マリータの日記−戦争中・4

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 2006年7月26日UP


  776年10月17日

 レンスターをついに奪回した。
 かつてのレンスター王国の将軍や兵士たちが、フリージ兵たちといっしょに城の占領軍に加わっていると聞いて、「えーっ!」と思ったけど、ちゃんと事情があった。人質を取られていたのだ。
 ゼーベイアさんは、いわゆる「騎士の誇り」ってやつよりも、部下とその家族の命を選んだ。リーフさまも、フィンさんやグレイドさんたちも、それをよしとされた。
 好きだな、こういう人たちって。
 昔話とかに登場する王様たちとか英雄たちには、強くて勇敢で誇り高いんだけど、よく考えてみれば、部下や民の命を軽く扱ってるな〜って感じるエピソードもあったりするんだけど、リーフさまたちはそうじゃない。
 わたしはそのほうが好きだ。
 それにしても、ゼーベイアさんもその部下の人たちも、つらかっただろうな。
 ずっと戦いつづけてきたグレイドさんたちよりつらかったと思う。だって、戦っている人にはたしかな目的があるから、いつか光を取り戻せると信じることができるもの。
 でも、自分の意思に反して闇に組しなければならなかった人たちは、光が見えずに、闇のなかでもがきつづけなければならなかっただろうから。
 わたしはそういう状態を経験したからわかる。そりゃ、まあ、自分の心に負けてしまったわたしと、人質を助けるためにやむなく屈したゼーベイアさんたちとは、事情が違うけどさ。
 でも、この人たちがずっとどんな気持ちでいたのか、わかるような気がする。


