「リムニーの冒険」顛末記(冒頭2ページめ)

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 それから十二日までの三日間、『リムニーの冒険』のことが気になってしかたなかった。
 それまでにけっこうハマっていたせいもあるが、思わぬ形で中断されたため、このあとにすごい趣向が待ち受けているような気がして、好奇心をそそられていたのだ。
 そして十二日、九時になるのを待ちかねて、ゲームをスタートした。
「レイミーですか?」という問いに「はい」と答える。と、とたんに目の前が真っ暗になった。意識が遠のいていく。貧血なんて、今まで一度も起こしたことがないのに……。

「おねえさん、おねえさん」
 どこかでだれかが呼んでいる。子供の声だ。
 目を開けると、全然会ったこともない男の子がふたり、心配そうにのぞきこんでいる。年齢は小学校の三年か四年ぐらいだろうか。ふたごらしくて、見分けがつかないぐらいそっくりだ。
 どうやら夢を見ているらしい。
 男の子たちは、顔立ちはごくふつうの日本人の子供に見えるけれど、服装が変わっている。ファンタジー映画などで見かけるようなエキゾチックな服装。中世ヨーロッパの農夫か木樵の息子というところだろう。
 気がつくと、わたしの服もいつのまにか変わっている。やっぱり中世ヨーロッパあたりの時代の服のようだ。
 膝下二十センチぐらいのベージュのワンピース。布地は厚手の木綿のようだが、あちこちすりきれていて、なんとなく粗末な感じがする。農家の娘とでもいうところだろうか。
「おお、気がついたかね」
 男の子たちの背後から声をかけたのは、白い髭を床まで届きそうなほど長く伸ばし、裾の長い灰色の衣に身を包んだ老人。そのそばには、革の胴鎧を身につけ、小型の楯を手にした少女と、気を失って床に転がっている四人の男女がいる。
(ああ、夢だな、これ)
 どう考えても夢の世界。みんな、中世ヨーロッパ風とでもいうのか、ファンタジーの映画やコミックで見かけるような奇妙な服装をしている。そのわりには、いちおう西洋人らしく見えなくもないのは、武装した少女と老人、うつ伏せに倒れている金髪女性の三人だけだが……。
(ゲームをしながら眠ってしまったから、こんな夢を見ているんだ。じゃあ、これはきっと『リムニーの冒険』の世界だな)
 そう思って、どう見ても戦士としか思えない格好をした少女に声をかけてみた。
「リムニー?」
 少女よりも、老人の方が驚いたようだった。
「さすがは異世界の魔法使い。名乗ってもおらぬのに、どうしてこの娘の名前がわかったのだ?」
(異世界の魔法使い? ああ、賢者が呼びだしたんだっけ。わたしが異世界の魔法使いって設定なのか)
 ふと、妙だなという気がした。初めのうちは頭がぼうっとしていたが、だんだん、すっきり冴えてきた。夢にしては、どうも鮮明すぎるような気がする。
 それに……。
 はっと気がついた。リムニーや老人が話しているのも、日本人らしいふたごが口にしているのも、日本語ではない。どこの国の言葉かよくわからない言語なのだが、日本語を聞くのと同じように、意味がはっきり頭に入ってくる。
 そのうえ、わたしがしゃべっているのも、リムニーたちと同じ言語だ。ふだんと同じように日本語でしゃべっているつもりなのだが、いざ口を開いたとたん、わたしが知っているはずのない言語で話している。
 こんな手のこんだ夢なんてあるんだろうか。だが、妙にリアルな夢というのはあるものだし、きっとこういう夢なんだろう。
 このときは、そう納得したのだ。
 ここが『リムニーの冒険』の世界なら、白い髭の老人は賢者なのだろう。では、このふたごの男の子と気を失っている人たちは……。
「異世界の魔法使いは七人だっけ。みんなで七人いるわね」
 男の子たちがうなずいた。
「うん。ぼくたちも異世界の魔法使いなんだって」
「この人たちもそうらしい」
 男の子たちは、ユウタとユウジと名乗った。ふたりとも、顔だけじゃなく、名前も日本風だ。
「わたしはレイミー」
 礼美と言おうとして、なぜかレイミーという名が勝手に口をついて出た。レイミーというのは、たしか、眠る直前にゲーネットに入力した名前だ。
