吟遊詩人の日記−いとこ

立川が書いたファンタジー小説「聖玉の王」シリーズの世界が舞台の連載小説です。
これは2ページ目。吟遊詩人をめざす主人公が楽士のラウズ様とともに都に向かっています。

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 2001年10月31日UP (2002年3月28日改稿)


  ハウカダル共通暦321年花の月8日

 ラウズ様といっしょに旅ができたのは幸運だった。毎晩ラウズ様のすばらしい歌が聴けるし、どこでも歓迎される。ラウズ様の歌も人柄も、みんなに愛されているのがよくわかる。ラウズ様は、いまは領主様のところにずっといて、お抱えの楽士になっているけど、若いころは吟遊詩人だったそうだ。いまでも旅するときは吟遊詩人になるという。おれもラウズ様のような吟遊詩人になりたい。
 そのラウズ様がおっしゃった。
「まっすぐシグトゥーナに行かずに寄り道したいのだが、かまわないかね? シグトゥーナに着くのが数日ほど遅れるのはすまないが、どうしても行きたい用事があるし、きみにに会わせたい人もいるんだ」
 もちろん、おれは「かまいません」と答えた。シグトゥーナに行くのが数日遅れても、ラウズ様と少しでも長く旅ができるのは勉強になる。
 それにしても、おれに会わせたい人ってだれなんだろう? ラウズ様の知り合いなら、やっぱり、吟遊詩人か、だれかに仕えているお抱えの楽士なのかな?


  ハウカダル共通暦321年花の月10日

 ケルの村まできた。ちょうど市場が立つ日だ。ラウズ様は、干し肉や穀物など、食料品をずいぶん買いこまれた。まるで、何日も、いや何十日も野宿がつづくような買い物だ。いくら主街道からはずれたって、いちおう街道なら宿屋はあると思ってたんだが、ないんだろうか? 宿屋がなくても、人家があれば、ラウズ様ほどの吟遊詩人なら、どこでも歓迎されると思うんだが。よっぽどへんぴなところに行くんだろうか?
 でも、そんなに長く、宿屋も人家も見つからないようなところを行かなくてはならない村なんてあるんだろうか? よその国まで行ってしまいそうな回り道に思えるけど。ラウズ様にたずねてみたいけど、回り道をいやがっていると思われたら失礼だしな。
 そう思っていたら、考えていたことがラウズ様にわかってしまったようだ。
「たくさん買物をするのをふしぎに思っているだろう?」
 返答に詰まったけど、嘘をつきたくはなかったので「はい」と答えたら、ラウズ様は「いまにわかる」とおっしゃった。
「いまにわかる。ここでわたしが説明するより、自分の目で見てわかったほうがいいだろう。きみには自分の目で見てほしい。羊飼いのままでいるなら知らなくてもいいことだが、吟遊詩人になるならよく見てほしい」
 そうおっしゃるんだが、どういうことなんだろう?


  ハウカダル共通暦321年花の月12日

 きょう泊まることにした村は、どうもようすが変だ。主街道から歩いて二日の距離なのに、物資がひどく不足している。たいていの村では、吟遊詩人がくれば歌を聴きたがるものなのに、この村ではそうじゃない。いや、歌は聴きたがってるんだけど、お金にしろ物にしろ、支払う代価がないんだ。泊めてくれたのは村長の家だけど、村長の家でさえ、おれの家より貧しい感じがする。
 ラウズ様は、広場に村人たちを集めて、ただで歌ったうえ、持ってきた食料品の三分の一ほどを分け与えた。ラウズ様には、この村の貧しさがよくわかっていたみたいだ。食料品をたくさん買ったのは、そのためだったんだ。
 村長の家で夕食に出してくれたスープの肉は、たぶんラウズ様が分け与えたものだ。子供たちが「肉だ、肉だ」と喜んで、おかみさんに叱られていたからな。ふだんはまともに肉も食べていないんだ。どうしてこの村はこんなに貧しいんだ?
 村人たちはずいぶん恐縮していた。そりゃあそうだろうな。ただで歌を聞かせてもらったうえに、食料品をもらったんじゃあな。でも、驚いていないところをみると、ラウズ様はいままでに何度もこの村で同じことをしていたみたいだ。
「命日には少し早いのだが、今年は用事ができたもので」
 ラウズ様がそう説明しているところをみると、だれかの墓参りでもするのだろうか?
 そう思って「だれか亡くなった方がおられるのですか?」とたずねたら、「きみの伯父さん、わたしの親友だ」と言われて驚いた。おれの伯父が亡くなったのは、この少し先の村なのだという。ラウズ様の大盤ぶるまいも、伯父の冥福を祈るためらしい。
「親友を助けることができなかったから、せめて彼が望むだろうことをしてやりたいのだ」
 ラウズ様がそうおっしゃるところをみると、伯父はこのあたりの村の村人たちと親しく、ずいぶん深い思い入れをもっていたんだろう。それにしても、ラウズ様にここまでだいじに思われているなんて、伯父はどういう人だったんだろう?


