「やはり評判どおりの方だ。兄とは全然違う」
アゼルがシグルド公子を見てつぶやいた。
「うん、そうだな。おまえは、シグルド公子みたいなのが兄貴だったほうが、うまくやれたかもな。ほんとに評判どおりの人みたいだもんな」
レックスがうなずいて言った。
「わたしの評判?」
立ち去りかけていたシグルドが、ふり向いてたずねた。
「どんな評判なんだい?」
「えーと」と、アゼルは少し口ごもってから、おずおず答えた。
「大ざっぱでずぼらな方だと……」
「ははは」とシグルドは朗らかに笑い、それから、アゼルが兄を苦手がっている理由に思い当たった。
「そういえば、アルヴィス卿はとても几帳面な人だね」
「はい」と答えて、アゼルがため息をついた。
「いい兄なんです。母親違いのわたしを大切に育ててくれました。
同腹の兄でも、いえ、じつの父親でも、兄がわたしに注いでくれただけの愛情は望めないでしょう。レックスの父上やティルチュの父上と比べたって……」
「おい」と、レックスが遮った。
「おれの父やレプトール卿を世の中の父親の基準にするなよ。……けど、まあ、世間のふつうの父親と比べたって、アルヴィス卿はやさしいと思うぜ。ガキのころ、卿が仕事をしているときに騒々しくはしゃぎまわったとか、書類の上にインクをひっくり返したとか、じゅうたんを泥だらけにしたとか、家宝の花瓶を割ったとか、アイーダのスカートをめくったとか、ふたりでいろいろ悪さをやったけど、体罰を受けたことは一度もなかったし、どなられたのだって、三回に一回ぐらいだ」
「うん、でも、あとの三回に二回は、怒ってないんじゃなくて、どなりたいのをがまんしてるんだ。そっちのほうがこわいんだ」
アゼルは、シグルドのほうに向き直った。
「いい兄なんですけど……。あの人のそばにいると気詰まりなんです。ずっと貴公子らしく、上品に、折り目正しくしていないといけないみたいで……」
「うん、なんとなくわかるよ。……わたしも、ズボラでがさつだというんで、エスリンにずいぶん口うるさくされてね。かわいい妹なんだけど、嫁に行ったときには、正直言ってほっとしたよ」
アゼルとレックスは硬直した。シグルドの背後に、エスリンが立っていたからだ。アゼルとレックスが悪さをしたときのアルヴィス卿と同じように、肩をわなわなと震わせながら。
「悪かったわね、口うるさくて」
一部始終を聞いていたエスリンは、そのあと、なんとなくアルヴィス卿に親近感を感じたのだった。