立川が書いたファンタジー小説「聖玉の王」シリーズの世界が舞台の連載小説です。
これは3ページ目。吟遊詩人をめざす主人公が、音楽学校に入学するためシグトゥーナの都に到着。
2002年2月27日UP (2002年3月28日改稿)
ハウカダル共通暦321年花の月20日
きょう、シグトゥーナに到着した。すごい。大きい。道路が主街道みたいな石畳だし、今まで見たこともない大きな建物がいくつもある。話には聞いていたけど、自分の目で見たのははじめてだ。
ラウズ様が学校に連れていってくださった。どういうコースになるかとか、奨学生になれるかとかは、試験を受けなければわからない。その試験は三日後に受けられることになった。それまで、寮の空き部屋に泊まってもいいということだ。がんばらなくては。奨学生になれないと、とても授業料を払えないからな。
とはいっても、試験までどんな勉強をしていいのかよくわからない。つけ焼き刃でなんとかなるってものでもなさそうだし、食費とかかかるから、まず仕事を探さなければ。へそくりを持ってきたけど。ラウズ様も、餞別だとおっしゃって、少しお金をくれたけど。
「親友の息子の門出を祝いたいのだから、遠慮はしないように。それに、このうちの半分は領主様からだ。領主様は、きみが吟遊詩人となってその使命をはたすことを期待なさっておられるのだから、なおさら遠慮はいらない。当座の生活費の足しにしなさい」
そうおっしゃったので、ありがたくいただくことにした。
ハウカダル共通暦321年花の月21日
学校に臨時仕事の斡旋所があると聞いて、行ってみたら、まだ生徒じゃないからだめだといわれた。斡旋所は街にもあるけど、当座の生活費があるのなら、試験の勉強をしなさいとも言われた。音楽学校の入学試験って、歌唱力のテストかと思っていたら、それだけじゃないらしい。語学とか、地理とか、歴史とか、音楽史や楽器についての知識とか、いろいろあるらしい。
どうしよう。おれ、語学や地理や歴史なんて、村のオラグじいさんにちょっと教わっただけだぞ。音楽史なんて、ますます知らないし。竪琴を弾くのは得意だけど、おれのよく知らない楽器もいろいろあるらしいし。竪琴が弾けて、歌が歌えればいいと思ってたんだけどな。
図書館を使えるというので行ってみたけど、むずかしくて頭によく入らない。試験はあさってなのに。羊飼いの息子が吟遊詩人をめざすのって、むりだったんだろうか?
ハウカダル共通暦321年ミウ麦の月1日
よかった〜。入学試験に合格した。だけど、一般教養はやっぱり成績が悪くて、子供たちといっしょに勉強しなおさなくてはならない。そっちをちゃんと勉強して試験に合格しないと卒業できないと言われた。必要な一般教養を三年以内に全部合格しないと退学になってしまうとも。それに、学校の必須科目ではないけど、吟遊詩人になるには必要な科目とか、修得しておいたほうがいい科目とかもいろいろあるんだそうだ。
厳しいけど、どっちにしたって、そんなに長くは学校に通っていられない。お金の問題もあるし、十七になってから入学するってのは、かなり遅いスタートなんだから。
さいわい、奨学生試験にも合格した……といっていいのかどうか。学生全部が対象の、優秀な生徒が受けられる奨学生試験はだめだったんだ。合格したのは、卒業後に吟遊詩人になるという条件の試験で、奨学金を受けられる交換条件としていくつかの義務がある。三年に一度は学校に戻ってくるとか、そのとき自分がつくった新しい歌を披露するとか、求められれば王様の前で歌うとか、生徒に教えるとか。義務をはたせば入学金と所定の科目の授業料は免除されるし、それ以外の科目の授業料と寮の費用も卒業後に少しずつ返せばいい。
けれども、吟遊詩人になれなかったり、義務を怠ったりすれば、全部の費用が借金としてのしかかる。
「もしも借金になってしまって、それを返せなければ、債務奴隷にでもなるしか道はなくなる。それでも入学するかね?」
念をおされたので「はい」と答えた。挫折が恐くて後戻りをするのはいやだ。自分を信じてがんばるしかない。
ちょっと説明。ミウ麦とは、この世界の麦の一種みたいな穀物です。ミウ麦の月はその収穫期ですね。この世界は1ヶ月が22日(1年は16ヶ月)なので、今回は前回の2日後です。
ハウカダル共通暦321年ミウ麦の月2日
授業のスケジュール表をもらってきて、スケジュールを組んだ。学期のはじまりは初雪の月と若葉の月だけど、おおかたの授業はとちゅうからでも受けられる。