  ハウカダル共通暦321年花の月13日

 きょう、いとこに会った。ラウズ様が会わせたいとおっしゃってたのは、いとこだったんだ。ホープって名前なんだそうだ。妹のエダにちょっと似ていている。
 まあ、ずっと知らなかった伯父がいたんだから、今まで知らなかったいとこがいたってふしぎじゃないか。でも、彼女の生い立ちには驚いたな。ホープはこの村の領主様の孫娘で、領主様は知らないっていうんだ。
 十六年前、伯父がこのあたりにやってきたときも、ここいらの村々は今と同じように貧しく、村人たちは飢えと戦っていた。それで、伯父は、この村にある領主様の館を訪ねて宴席で歌を披露することになったとき、村人たちの困窮を歌って、年貢を軽減するようにと意見したという。
 領主様は怒って、伯父を牢に閉じこめた。そんな伯父の歌と伯父自身に、領主様のお姫様が心を動かされた。お姫様は、伯父の歌を聞いて領民の困窮をはじめて知ったみたいだな。それに、伯父を好きになったらしくて、牢の伯父を助けだして駆け落ちしたというんだ。
「おふたりは、しばらくここに住んでいたんです」
 村人たちがそう言って見せてくれたのは、小さなおんぼろの小屋だった。この村の家はみんな小さくてみすぼらしいんだけど、とりわけ小さな小屋だ。空き家になってたんで、手入れして隠れ住むことにしたらしい。
「でも、わたしが生まれてまもなく、隠れ家は見つかってしまったらしいの」
 ホープの話し方は、まるで物語でも語っているみたいだったな。赤ん坊のころのことだから実感がないのかな。それとも彼女のくせなのか?
「父は捕らえられて処刑され、母はわたしをいまの両親にあずけたあとで見つかって、館に連れ戻された。それからまもなく病死したそうよ。ほんとうに病死かどうかはわからないけどね」
 彼女の言っている意味がしばらくわからなかった。
「きみのおとうさんのあとを追ったというのか?」
 そう聞いたら、ホープは「違う」と言った。
「わたしを残したまま、そんなことはしないと思う。消されたんじゃないかと思うのよ」
 ホープはそう言うんだ。でも、領主様からすれば、自分の娘だろ? いくらなんでも、そんなことをするかなあ。そりゃあ、ホープにしてみれば、父親を殺されたんだから、母親の父をそれぐらい冷酷非情な人間だと思うのも無理ないけどさ。でも、娘の駆け落ち相手と娘本人はまた別だろ?
 そう言ったら、ホープは、自分の思いこみじゃないと主張するんだ。
「母がわたしを今の両親に託したのは、領主の手に渡ったら抹殺されるか、よくて政略に利用されると思ったからよ。これは、母がわたしをあずけるときにそう言って頼んだっていうんだから、ほんとうのことよ」
 うーん。それなら、つらかっただろうな、伯母は。自分の父親をそこまで疑わなくてはならないなんて。でも、自分の領地の村人たちをこんなに苦しめる領主様なら、孫にでもそういうことするかもな。そういう人なら、自分の娘でも殺してしまったりするのかな。
 だとすれば、ホープの養父母はたいへんな危険を冒してホープを育ててくれたことになるな。それでかな。この夫婦には娘さんがふたりいるんだけど、妹さんのほうはホープになにか含みがあるみたいだ。ちょっと気になるな。ホープの態度をみていると、仲が悪いというわけでもなさそうだけど。
 まあ、うちの妹たちだってときどきケンカをしてるんだから、気にすることもないか。


