聖玉の王2 聖玉の秘密 (冒頭部)

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      プロローグ

 ひとたびは内乱に突入するかに見えたホルム王国だったが、生死不明となっていたグンナル王が無事に帰還すると、内乱は不発のうちに終わりを告げた。
 王自身の口から、王を救出したのがオーラーブ王太子とエイリーク卿だと知れると、彼らと対立していたブーリス卿とその一派は窮地に立たされた。
 王太子とエイリーク卿に対する王の信頼が厚く、讒言しても逆効果となれば、とるべき方法はひとつ。ブーリス卿は、自分が王太子に敵対したというのは、王太子とエイリーク卿の誤解なのだと弁明し、王の怒りを免れようとした。
 グズルーン王妃もまた、王に泣きすがって、兄のブーリス卿の弁護をした。それは兄のためばかりではなく、自分自身とわが子シグバルディのためでもあった。兄が謀反人として処断されれば、兄にかつぎ出されていた自分たちもまた、なんらかの処罰を受けずにはすまないだろうと、王妃にはよくわかっていたのである。
 王もまた、妃や幼いわが子を処罰したいはずもなく、王太子が出奔したことについては、行方知れずの王の捜索のためという理由がつけられることでもあり、ブーリス卿を謀反人として厳罰に処すのは避けることにした。
 とはいえ、むろん、ブーリス卿とその一派をそのままにしておくことはできないし、そうする気もない。
 王の不在中に勝手なまねをしたことに対する怒りもあれば、彼らの野心に対する警戒心もあるし、なんの処罰もなく放置したのでは他の臣下たちに示しがつかない。それになによりも、オーラーブとアーストリーズの安全をはかる必要もある。
 グンナル王は、ブーリス卿をその所領に謹慎させると、彼の息のかかった者たちを、王宮から注意深く遠ざけることにした。
 むろん、王妃の侍女たちのうちにも、ブーリス卿の意によって王太子に害をなそうとする者がいると思われるから、それも遠ざける必要がある。
 オーラーブは聖玉に選ばれた世継ぎなのだから、自分の身を守る特別な能力をもっているのではないかと、グンナル王は期待していたが、なんといってもまだ子供だ。
 それに、聖玉の持ち主である占い師サーニアは、聖玉はあくまでも素質のある者を選ぶにすぎないと説明していた。
 聖玉はただ選ぶだけ。選んだ者を守ってくれるわけではない。
 それで、王は、安全と思われるようになるまで、オーラーブとアーストリーズを王宮には戻さず、エイリーク卿にあずけておくことにしたのだった。


        1

 エイリーク卿の城を去ったレイヴは、半年以上あちこち旅したのち、シグトゥーナの都に足を向けた。
 目的地はシグトゥーナではなく、その近郊の森の中にあるという占い師サーニアの庵である。
 レイヴは、少年の日の恩人と同じサーニアという名に興味を引かれて、彼女の庵の場所をラーブに聞いたものの、やはりそんなはずはあるまいと思い、訪ねてはいなかった。が、やはり気になって、確かめることにしたのである。
 ひっそりと森に隠れ住んでいた多くの魔族たちが殺されたとき、サーニアは生きのびた。魔族狩りのすぐあと、レイヴは彼女の無事を自分の目で確かめた。
 だが、そのあと一度もサーニアに会っていない。人間の目を逃れて彼女が今も無事でいるかどうかは、はなはだ心もとない。
 ことに、魔族との戦いに一度だけ従軍し、圧倒的な人間の勝利と敗れた魔族たちの惨状を目にして以来、レイヴは、彼女が今も生きのびているという望みをほとんどあきらめていた。
 ムガシャ老人に再会したとき、サーニアの無事を一度は確認したことを告げなかったのも、彼女が生きていると自分自身が信じていなかったので、ムガシャにむなしい希望をもたせて、あとで失望させたくなかったからだ。
 サーニアが生きていてくれればうれしいし、再会できればなおうれしい。それだけに、占い師サーニアが、もしも自分の知っているサーニアと別人なら、それを知りたくないという気持ちがある。
 同時に、ふたりが同一人物だということを恐れる気持ちもある。
 占い師サーニアは、聖玉とやらの予言で、まだ五歳のラーブを王の世継ぎと名指し、そのためラーブは、異母兄たちの妬みを買ったうえ、七歳にして母親と引き離されたと聞いた。
 レイヴは予言など信じていなかったので、そんなあやしげな占いでラーブやエイリーク卿の一家をひっかきまわした占い師に、反感と不信感を抱かずにはいられない。
 あのサーニアが、老女のふりをしてラーブを欺いたうえに、予言などというあてにならぬもので、彼ら兄弟にさんざん悲しい思いをさせたとは思いたくないという気持ちがあるし、それはあの心やさしいサーニアの行動にそぐわないようにも思える。
 とはいえ、もしも占い師サーニアがレイヴの知っているサーニアだとしたら、そのような予言をしたことにも、何か理由があるのだろう。
 いや、もしもレイヴの知っているサーニアとは別人だったとしても、そのような予言をしたことには、やはりそれなりの理由があったのかもしれない。なんといっても、あのラーブが全幅の信頼をおいている人物なのだから。
 ラーブは、信頼できる人がわかることがあると言っていた。レイヴを信頼できるとも言ってくれた。
 それがどういう基準によるものなのか、レイヴには理解できない。自分に好感情を抱いている人間を見分けているようにも見えるが、それだけでもないように見える。
 自分の場合をふり返ってみれば、たしかに、エイリーク卿の弟ではないかとうすうす気づいた時点で、仕事というのを別にしても助けてやろうという気を起こしていたし、さらには、ラーブの人柄や考え方を知るにつれ、旧友の弟というのを抜きにしても、彼本人に好感情をもつようになっていった。
 そのころには、旅の仲間といっていいぐらい親しくなって、互いの価値観がわかるような会話を交わしたり、助け合ったりしていたから、その時点でなら、レイヴを信頼するというのもわかる。
 だが、ラーブが最初にレイヴに向かって信頼できる人だと言ったのは、初対面のときだ。
 あのとき、レイヴは、はっきりいって、ラーブにほとんど関心をもっていなかった。仕事が見つかるかもしれないという多少の期待はあったが、ただそれだけだった。
 たとえラーブにレイヴの心の中がすべてわかっていたとしても、信頼できると感じるような根拠は何もなかったはずだ。しいて言うなら、レイヴはそれまで、護衛を引き受けてから追剥ぎに変貌したことは一度もなく、あのときも、目の前の子供たちの身ぐるみを剥ぐつもりはなかったという、ただその一点だけだろう。
 かといって、ラーブがレイヴの歓心を得るために適当なことを言ったわけではないことは、その後のやりとりからわかっているし、ラーブの思いこみというわけでもないように思える。
 ラーブが何を根拠に自分を信頼してくれたのか、レイヴにはいまだに理解できないのだが、おそらくはなんらかの根拠があったのだ。
 そうしてみれば、占い師サーニアについても、ラーブが信頼しているからには、信頼するだけの根拠があるのかもしれない。
 いずれにせよ、それは、その占い師本人に会ってみればわかることだ。
 レイヴには、占い師サーニアが自分の知っているサーニアと別人であることを恐れる気持ちも、同一人物であることを恐れる気持ちもあったが、いたずらにそれをくよくよ考えることはしなかった。起こってもいないことをあれこれ心配していては生きていけない世界に、彼は、ものごころついたときからずっと生きてきたのだ。
 それで、レイヴは、ひとたび占い師サーニアに会おうと決めると、もはや迷うことなく彼女の庵をめざしたのだった。


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