「レイミー、あなたの力が必要なの。協力して」
 リムニーが目をのぞき込むようにして言った。
 奇妙な少女だ。褐色の肌は、日に焼けただけとは思えないぐらい色素が濃いのだが、後ろで束ねた巻き毛の色はオレンジがかった薄茶色で、瞳の色は深い湖のような青緑色。顔立ちは、東洋系とも西洋系とも南方系ともつかない。
 まっすぐ見つめるリムニーの真剣な瞳につられて、思わずうなずきかけたとき、倒れている男女からうめき声が上がった。
 最初に起き上がったのは、中学生か高校生ぐらいの年の少年。つづいてショートカットの少女。年齢はリムニーと同じか少し年下だろうか。それから男の人。四十歳ぐらいだと思うが、ひょっとすると、もう少し若いかもしれない。
 最後に起き上がったのは金髪の女の人。と、そのとたん、ほかの三人がぎゃっと悲鳴を上げた。まるで、のっぺらぼうか口裂け女でも見たような驚きようだ。
 どうしたのかと、女の人の顔をのぞき込んで、わたしまで、思わずぎゃっと叫んでのけぞった。
 のっぺらぼうでも口裂け女でもなかったが、人間の顔とは思えない。
 凹凸の少ない平板な白い顔に低い鼻。異様に大きな目にはほとんど白目がなく、全体が紫色。菫色の瞳などというような、まともな色ではない。まっ紫としかいいようのない色で、おまけに巨大な瞳の中には星がきらきら輝いている。
 どう見てもこれは、少女マンガかアニメの顔を三次元に置き換えたものとしか思えない。
「何? どうしたの?」
 少女マンガだかアニメだかのヒロインが、ふつうの人間の声で話しかけた。セリフに合わせて唇が動いているところを見ると、ぬいぐるみというわけではなさそうだ。
 リムニーは、驚いたようにまじまじ見つめているが、賢者は落ち着いたようすで、その女性とほかのみんなを見比べて質問した。
「おまえさんがたは、別の種族に属しておられるのかな?」
 みんながいっせいにうなずくなか、当の女性だけは、けげんそうに周囲を見まわし、それから、自分の金髪巻毛を手に取って、ふしぎなものでも見るようにじっと見つめると、今度は頭に手をやって、ぐいと髪の毛を持ち上げようとした。まるで、カツラをはずそうとしているように見える。
 妙な人だと思っていると、女の人は賢者に向き直った。
「鏡、あります?」
「泉でもよろしいかな? そこにあるが……」
 今まで気がつかなかったが、賢者の指さす方、背後の庵のすぐそばに、小さな泉がある。澄んだ水面がぼこぼこ泡立って、いかにも新鮮な水が湧きだしているという感じ。カルキくさい水道の水なんかと違っておいしそうだ。
 そう思ったとたん、喉が渇いてきた。
 それで、泉に向かって駆けていく金髪女性の後につづいて、歩き出しかけた。
 と−
「ぐぇっ!」
 女の人が、ゴキブリでも踏み潰したような悲鳴を上げた。ファンタジー世界にゴキブリがいるのかどうかは知らないが。
「な、何なの、これ? わたしの顔?」
 自分の顔を見てびっくりするなんて、変な人だと思っていたら、金髪がみるみる黒く染まっていく。長さも、腰のあたりまであったのが、肩ぐらいまでのセミロングに縮まった。
 驚いて見ていると、女の人がふり向いた。どう見ても、ごくふつうの人間。ふつうの大きさでふつうの形の目、ふつうの顔。日本人女性のようだが、年齢はよくわからない。わたしよりはだいぶん年上のようだけど。
「ちょっとグロかったわね。イメージ・イラストと同じってのは」
 こちらに向かって言ったのか、ひとりごとなのか、女の人が照れくさそうに頭を掻きながら口を開いた。
「あ、そう言えばそっくりだった」
「うん。パッケージの絵と」
 後ろで叫んだのは、いつのまにかついて来ていたユウタとユウジ。リムニーや賢者たち、ほかの異世界の魔法使いたちまで、ぞろぞろついてきて、金髪女性の変貌に目を丸くしている。
 そう言えば、『リムニーの冒険』のパッケージに描いてあるイメージ・イラストは、少女マンガっぽかったっけ。たしか、異世界からの魔法使いのひとりが、黄色のくるくる巻き毛で、紫色の目をしていた。
「あれじゃ、こっちがモンスターみたいだわ」
