1 マンフロイの恋
暗黒教団の司祭マンフロイは恋をした。ものごころついて以来、迫害されるロプトの信者として、憎しみだけに生きてきたのだが、三十代も半ばとなってから、生まれて初めて、他人に愛情を抱いたのだった。
相手はすみれ色がかった銀色の髪をもつ美しい娘で、名はマーサ。ロプトウスの血を引くシギュンとまちがえてさらってきた、ヴェルダンの精霊の森の娘である。
精霊の森の住人たちは、マンフロイたちと同じく暗黒神ロプトウスを信仰していながら、暗黒教団とは正反対の信念のもと、袂を分かっていた。
彼らは、ロプトウスの血を引きながらロプト教団を裏切ったマイラを信奉し、その教えを忠実に守って、ロプトウスを封印しつづけている。皇弟マイラの子孫をロプトウスの血を引く者として戴きながら、その中から暗黒神を復活させる者が生まれぬよう、注意深く、自分たちの神を封印しつづけているのである。
そんな精霊の森の者たちを、マンフロイたち暗黒教団の司祭や信者たちは、裏切り者と思っていた。
彼らの手からロプトウスの血を引く者を奪い返し、暗黒神を復活させなければならない。
精霊の森は結界のために入りこめないが、近くの町を見張っていて、森の住人がときおり町に買い物にやってくることや、ロプトウスの血を引く唯一の者がシギュンという名の少女だということがわかった。
それで、マンフロイは、部下たちにシギュンをさらってくるよう命じたのだが、さらってきた娘をひとめ見て、部下たちの失態に気がついた。シギュンは十四か十五歳ぐらいの少女だと聞いたのに、さらってきた娘は、どう見ても二十歳前後ぐらいに見えたからである。
だが、年齢は違っていても、娘は驚くほど、一度だけちらりと見たシギュンによく似ていた。だからこそ、部下たちもまちがえたのだといえる。
「おまえはシギュンの血縁の者か?」
「シギュンはわたしのいとこです」
「なるほど。シギュンの父の血縁者なのだな。シギュンは母からロプトウスさまの血を受け継いだと聞いたからな」
マンフロイはまじまじと娘を見て、改めて彼女が美しいことに気づかされた。
娘は恐れげもなくマンフロイを見つめてたずねた。
「あなたは暗黒教団の方ですね」
「そうだ」
「それならお願いします。わたしたちを放っておいてください。シギュンにも、ロプトウスさまにも手を出さないでください」
「ロプトウスさまに手を出すなだと? まるで獣を檻に閉じこめるがごとくロプトウスさまを封じておきながら、何を言うか」
「わたしたちの信仰が、ある意味で一種の封印の役割をはたしていることは認めます。けれどもそれは、けっしてロプトウスさまを軽んじているわけではありませんし、まして、獣を檻に閉じこめるような扱いなどするはずもありません」
「詭弁を申すな!」
「詭弁ではありません。わたしたちの信仰は、ロプトウスさまの悲しみを癒し、安らいでいただくためにあるのです」
「それこそが詭弁だというのだ。悲しみを癒すというなら、復讐こそがその唯一の手段。それを封じることが、悲しみを癒すことになろうはずはなかろう」
「復讐は悲しみを癒しはしません。悲しみを癒すのは幸福のみ」
「復讐こそが幸福なのだ。われら虐げられし者にとってはな」
「虐げられし者……?」
マーサは、つと両手をのばし、マンフロイの両頬をはさむようにしてその灰色の双眸をのぞきこんだ。
意表をつかれたマンフロイは、驚きながら、マーサのすみれ色の瞳を睨み返す。ほとんど女性と接することなく生きてきたので、妙齢の美女にこのように見つめられて、どぎまぎしていたのだが、その手をふり払えば内心の動揺を見透かされそうな気がして、そのままにしておいた。
「あなたはロプトウスさまと同じ悲しみを宿しているのですね」
「何をいまさら……」
「それでわかりましたわ。わたしがここにさらわれてきたわけが。わたしはあなたの悲しみを癒すためにここにきたのです」
「何をわけのわからんことを言っている? おまえがさらわれてきたのは、間抜けな部下どもがおまえをシギュンとまちがえてだな……」
「いいえ」
マーサは確信に満ちた口調で断言した。
「あなたの部下の方々がわたしをシギュンとまちがえたのは、ロプトウスさまの思召しです」
「なんだと?」
「あなたとわたしが出会うことを、ロプトウスさまが望まれたのです」
「でたらめを言うな。出会って何だというのだ?」
「わたしたちは夫婦になるのです」
「な……!?」
マンフロイは驚き、あっけにとられた。
「何なんだ、それは?」
「わたしたちは夫婦になるのです。ロプトウスさまがそれをお望みなのです。わたしはロプトウスさまの巫女ですから、それがわかります」
「そんなでたらめをわたしが信用すると思うのか? 司祭のわたしが何も感じていないというのに」
「司祭は神を祭り、信徒を導くのが役目。神の意志を感じとることはできません。神の意志を知るのは巫女だけです。それはおわかりでしょう?」
マンフロイはたじろいだ。たしかに、シャーマンとも呼ばれる巫女たちには、そのようなふしぎな力があると聞いたことがあったからだ。