  ハウカダル共通暦321年花の月14日

 村の結婚式に出席した。ホープを育ててくれた夫婦の上の娘さん、つまり、ホープにとっては血のつながらない義理の姉にあたる人の結婚式だった。ラウズ様がこの村にやってきた目的のひとつは、彼女の結婚式に出席することだったんだ。
 この花嫁は、幼いころ伯父夫婦に命を助けられたらしい。病気になったとき、伯父が持っていた薬のおかげで命拾いして、そのあと、伯母が持っていた装身具を崩して売ったお金で、栄養のあるものを食べられたんだって。ホープの養父母が危険を冒してホープをかくまって育てたのには、そういう事情もあったらしい。それだけでもなかったようだけど。
「ホープはわたしたちの希望なのです」と、おかみさんが言っていた。
「あの方々がやってくるまで、働いて、虐げられて、それから死んでいくだけだと思っていました。やさしさも希望も知りませんでした。あの方の歌と、わたしたちのために命をかけてくれた行動が、やさしさや希望、それになんと言ったらいいか、……そう、わたしたちに価値があるということを教えてくれたのです。あの方々がいなくなったいま、ホープがそれをわたしたちに伝えてくれているのです」
 おかみさんの説明は、わかったようでよくわからなかったけど、「ホープの歌を聞けばわかります」と言われた。
 たしかに、結婚式でホープの歌を聞いて、少しわかったような気がした。ラウズ様の歌もすばらしかったけど、ホープの歌も負けないぐらいすばらしかった。伯父の才能を受け継いでいるんだろうな。おれなんかよりずっと才能があると思う。
 彼女の歌は、きれいで、やさしくて、でも悲しい。なんだかとても悲しい。そう言ったら複雑な顔をしていた。悲しく歌ったつもりはないらしい。なのに、歌が悲しいのは、彼女が悲しいんだろうな。この村、悲しみに包まれているような感じが漂っているから。貧しいからだろうな。やっぱり。
 結婚式だというのに、料理もひどく粗末だった。ラウズ様があげた食材があったから、なんとかさまになったけど、でなければとても結婚式のごちそうとはいえないだろう。おれたちがふだん食べている食事より粗末な料理しかつくれなかったかもしれない。
 そんな貧しい料理でも、村の人たちがせめて結婚式ぐらいはと思って、なんとかやりくりして準備したものなんだろうな。


  ハウカダル共通暦321年花の月16日

 きのう、出立しようとしていたら、この村の領主様から使いがきた。なんだかずいぶん高飛車な使者だった。どうも、「領主付きの楽士をやっているような人間がこの村に来て、領主様にあいさつなしとはけしからん」ということらしい。
 そういうもんだったのかな。でも、それがほんとうに決まりなら、ラウズ様は行ってたんじゃないかな。ラウズ様にとったら、ここの領主様に友だちを殺されたわけだから、会いたくはないだろうけど、決まりを破るようなやばいことはしないだろうと思う。なんだか言いがかりをつけられているみたいだ。
 ともかく、供の者もいっしょに来いということだったので、おれもいっしょに行った。もちろん、伯父の甥だということは秘密だ。
 ここの領主さまは、見かけだけなら、うちの領主様よりちょっときつそうなだけのりっぱな騎士に見えた。あの村の惨状を見てなくて、伯父を殺されたって知らずに会っていたら、たぶん、第一印象だけならりっぱな領主さまだと思ったんじゃないかな。
 でも、りっぱそうに見えたのは最初だけだった。すぐに、村人を虐げたり、おれの伯父を殺した人なんだと合点がいった。おれが羊飼いの息子だと名乗ったら、ずいぶん見下したような視線を向けてきたもんな。それに、ラウズ様に、なんだかよくわからないいやみのようなことを言っていた。
「そなたの主人は、お抱えの楽士に間諜のまねなどさせて、何をたくらんでいるのかな? なにかおもしろいことでも見つかったというなら、ぜひ聞かせてもらいたいものだ」とか、そういうようなことだった。
 けさがた、館から帰ってから、ラウズ様に説明してもらってわかった。あの領主様は、ラウズ様が、うちの領主様のさしがねでこの村のことを探りにきたと疑ってたんだ。うちの領主様とここの領主様は、同じ国の騎士で、同じ王様に仕えているのにな。まるで敵どうしみたいだ。領主様どうしって、こういうものだったのか。驚いた。


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