一般教養で学ばなきゃいけない科目が多いから、どうしてもそちらが中心になってしまう。とほほ。
一般教養は、音楽学校だけじゃなくて、三つの学校がいっょになっている。音楽学校と、兵士養成学校と、教養だけの学校の三つ。シグトゥーナで平民が入れる学校はこの三つだ。小さな子供たちといっしょらしい。
学校は四歳から入れるんだが、おれが受けなければならない科目には、さすがにそこまで小さな子はいない。それでも、いちばん小さな子はまだ七歳とかいってたな。十歳から十二歳ぐらいまでの子が多いらしいしな。なんだか恥ずかしい。全部の科目じゃなくてよかった。
学校でもはじめのほうの段階は、ホルム語の読み書きとかかんたんな計算とかで、それはもうできているから飛ばしてもいいって。で、吟遊詩人になるには、算術なんかはこれでもいいけど、地理と歴史と語学は中レベルまでの知識が必須で、できればもっと上の段階まで勉強したほうがいいんだそうだ。
全部の科目じゃないんだから、がんばってみよう。
ハウカダル共通暦321年ミウ麦の月3日
けさ、希望する授業のプログラム表を提出したら、午後から授業に出てもいいといわれた。きょうの授業は地理と作詞作曲。地理は一般教養の学校にいって、夕方の作詞作曲の授業は音楽学校に移動した。
地理の授業は、予想通り、ほとんど子どもばかりだったが、おれと同じぐらいの年齢のやつもふたりいた。話をしている時間がなくて、どんな人たちかはわからなかったが、ちょっとほっとした。
作詞作曲の授業は、初心者から専門家として通用しそうな者まで、レベルや経験を問わずに出ることができる。上級者だけの授業はこれとまた別にあるらしいが、上級者にはそれとこちらの授業と両方出ている人が多いらしい。それだけ奥が深いということなんだろうな。
寮で同室のウォレスもこの授業に出ていた。彼はかなりの優等生のようだから、おれたちがいっしょに受ける授業といえば、この作詞作曲ぐらいだろう。
先生がおれのことを吟遊詩人志望の奨学生だと紹介したら、ウォレスはびっくりした顔をしていた。試験でおれが即興でつくった歌を歌うようにいわれ、歌ったら、もっとびっくりした顔をしていた。
おれが歌の題材にしたのはヨハンナばあさんのことだ。何でもいいから、自分の村のことを歌うように言われて、ヨハンナばあさんのことが思い浮かんだんだ。
ヨハンナばあさんは、年をとって足腰が弱くなったし、目も悪くなって、若いころのように畑仕事をすることも、はた織りもできない。でも、おいしいスープをつくるのが得意で、毎日たくさんのスープをつくる。村の者たちは、忙しいときや来客のあったとき、気の向いたときなど、ヨハンナばあさんからスープを買う。だから、ヨハンナばあさんは、身寄りがいなくてひとり暮らしだけど、生活には困っていない。
そういう歌なんだけど、びっくりするような歌かなあ?
ふしぎに思っていたら、あとでウォレスが説明してくれた。
「卒業後に吟遊詩人になるのを条件にした奨学試験ってのは、かなり難しいんだぞ。五人に四人は落ちる。たいがい、即興で歌をつくるところでひっかかるんだ」
そうだったのか、知らなかった。
ウォレスはおれを見直したと言っていた。2日前に同室になったとき、一般教養からやりなおさないといけないと聞いて、内心で少し見下していたらしい。それはおれもちょっと感じていた。優等生を鼻にかけたいやなやつかと、ちょっと思ってたんだ。
でも、ウォレスがおれを低く見ていたのは、たんにおれが一般教養をちゃんとおさめていなかったからだけでもなかったみたいだ。
「羊飼いの息子だとは思わなかった。ホルム語の読み書きができると聞いたからな。羊飼いやら農民やらの子どもは、そういう教養をいっさい身につけていないのがふつうなんだぞ。それに、羊飼いのせがれが急に音楽学校で勉強したいと望んでも、ふつうはかなえられない。だから、てっきり、騎士の息子かなんかのぼんぼんで、とても騎士になれそうもない怠け者の落ちこぼれが、苦しまぎれに音楽への転身をはかったと思ったんだ」
そう言われて、彼のどこか見下したような態度も合点がいった。こんなふうに見られていたのなら無理もないかもな。そういうふうに見られたってことは、おれは、羊飼いの息子としては恵まれているってことなんだろうな。やっぱりうちの村は、このホルム王国のなかでかなり豊かな部類に入るんだ。