「うん。そのほうがいいよ」
「ほっとしちゃった。ふつうのおばさんだったんだね」
 無邪気な男の子たちの言葉に、女の人はちょっと気を悪くしたようだった。気持ちはわかる。
「名前で呼んでくれない? ムウカっていうのよ」
 このやり取りを聞いていた賢者が、おもむろに口を開いた。
「おまえさんは、変身の術を心得ておられるのかな?」
「そのようですね。試してみましょうか」
 そう言うと、ムウカは目を閉じた。何か一心に精神を集中しようとしているようだ。
 と、ムウカの姿は、みるみる賢者にそっくりの老人にと変貌していく。賢者に比べるといくらかしわが少なく、年が若いような気がするのは、まだ術が未熟なせいかもしれない。
「すっげぇ」
 ユウタとユウジが歓声を上げた。とたんに、賢者のそっくりさんは、またムウカの姿に戻った。
「ふうむ」と、 賢者がうなった。
「おまえさんが変身しているあいだ、影は変化せなんだ」
「えっ、気がつきませんでした」
 ムウカは目をぱちくりした。
「そうじゃろう。だから変化せなんだのじゃ。影にまで気を配っておれば、影も変化させられたじゃろう」
「どういうことです?」
「つまり、おまえさんの力は、ほんとうに変身するんではなくて、変身したように見せかける力じゃ」
「催眠術みたいにして?」
「いや、暗示によるものなら、わしにはきかん。おまえさんの変身は、わしにも見えたからの。おまえさんは、自分の思うように光をねじ曲げて、変身したように見せかけたんじゃよ。おまえさんは《光の使い手》に違いない。これは、ただの変身能力などよりたいした力じゃぞ」
 賢者の説明に、リムニーが感嘆の声を出した。
「これが異世界の魔法使いの力なんですね」
「これほどのものとは、思ってもおらなんだ」
 ふたりの言葉が、なんとなくひっかかった。異世界の魔法使いの力と言うけれど、わたしも、異世界の魔法使いのひとりのはずだ。いくらなんでも、わたしにはこんな器用なまねはできやしない。
 同じことを考えたらしくて、中学生ぐらいの年齢の少年が口を開いた。
「ぼくは変身なんてできませんよ」
「皆が同じ力を持っていたのでは、七人そろう意味がない。何かまた別の力を持っているのではないかな?」
 賢者がたずねる。
「持ってませんよ。魔法なんて知りません。ぼくはただの中学生なんですよ」
 こんなファンタジー世界で、中学生などという単語を耳にすると異様な気がする。まったく妙な夢だ。
 いちおう試しに、心の中で念じてみる。
(賢者になれ。賢者になれ)
 やっぱり変化がない。
「ふうむ。ほかの御仁は、みな、力のほどがわからぬか」
 ひとりごとのようにそう言いながら、賢者がわたしたちを見まわした。何だか、能力のほどを推しはかられているようで、居心地が悪い。就職試験のときの面接を思い出してしまう。
「旅をしているうちに、誰がどのような力を持っているのか、おいおいわかってくるじゃろう。じゃが、いますぐ結界の外に出るのは、よしたほうがよさそうじゃな。国外のようすはよくわからぬが、おそらく、フェリシアの怪物どもよりも強くて恐ろしい怪物が、徘徊しておるじゃろうからな」
 それから賢者は、取ってつけたようにつけ加えた。
「協力して下さるかな、異世界の方々?」
「お願い。手伝って下さい」
 リムニーも、ひとりひとりの瞳を覗きこむようにして、そう頼む。
 真剣そのものの瞳と口調にたじたじとなったのと、どうせ夢だからという軽い気持ちとで、思わずうなずいてしまった。ほかのみんなも同様だったのか、断わる者はだれもいない。
 それで順番に自己紹介をした。
 中学生だという男の子はタツヒコ。ショートカットの少女はメイ。男の人はなんとコナン。ハワードのヒロイック・ファンタジー「コナン」シリーズからとった名前だろうか。それに、ふたごのユウタとユウジ、ムウカ、わたしレイミーを入れて七人だ。
「じゃあ、みんなの訓練がてらに、都まで歩いて戻りましょうか。どちらにしても、いったん都に戻って、フィノーラさまに報告しなくてはならないから。それに、装備も整えなければ」
 リムニーの言葉で、みんな自分の装備をつくづく眺める。みすぼらしい布の服に、木の杖。たしかにこれでは心もとない。
