ひとときの用心棒

トップページ テレビゲーム館 FEの小説の目次

 マルスが、のちにもっとも頼りになる味方のひとりとなるその剣士に最初に出会ったのは、宮廷騎士団の五人やモロドフ老らとともにアリティアを落ちのび、タリスに向かうとちゅうの森の中だった。
 一行の行く手で野宿をしていた剣士を、一行ははじめ警戒した。その剣士がマケドニア軍のアカネイア駐屯部隊にいた傭兵だと、ジェイガンやモロドフが知っていたからだ。
 だが、ナバールと名乗ったその傭兵は、マケドニア軍をとっくに辞めたと言い、三日ほどの行程にある小さな港町までの護衛を申し出た。
「前金で五百ゴールド、後金で五百ゴールドでどうだ?」
 傭兵の単発仕事としては相場の二倍以上の額だが、危険の度合いを考えれば、それほど高いとは言えない。まして、マルスたちの立場であれば、もっと足元を見られてもふしぎではなく、むしろ良心的な値段と言えた。
 それだけに、老練なジェイガンやモロドフは、かえって警戒した。
「われらが何者か知っているのであろう? どうしてこんな危険な仕事を申し出る」
 ナバールは、めんどくさそうに一枚の紙切れをふところから出し、ジェイガンに渡した。紙切れは、マケドニア軍の脱走兵の手配書で、数名の脱走兵の似顔絵と名前が載っており、そのひとりはナバールだった。
「そいつのせいで仕事がない。一文なしなんだ」
 ジェイガンはマルスのほうをふり向いた。
「申し出を受けたほうがよろしいかと思いますが」
「うん。そうしよう」
 グラの裏切りがあったばかりなので、見ず知らずのあやしい傭兵を信用していいものかどうかわからなかったが、マルスは、ジェイガンの判断を信頼していたし、それ以上に、直観的にこの傭兵を信じてもよさそうな気がしたのだった。

