせいだけではなく、彼をニーナ姫の婿養子としか見ようとしないアカネイア貴族たちに、実力を見せつける必要があったためではないか?
いや、そもそも、ハーディンほどの人が〈闇のオーブ〉に取りつかれたのは、ほんとうに色恋沙汰の嫉妬のためだけだったのか? いくら善政を敷いても、ハーディンを真の王とは認めないアカネイア人の高慢さに苛立ち、憤りを募らせていったこともあったのではないか?
なにごとにもおうようなマルス王のような人でなければ、他国出身の王がこの国を治めるのは苦痛なのではなかろうかと、ゴードンは思う。
そんな状況だから、マルス王の助けを借りることはできない。たとえ、王の説得にならナバールは応じるだろうとわかっていても。
ゴードンは心を決めた。
「わかりました。できるかぎりのことはしてみます」