野営地にて

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「それにしても、マルスさまの人望には驚きました」
 オレルアン城からレフカンディに向かうとちゅうの野営地で、ロシェが感心したように言った。
「元サムシアンの方々まで、味方になさったとは」
 ナバールやジュリアンが軍に加わっていることには、オレルアンの貴族たちばかりか、狼騎士団からも、不信の声が上がっていたのだが、ロシェは素直にマルス王子の人望と受け止め、感心していた。
「そりゃあ、もう」と、カインがうれしそうに顔をほころばせた。
「マルスさまを知って惹かれない者など、想像もできない」
 マリクも「うん、うん」とうなずく。マルス王子に忠実なアリティア勢のなかでも、彼らふたりがとくに王子に心酔しきっていた。
「単純すぎるぞ」
 異義を唱えたのは、当の話題のナバールである。
「ああいう人間はな、反感だって人一倍買うんだ」
 ジュリアンも大きくうなずいて、同意を示す。
「世の中にはな、心のきれいな人間を見ると、踏みつけにしたがるタイプのやつってのがいるんだよ。自分がそんなふうになれなかったのが悔しいもんだから、憎むのさ」
「そういうものなのか?」
 カインがふしぎそうにナバールとジュリアンをかわるがわる見た。
「そういうものなのさ。おれたちゃ、そういうやつらの中にいたんだぜ。……まあ、サムシアンの全員がそういうタイプだったとは言わんがね」
「わかるような気がする」と、アベルがジュリアンの言葉にうなずいた。
「まあ、でも、あんたらが、きれいな人間を踏みつけにしたがるタイプでなくてよかったよ」
「どうだかな」と、ナバールが無表情で答える。
「もっとガキで、もっとつっぱってたころなら、反感を感じたような気がする。憎まないまでもな」
「今は?」
 マリクが警戒心を押し隠しながら、ナバールに訊ねた。彼は、オレルアンの南で軍に合流したばかりなので、この傭兵を信頼していいのかどうか、まだはっきりつかみかねていなかった。
「マルスさまをどう思ってるんです?」
「とまどっている。驚いたというか……」
「そりゃあ、驚くだろうな」と、アベルがくすくす笑った。
「戦場でいきなりスカウトされればな。それも、王子と王女に」
 シーダとマルスが、オグマや騎士たちの制止も聞かずにナバールのところに行き、ふたりがかりで説得してしまったいきさつは、マリクも聞いて知っている。
「カルチャーショックを受けたんですね」
 言いながら、マリクは、この傭兵は信頼してもだいじょうぶかもしれないと考えた。相手から受けた衝撃が大きければ大きいほど、その相手に興味をもち、惹かれもする。それは、マリク自身が、マルス王子と出会ったとき、エリス王女と出会ったとき、カダインでそれまでと異色の価値観に触れたときの経験で、よく知っている。
 マリクの言葉に、ナバールが「そうかもしれない」と言いかけたとき、それを遮るように、ジュリアンが叫んだ。
「カルチャーショック! わかるよ、それ!」
「そうか、あなたもマルスさまに出会って、カルチャーショックを受けたんですね」
「あ、いや、おれが言ってんのは別の人。……そりゃ、マルスさまにもカルチャーショックを受けたけど。その前に、レナさんに出会ったとき、すげえカルチャーショックを受けたから。世の中には、こんなに清らかな人がいるんだなーって」
 一同が、「勝手に言ってろ」という顔つきになったのも気にせず、ジュリアンはナバールのほうに向き直った。
「そうか、あんたもカルチャーショックを受けたのか。おれがレナさんに出会ったときみたいに」
「おい」と、さすがにナバールが異義を唱えた。
「誤解を招きそうな比喩はよせ」
「誤解って?」
「おまえらは男と女だろうが」
「え?」
 ジュリアンは、一瞬きょとんとし、すぐに真っ赤になった。
「ち、違わい! オレとレナさんは、全然、そんなんじゃねえ!」
 そのとき、ジュリアンの背後に近づいてきた人物に、向かい側に座っていたアベルが気づき、ジュリアンに目くばせで知らせようとした。が、ジュリアンはそれに気づかず、なおも叫んだ。
「レナさんはシスターだぞ! 男と女だとか、そんなこと考えるはずないだろ!
おれはそんなこと全然……」
 叫んでいるとちゅうで、ジュリアンは、皆の視線が自分の後方に集中しているのに気づき、反射的に後ろをふり返った。
「レナさん!」
 ジュリアンより数歩のところまで来ていたレナは、無言でプイと向きを変えて、
立ち去ろうとする。
 レナがニ、三歩歩いたとき、木々のあいだから、マチスが顔を出した。
「おう、レナ。ちょうどいい」
 マチスは、妹の顔を見るたびに口に出しているいつもの口グセを口にした。
「くれぐれも言っておくが、盗賊なんかに恋をするなよ」
「もちろんよ、にいさん」
 いつもは兄の言葉を適当に聞き流すレナが、横目でちらりと背後に視線を走らせると、きっぱりと宣言した。
「だれが盗賊に恋なんてするもんですか!」
 スタスタと歩み去る妹を茫然と見送り、マチスがジュリアンに目を転じた。
「おい、ジュリアン、きさま、レナに何をした?」
「何もしてねえよ!」
「そこが問題なんだよ」と、アベルが小声でつぶやく。
「怒ってましたね」と言いながら、マリクがジュリアンをふり向いた。
「でも、怒ってるってことは、ひょっとして脈ありなんでは?」
「ひょっとしなくても、そうだよ」と、アベルが断言する。
「だが、それも今日かぎりだろう」と、ナバールが辛辣な言葉を口にしたあとで、つけ加えた。
「すぐに追いかけないかぎりはな」
「追いかけたほうがいいんじゃないのか?」
 カインが、半ば腰を浮かしたジュリアンを見上げて言った。鈍感と評されるカインだが、いくらなんでもそのぐらいのことはわかる。
「違わい! おれは別に」
 口では否定しながらも、ジュリアンは立ち上がり、「レナさーん!」と叫びながら、レナのあとを追いかけて行ったのだった……。


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