もしも味方にも裏切りがあったら……

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「もうシスターたちを殺してもいいよ」
 カダインの魔道院で、盗賊からシルバーカードを奪ったあと、マルス王子がにっこり笑って言い、アリティア軍の一同は硬直した。
「マルスどの、気が触れましたか?」
「マルスさま、おやめください!」
 ウェンデル司祭とマリクが口々に叫んだ。シスターたちは、ウェンデル司祭にとってはかわいい弟子であり、マリクにとっては、ともに学んだ同輩なのだ。血相を変えるのも無理はなかった。
 だが、マルスは命令をひるがえさず、アリティア軍の勇士たちは、しかたなく逃げまどうシスターたちに迫った。
 逃げ場をなくしたシスターたちは、泣き叫びながら命乞いをする。
「助けて! 殺さないで!」
 シスターたちのひとりが涙ながらに取りすがったのは、前方に立ちふさがった長い髪の傭兵。道ですれ違ったのなら見とれてしまったにちがいないその美貌は、美しいだけにかえって、他のだれよりも冷たく恐ろしく見えたが、選んでいる余地などあろうはずはなかった。
 やぶれかぶれの命乞いだったが、相手は意外にも、とまどったような表情を見せた。
「……おれは女と子供を斬る剣を持ってはいない」
「わーっ! ちょっと待った!」
 背後でマルスがあわてて叫んだ。
「ナバールは斬らなくていいからっ! 終わるまで待っててくれていいからっ!」
 王子から身を隠すように、シスターは、ナバールの背中にひしとしがみついた。一見恐ろしげなこの傭兵の背中が、いちばんの安全圏だと判断したのだ。
 そのようすを見て、他のシスターたちも、ナバールの背後に逃げこんだ。他の者たちも、シスターを斬るのはいやで、本気で追わなかったので、足の遅い彼女たちも、追いつかれずにナバールの背後に逃げ込むことができたのだ。
「ナバール、シスターたちを斬らなくていいから、ちょっとどいて待っていてくれないか?」
 そう言ってもナバールが動こうとしないので、マルスはため息をついて、シスターたちの殺戮をあきらめることにした。

「おかげで助かった」
 戦いが終わったあとで、ウェンデル司祭がしみじみとナバールに言った。
「彼女たちはわたしの大切な弟子。助けてくれてかたじけない」
「わしからも礼を言う」と、ジェイガンも言った。
「よくぞマルスさまの暴挙を止めてくだされた」
 そのかたわらで、エルレーンがマリクに訊ねた。
「あれがおまえのだいじな親友で、主君なのか? おまえ、ほんとうはだまされているんじゃないのか?」
「違う! マルスさまはあんな方じゃなかった」
 ナバールもうなずき、ジェイガンに訊ねた。
「いったい王子に何が起こったのだ?」
「よくぞ聞いてくだされた」
 さめざめと泣きながら、ジェイガンが語った。
「あるとき旅の商人がもってきた一冊の本が、王子をあのように変えてしまったのだ。なんでも、『攻略本』とかいう本でな」
「おお、『攻略本』!」と、ウェンデルが叫んだ。
「それはまたやっかいな」
「ご存じでしたか」
「ええ。戦いに勝つ方法を書いた書物ですな。勝つ方法が具体的にわかるのはいいが、内容が、なんというか……、勝つためには手段を選ばぬという……」
「おお、そうです。それが王子をあのように変えてしまったのです」
「元に戻らないのか? 〈闇のオーブ〉に取りつかれたハーディンは、〈光のオーブ〉で元に戻せるとかいうことだったが、それならマルス王子のほうも……」
「いや、〈闇のオーブ〉とはわけが違う。戦いが終わるまで、正気に戻ることはないだろう」
「戦いが終われば正気に戻るのですね」
 シーダとカインとゴードンが同時に叫んだ。
「それなら、今の王子がどうだろうが、わたしは王子についていきます」
 カインが叫び、ジェイガンが「あたりまえだ」と言った。
「王子の命令が不本意なものであっても、われわれには、アリティアを取り戻し、エリスさまを助けださなければならないという使命がある。だから、どんな命令を出しても、アリティア宮廷騎士団の者とマリクが軍を抜けるはずがないことは、マルスさまにはお見通しなのだ」
「それはこちらも同じだ」と、ミネルバ王女が口をはさんだ。
「わたしとパオラとカチュアは、マリアを助けださなければならない。われわれだけではない。ジョルジュとリンダは、ハーディンの手からアカネイアを取り戻し、ニーナ皇妃を助けださなければならない。ユミナとユベロはアカネイア軍に捕らえられれば殺されるし、オグマはこのふたごとシーダ姫を守らなければならない。他の者も、王子が引き止めたいと思うような者はほとんど、助けださなければならない者がいたり、立場があったりして、軍を抜けられない者ばかり。例外といえば……」
 ミネルバはナバールとフィーナをかわるがわる見た。
「貴公らふたりだな」
「おれは帰ろうかという気にちょっとなってたんだが」
 ナバールが答えた。先の戦いで、けなげな王子と思っており、アカネイア軍に追われていると知って心配し、助けてやりたくてわざわざやってきたのに、あんな戦い方をする指揮官となってしまったのなら、助けがいがない。
「ナバールさんが軍をやめるんなら、わたしもやめるわよ」
 フィーナも言う。ナバールに一目惚れしたことと、クールなナバールが肩入れするマルス王子に興味があったことから、アリティア軍についてきたが、王子がああいう人で、そのうえナバールも軍を去るというなら、残る理由はない。
「ふたりとも残ってくれ! 少なくとも、今は去らないでもらいたい」
 ジェイガンが叫んだ。
「戦力としてももちろんだが、王子の歯止めとして残ってくれ。われわれと違って、貴公らは、王子に愛想を尽かせば自由に去っていけるし、王子にとっては去られれば痛い。つまり、王子も、貴公らを本気で怒らせるようなことはできない。ナバールが女と子供を殺さない主義なのは、王子も知っているから、少なくとも、無抵抗の女や子供を殺す命令を出すのは控えるだろう。ミネルバ殿がおっしゃっているのは……」
 ジェイガンはミネルバをふり返った。
「そういうことなのでしょう?」
 ミネルバがうなずき、シーダもナバールに取りすがるようにして頼んだ。
「お願い、ナバール。むちゃくちゃやれば去っていくぞと、マルスさまを脅かしてくれていいから、今去っていくのはやめて。どうしても行ってしまうというのなら、その剣で……」
「待て! わかった!」
 苦手なセリフを口走られるまえに、ナバールがあわてて言った。
「歯止めになるかどうかわからんが、できるだけのことはやってみよう」
 かくて、かつて「悪魔の山の死神」と恐れられた男が、救世主たる光の王子の暴挙の歯止めという奇妙な役を負うことになり、アリティア軍の行軍はつづいたのだった……。


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