亡霊の山の陰謀

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 奇遇というのはあるものだ。気ままに旅していたふたりの傭兵が、グラ王国内のとある峠の街道でばったり出会ったのは、まさしく奇遇といってよかろう。
「よう、ナバール、奇遇だな」
 一方はなつかしそうに声をかけたが、もう一方は、「ちょうどよかった」と言うが早いか、道端にうっそうと生い茂った大木によじ登った。
「あっちに行ったと言って、ごまかしてくれ」
 オグマは目をぱちくりした。後ろを気にしているようすで小走りに急いできたことや今の言い方から、追われているらしいということがわかったが、彼ほど、追われているという状況の似合わない男はめったにいないからだ。
 ケンカざたにでも巻きこまれたのなら、ナバールなら、ちょっとぐらい多勢に無勢という状況でも、逃げたりせずに剣で片をつける。そういう攻撃的な性格だし、それだけの実力もある。
 戦争中ならいざ知らず、今の平和なアカネイア大陸に、ナバールが逃げなければならないような相手がいるとは、ちょっと想像がつかなかった。
 だが、その謎はすぐに解けた。坂道をハアハア息をきらしながら駆け上ってきたのが、サムトーとフィーナだったからだ。
「や、やあ、サムトーにフィーナ。……奇遇だな」
「わあ、お久しぶりです、オグマさん」
 大恩ある先輩との再会に、サムトーはうれしそうな顔をしたが、かつてのようにまとわりつこうとせず、こうたずねた。
「ナバールさんがこちらに来ませんでしたか?」
「どうした? 借金でも踏み倒されたのか?」
「ナバールさんがそんなことするわけないでしょ」
と、フィーナが口をはさんだ。
「待ってっていってるのに、待ってくれないのよ。この人をいやがってるんだわ」
「あんたをいやがってんだよ!」と、サムトーがフィーナに言い返した。
「惚れてもいない女に追っかけまわされたら、迷惑に決まってんだろ」
「なによ。惚れてもいない男に追っかけまわされるよりか、ずっといいわよ」
「妙な言い方はよせ。おれは純粋に剣の修業をし
たいんだ。ナバールさんに弟子入りしたいんだよ」
「ふうん? ほんとにそれだけかしら?」
「なんだよ、その言い方」
「おいおい」と、オグマが思わず仲裁に入った。
「痴話ゲンカみたいなケンカはよせ」
「やめてよ。なんでサムトーなんかと痴話ゲンカしなくちゃいけないのよ」
「なんでこんなやつと痴話ゲンカしなくちゃいけないんです?」
 フィーナとサムトーが口々に抗議したので、オグマは、「まあまあ」とふたりをなだめてから、サムトーに向かって言った。
「基礎を習ったことのないやつが、だれかについて習うというのは、意味のあることだがな。おまえはもう基礎はできているんだ。そこからさき強くなるのは、だれかについて習うようなことではないぞ」
 同じセリフを、いまとは違う状況で、オグマは以前にもサムトーに言ったことがあった。そのときの「だれか」というのは、ナバールではなく、オグマ自身だったが。
 再会してまもないころ、サムトーはしきりにオグマに弟子入り志願をした。強くなりたいというよりは、どちらかというと、少年のころ頼りにしていた先輩のオグマと再会したのがうれしくて、甘えているといった感じだった。
 そのころのサムトーは、ナバールに、嫉妬とも羨望ともいえる目を向け、対抗意識を燃やしていた。体格や髪型の特徴が似ていることをいいことに、ずっとナバールの名をかたっていただけに、剣の達人として大陸じゅうにその名を知られるナバールを、妬まずにはいられなかったのだ。
 だが、そうしてナバールを注意して観察すればするほど、嫉妬と羨望は、称賛と憧憬にと変わっていった。同じ傭兵なのに受ける評価が違いすぎるということに、嫉妬していたのだが、そんな嫉妬など無意味なほど、実力に違いがありすぎるということに気がついたのだ。
 カダインの魔道院の戦いで、マリクの才能に嫉妬するエルレーンを目にし、さらにウェンデル司祭の口から、嫉妬のために闇の司祭となってしまったガーネフの話を聞かされたことも、サムトーの心境の変化に大きく関わっていた。
 嫉妬に狂っていたときのエルレーンのようにはなりたくない。まして、闇の司祭ガーネフのようにはなりたくない。
 そう思ったサムトーは、今までとは違う目でナバールを見ることができないかと思い、そう思って素直な目で見てみれば、自分の心のうちに、嫉妬と同時に、ナバールの才能を称賛する気持ちがあることに気がついた。
 もともと彼に嫉妬し、ライバル意識を燃やしたのも、高く評価していたがゆえともいえる。
 それまで、それを認めまいとしていたが、嫉妬しつづけるよりは、ナバールを高く評価していることを認めたほうがましだと、ひとたび気づいてみれば、嫉妬と羨望があこがれと尊敬に変わるのに、長くはかからなかった。
 そんなサムトーの心境の変化は、オグマにもわかり、後輩がつまらぬ嫉妬心を克服したことを好ましく思ったが、サムトーがナバールに、弟子にしてほしいといいだしたときには、困ったものだと思った。
 いいかげんだったサムトーが、まじめに剣の修業をしようという気になったのは、けっこうなことだが、ナバールが迷惑がるのは目に見えていたからである。