 と、リムニーは、自分の胴鎧をはずし、楯を差し出した。
「だれかふたり、これを身に着けて、なるべくほかの人を守るようにして」
 みなは顔を見合わせた。
「でも、鎧と楯は、女性か子供たちが装備したほうがいいんじゃないかな。先頭に立って戦うのは、ぼくたちがやるにしても」
 ちょっと古風なレディファーストを言い出したのはコナン。女性がか弱いものという発想は、じつはあまり好きではないのだが、今回ばかりは、そう言ってもらえるのはありがたい。わたしは運動神経には自信がないのだ。
 だが、コナンのちょっと出っぱったおなかを見て考え直した。わたしより、この人の方がとろいかもしれない。若者ぞろいの中で、ひとりだけ中年なんだし……。
 コナンの・ぼくたち・という言い方に、ちょっと迷惑そうな顔をしたのはタツヒコ。
「そうだね。おれも先頭に立って戦ったほうがいいんだろうね。でも、ひょっとしたら、女性陣のほうが強いんじゃない?」
 のんびりした話し方をする少年で、それだけにかえって、度胸がありそうにも見える。
「剣道やったら得意やで」
 自信たっぷりに、メイが応じた。
「そやから、楯なんてかえってじゃまやわ。竹刀のときと同じに戦こうたほうがやりやすいもん」
 気負いもなければ、怖がっているようすもない。リムニーやムウカに比べて印象の薄かった少女を、思わず見直した。
「ぼくたちも防具なんていらない」
 ほとんど同時に同じようなセリフを叫んだのはユウタとユウジ。さすがはふたご。まるで以心伝心でしゃべっているみたいだ。
「ぼくたち、すばしっこいのには自信があるんだ」
「こんなの持ったら、かえって身動きとれないよ」
 たしかに、リムニーの楯は、小学生が扱うにはちょっと大きすぎるような気がする。胴鎧はもちろんサイズが合わない。
「じゃあ、楯はコナン、胴鎧はメイが装備しては?」
 らちがあかないと思ったのか、リムニーが口を出した。
「タツヒコも腕に自信がありそうね」
 そう言われて、タツヒコは、肯定も否定もせずに照れくさそうに頭を掻いた。
 たとえ自信がなくても、これでは「ない」とは言えないだろうな。
「ほかの人は、なるべくわたしたちのそばを離れないようにして。ムウカは、戦闘になったら、怪物の怖がりそうなものに変身してくれる?」
 戦いに慣れているだけあって、リムニーはさすがにてきぱきしている。みないっせいにうなずき、旅の支度をはじめた。
 賢者に水筒をもらって、泉の水を汲み、やはり賢者にもらった弁当と薬草を、布の袋に入れて腰に下げる。
 そのほかに、賢者は、それぞれに腕輪をひとつずつくれた。この世界のどこからでも−たとえ結界の向こうからでも、一瞬のうちにこの庵に戻れる魔法の腕輪だという。それに、結界のこちら側で使うかぎりは、この庵に限らず、フェリシア国内の一度行ったことのある町や村ならどこにでも、瞬時に移動できるということだった。
「よいかな、魔法使いの方々。おまえさんがたは、あまり長くこの世界に留まりつづけることはできん。七日が限度。それをすぎると、おまえさんたちの体に何が起こるか、わしにも見当がつかん」
「えっ、じゃあ、七日以内に事件を解決しなくちゃいけないの?」
「ムリだよ、そんな」
 ユウタとユウジが同時に叫んだ。
 やる気満々の子供たちに向かって、賢者はやさしくほほえんだ。
「いや、いったん元の世界に戻って、また来ればよい。だから、七日が限界だと言ったが、限界ぎりぎりまでこの世界におることはないのじゃぞ。ことに最初のうちは、この世界に慣れておらぬからな。面倒だと思っても、なるべくこまめにここに戻るようにな。腕輪はひとつあれば用は足りるのじゃが、はぐれた場合に備えて、ひとりひとつずつ渡しておく。まんいち仲間とはぐれたら、無理をせずに、ここにいったん戻るがよい」
「これ、戦闘中でも使えるんですか?」
 たずねると、賢者は大きくうなずいた。
「使えるとも。ほんとうに命が危ういときには、いったんここに戻るとよい」


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