 ナバールは有能だった。途中で二度ばかり、ドルーア方の兵士たちに見つかったが、ジェイガンがひとりかふたり斬るあいだに、ナバールは残りの数人全員を斬りふせていた。
 残りの者たちは、マルスを守るだけでせいいっぱいで、戦うどころではなかったから、もしもナバールがいなければ、一行は全滅していたかもしれない。
 どうして敵方の一介の傭兵のことを、ジェイガンやモロドフが知っていたのか、その戦いっぷりを見て、マルスはよくわかった。
 ひとり、またひとりと着実に葬り去っていくナバールの動きを追いながら、マルスは、祭りの日に何度か見た剣舞を思い出していた。
 神に奉納する剣舞は、いつもマルスを魅了したものだが、今までに見たどの舞いよりも、ナバールの動きは美しかった。
(こんな人が味方になってくれたら……)
 そんな思いから、約束の港町に着いたとき、マルスは、ずっといっしょに来てくれないかと、ナバールに頼んだ。が、彼の返事はそっけなかった。
「考えなしのガキの感傷につき合って捨て駒になるほど、酔狂じゃない」
「捨て駒……。そんなつもりじゃない」
「では、どんなつもりだと言うんだ? 今のありさまで軍を興して、勝てる見込みが多少なりともあるとでもいうのか?」
「そんなこと……。やってみなきゃわからないだろう? どうして負けると決めつけるんだ?」
「そんなぼろぼろの状態で、つまらん感傷で考えなしに軍を興して、勝てるわけがなかろうが」
「つまらん感傷だって?」
 マルスは怒りで顔を赤くした。そばで聞いていた若い騎士たちも、むっとしてナバールをにらみつける。
「父を殺されて、国を滅ぼされて、母と姉を連れ去られた。それがつまらない感傷だっていうのか?」
「おまえにとって、それは重大事なんだろうがな。そういうのは世間ではよくあることだ」
「だからあきらめろというのか?」
「あきらめるのも、やみくもに仕返ししようとして自滅するのも、おまえの勝手だがな。おまえが自分の感傷で自滅するのに、おれがつきあう義理はない」
「要するに、恐いんだろう?」と、カインが口をはさんだ。
「臆病者め」
「臆病? おれがか?」
 ナバールは小バカにしたような視線をカインに向け、カインはぐっと詰まった。
 この剣士が臆病でないのは歴然としている。マルス王子一行の護衛という危険きわまりない仕事を自分から言い出して引き受け、ちゃんと果たしたのだ。
「臆病でないなら、どうして、危険だという理由で断るんだ?」
 カインが自信なさそうな声で重ねて言い、ナバールがめんどくさそうに答える。
「べつに、危険だから断るとは言っていない。感傷につきあうのはごめんだと言ってるんだ。おれはおまえたち騎士と違って、王子さまの感傷だからといって特別扱いして気の毒がったり、やけくそで自滅するのにつきあってやる趣味はないんでな」
 カインとナバールのやりとりを聞いていて、マルスは、ナバールの言わんとしているところがわかるような気がしてきた。
 自分の悲しみと怒りと憎悪で頭がいっぱいになって、ほかのことは考えられなくなっていたが、たしかに、父の仇を討ちたいとか、奪われた国や母や姉を取り戻したいというのは、個人的な感傷といえる。
 もしもマルスが一介の庶民の少年で、怒りにまかせてひとりで戦いを挑んだとしたら、そのために自滅したとしても、自分ひとりの問題だ。だが、軍を興し、多くの将兵たちが命をかけて戦うとなれば、事情が違う。自分の個人的な復讐のために、部下たちを死なせることはできない。それは、してはならないことだし、したくもない。
 そして、怒りに駆られて自分の個人的な復讐のために軍を興したのでは、たしかに、ナバールが指摘したとおり、勝てる見込みはゼロに近い。ナバールが断ったように、多くの人は力を貸そうという気を起こさないだろう。そのうえ指揮官が勝つ方法を冷静に考えることもできないのでは、勝てようはずはなく、部下たちは捨て駒になってしまう。
 では、多くの者の命をかけて、ドルーアと戦う理由はあるだろうか? 自分個人の愛憎はさておいて、自分が軍を興したときに力を貸してくれる人たち、あるいは力を貸してほしい人たちにとって、戦うべき理由があるだろうか? アリティアの国民やこの大陸の人々にとって、自分たちの戦いは意味があるだろうか?もちろん戦いの口実にするための大義名分ではなく、真に戦うべき理由があるだろうか? そして、ドルーアに勝てる可能性はあるのだろうか?
 それらを、マルスははじめて自問し、心の中で検討した。
 その問いのすべてに答えることはできなかったが、一部には答えが出た。
「たしかに今まで、わたしは自分の個人的な感情にとらわれすぎていた。それでも、わたしの個人的な感情を別にしても、ドルーアと戦うべき理由はある。母や姉も含めて、ドルーアに捕われたり、ドルーアのもとで苦しんでいる人々は、やはり助けださなければならない。でないと、故郷や肉親を失う者は、もっと増えていくだろう。メディウスの目的が人間を滅ぼすことにあるという伝説は、うそではないと思う」
 マルスの熱心な言葉に、ナバールは表情をかすかにやわらげたが、口から出た言葉は冷たい。
「おれは流れ者の傭兵だ。義務だの正義だの世界の運命だのには興味がない」
「戦って敗れたのでは何にもならない。はじめから負けるとわかっている戦をしたのでは、兵は犬死にだ。戦略の勉強をし、剣の腕をみがき、力を蓄えてから軍を興す。今はドルーアに勝てる可能性がはてしなくゼロに近くても、いつかきっ
とゼロから遠ざかってみせる。そのとき、力を貸してもらえるだろうか?」
「そのときになってみなければわからないな」
 返ってきた言葉はそっけなかったが、それは最初のような拒絶ではなかった。彫像のように冷たく見えていたその美貌に、かすかに微笑が浮かんだように見えたのは、マルスたちの気のせいだろうか。
 そして、つかのま用心棒だった男は去っていき、マルスたちはガルダ経由で、海路タリス島へと向かったのだった。


上へ