 オグマの予想どおり、ナバールはサムトーの弟子入り志願を拒否したようだったが、どうやらサムトーは、懲りずにつきまとっていたらしい。
「おまえはもう、ひとりで強くなることを考えなければならない段階だ」
「ひとりじゃ限界があります。おれはナバールさんみたいに強くなりたいんです」
「そうはいってもなあ」
 オグマとサムトーを放って、フィーナはさっさと先にいこうとし、それに気づいてサムトーが叫んだ。
「あっ、抜けがけするなよ。……じゃ、オグマさん、これで」
 言うなり、サムトーが走りだし、オグマは呼び止めようとしかけてやめた。樹上にナバールがいることを思い出したからだ。
 サムトーとフィーナの姿が見えなくなると、樹上からナバールが降りてきた。
「やれやれ助かった。……ったく、しつこい連中だ」
 ナバールがさっさといま来たばかりの道を引き返そうとするので、オグマがあわてて追いかける。
「おい、まあ待てよ。せっかく久しぶりに再会したのに」
「待たなくても、どうせおまえだって、こっちに行くところだったんだろうが」
 歩みを止めずに、ナバールが言い返した。
「あいかわらずだな」
 オグマは苦笑した。
「おまえとサムトーは、足して二で割れば、ちょうどふつうになるんじゃないか?」
「何の話だ?」
「他人との距離のあけかたが、おまえとサムトーは両極端だという話さ」
 サムトーはナバールのようになりたいと言っていたが、そこのところが決定的に違うと、オグマは思った。
 ナバールは、ときには冷たいと見えがちなほど、他人と距離をあけて接する。けっして人間嫌いというわけでも、他人に心を閉ざしているわけでもないのだが、独立独歩の生き方が、そういう形で板についているのだ。
 一匹狼として生きている傭兵には、多かれ少なかれそういうところがあるものだが、ナバールはかなり徹底している。
 サムトーは、ナバールとは逆に、一匹狼として生きてきた傭兵にしてはちょっと珍しいぐらい、人なつこい。さすがに、だれに対しても距離をあけないというわけではないが、これと見込んだ人間に対しては、強引なぐらいぐいぐいと近づいていく。甘えているといってもいいぐらいだ。
 それは、畑を耕したり、ヒツジを飼ったり、あるいは小さな店を開いて平和に暮らすなら、けっして欠点ではなく、むしろ長所といえるかもしれない。いや、傭兵として生きるにしても、実力に応じた仕事を引き受けて、地道にやっていくなら、べつに短所とはならない。
 だが、ナバールのような強さを手に入れたいと本気で願ったときには、サムトーのそんな性質は欠点となる。ナバールの強さの根底にあるものとは、正反対の性質だからだ。
 だれかに弟子入りして教えてもらおうと考えるところからして、すでにナバールの強さから遠ざかっているのだが、サムトーはそれに気づいていない。
 むろん、性質だけの問題でもないのだが。
「おまえの半分ぐらいでも、独立独歩のところがサムトーにあればいいんだが……」
「べつにそんなものがなくても、そういうのが必要のない生き方をすればいいんだ。戦争が終わったのに、傭兵より堅気の暮らしのほうが向いているやつが、わざわざ傭兵をすることはない」
「ああ、そうだな。あいつはたぶん、もともと堅気の暮らしのほうが向いているやつだ。だが、ガキのころに闘技場なんぞに売り飛ばされたもんで、堅気の生き方を知る機会がなかったんだ」
「……おまえ、ずいぶん、世話の焼ける後輩をもったものだな」
「言わんでくれ」
「おまけにおれに押しつけやがって」
「それはおれのせいじゃないぞ」
 しゃべっていると、木々のあいまから、前方に白い煙が立ち上るのが見えた。
「おっ、村があるのか」
「ああ」と、ナバールがうなずいた。
 ナバールは、さきほど、その村のそばを通ってきたばかりだ。
「めし屋があるかな?」
 期待をこめて、オグマが言った。街道のそばの村では、宿屋と酒場と食堂を兼ねた店が、少なくとも一軒以上はあるのがふつうで、彼はまだ昼食を食べていなかったからだ。
「ある」
 ナバールがきっぱり断言し、いまいましそうにつけ加えた。
「昼めしを食いに入ろうとしたら、あいつらが追いかけてきたんで、食いはぐれたんだ」
「おまえも昼めしはまだか。じゃあ、いっしょに食おうぜ。おごってやるぞ」
「気前がいいな」
 ナバールが疑わしそうに眉を寄せた。
「ウラがあるのか?」
「察しがいいな」
 オグマはつかのま笑顔を見せてから、表情を引きしめた。
「裏の世界をよく知っているやつから、できるかぎりの情報を得たい」
「おれは情報屋じゃないぞ」
「わかっている。おれの知りたい情報をおまえが持っていなくても、昼めし代を返せなどとは言わんよ。本題がもうひとつあるしな」
「そっちはなんだ?」
「仕事を手伝ってもらいたい。場合によっては大仕事になるかもしれん」
 ナバールは、あいかわらずの無表情をほとんど崩さなかったが、興味をもったらしいことは、オグマにはよくわかった。
 それで、ふたりの剣士は、街道をそれて村に入り、酒場兼食堂にと向かった。


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