  776年10月20日

 きのうの夜中、お手洗いにいきたくなって廊下を歩いていたら、サラがぼうっと立って、だれもいないのに、まるでだれかとおしゃべりしているかのようにひとりごとを言っていた。
 なんだか少し不気味だなと思いながら、声をかけて、「だれと話しているの?」って聞いたら、サラは「リーフのおじいさま」と答えた。
 リーフさまのおじいさまっていうと、レンスターの王様で、わたしやリーフさまが赤ちゃんのころに亡くなっているはず。
 ってことは、亡霊!
 リーフさまは大好きだけど、いくらその身内でも、亡霊はやっぱり気味が悪い。
 たじろいでいると、サラが宙に向かって「ええ、じゃあ、またね」といい、わたしのほうをふり向いた。
「もう行ったわよ。あんた、亡霊が恐いの?」
「恐くないわよ!」
 思わずそう答えたけれど、すべてを見透かしたようなサラの瞳にみつめられて、しぶしぶ認めた。
「んー、ちょっとは恐いかな。生きている人間なら恐くはないけど」
「変な人ね。闇を知っているのに。亡霊より生きている人間のほうがずっと恐いわよ」
 サラの言いたいことは、理屈ではわかる。たしかに、亡霊より生きている人間のほうがずっと危険だろう。
「わかっているけど、理屈じゃないよ。生きている人間なら、どんなに危険な相手でも戦えばいいじゃない。でも、亡霊は……どう相手していいかわからなくて気味が悪いじゃないの」
「うーん、まあ、そうね。亡霊が敵なら、人間の敵よりやっかいよね。でも、リーフのおじいさまは明らかに敵じゃないわよ。リーフを心配して、城のなかをうろついているだけで。それなのに恐がったら気の毒でしょ?」
 そう言われて、ふと心配になった。
「ひょっとして、リーフさまのおじいさまは、わたしが恐がったので気を悪くなさった?」
「べつに腹を立ててはいなかったわ。生きている人間が亡霊を恐がるのはしかたがないと思ってるみたいだったけど」
 あああ。それって、腹を立てていないけど傷ついたってことよね。ずいぶんひどい態度をとってしまった。リーフさまのおじいさまなのに。
「あやまりたいわ。無理かなあ」
「それなら、今度あの人が話しかけてきたとき、そう言っといてあげる」
「ええ、お願い」
 亡霊が恐くないといえばウソになるけど、やっぱりあやまらなくちゃ。
「リーフさまは? リーフさまこそ、おじいさまと話をしたいんじゃないかと思うけど」
 ふと思いついてそう言うと、サラはあっさり「無理」と答えた。
「シャーマンの素質がなければ、亡霊と話をするのは難しいわ。決まった場所にいけば別だけど」
「決まった場所?」
「ふつうの人でも亡くなった人と話ができる場所が、世界にいくつかあるの。わたしが知っているのは、シアルフィ城の近くにあるポイントだけだけど」
「ふうん。そういうものなの?」
「そう。そこに行けば、あんたも、ずっとあんたのそばにいる霊と話ができるわよ」
「え?」
 一瞬、何を言われたのか飲み込めず、わかったとたんに恐くなった。
「い、いまなんて? わたしのそばにいる霊?」
「なんだ、リーフのおじいさまの霊を恐がって悪かったなんて言っておいて、やっぱり恐いんじやないの」
「いや、だって、わたしのそばに霊がいるなんて、ちっとも知らなかったもの。だれの霊よ?」
「あんたのおかあさまよ」
「変なこと言わないでよ! かあさまは生きているわ! 石にされただけだもの」
「ああ、石にされたおかあさまじゃなくて、あんたを生んだおかあさまよ」
 そうだ。たしかにわたしには、エーヴェルかあさまだけでなく、わたしを生んだかあさまもいた。うんと小さいころに亡くなったので、ほとんど覚えていないんだけど。
 それでも、かあさまの霊とわかったとたん、恐怖は退いていった。そのかわり、ちょっと心配になった。
「わたし、わたしを生んでくれたかあさまのことは、ずっと考えたことがなかった。ひょっとして、かあさま、気を悪くしてらっしゃる?」
 ほっとしたことに、サラは「ううん」と答えた。
「エーヴェルさんがあんたのおかあさまになってくれて、ほっとしてたって。エーヴェルさんには感謝してるって」
 そう聞いて、なんだか温かな気持ちになった。同時に、かあさまの霊がそばにいるとわかっても、見えもしないし、話もできないのがもどかしくなった。
「かあさまって、どんな方なの?」
「髪も目も黒くて、わりとあんたに似てる。あんたをセルフィナさんぐらいの年にしたような感じ……かな」
「ずっとわたしを見守ってくださっていたのね」
「ううん」と、サラはあっさり否定した。
「あんたがエーヴェルさんにすっかりなついたころからわりと最近まで、あんたのところにはときどきようすを見に戻っただけで、ほとんどはあんたのおとうさまのところにいたんだって。エーヴェルさんに守られているあんたよりも、あんたのおとうさまのほうが危なっかしい状態だったからだって」
 それはたしかにそうだ。とうさまったら、レイドリックなんかに雇われているんだもの。
「でも、その夫のところで、魔剣にとりつかれているあんたを見てから、あんたのほうが心配でずっと見守っているって」
「『ありがとう』って、かあさまに伝えてくれる?」
「自分で言いなさいよ。生きている人間に霊の声は聞こえないけど、霊には生者の声が聞こえるのよ」
「あ、そうか。かあさまがいるのはどこ?」
 サラがわたしの右のほうを指差したので、そちらをふり向いて、何もない宙に向かって声をかけた。
「かあさま。ありがとう。心配かけてごめんなさい。でも、わたしはもうだいじょうぶ。暗黒剣のことは乗り越えたし、仲間たちがいるし。だから、とうさまをお願い。わたしもとうさまのことはとても心配なの」
 何もない空中に向かってこんなことを言うなんて、なんだか妙な気分だ。間抜けなことをしているような気になってくる。
「『わかった』って言ってる。『ときどきようすを見にくるから、元気で』って。そう言って出かけていったわ」
「うん。ありがとう、サラ。かあさまのことを教えてくれて」
「直接話せなくても、やっぱりうれしい?」
「もちろんよ」
「じゃあ、リーフも、わたしの通訳ででもおじいさまと話したいかなあ?」
「うん。きっと喜ぶと思う」
「じゃあ、今度、リーフに言ってみる」
 サラがそう言った。リーフさまが喜ぶといいな。


  776年11月18日

 悔しい。アルスター奪回作戦は大失敗だった。アルスターを取り戻せなかったばかりか、ゼーベイアさんをはじめ、多くのレンスターの騎士たちが亡くなってしまった。
 リーフさまはひどく落ち込み、ミランダさまは「わたしが頼んだばかりに」って、すまながっている。
 でも、ミランダさまのせいじゃない。アウグストさんは反対していたけど、わたしたちは勝てると思っていた。ミランダさまに頼まれていやいや出陣したわけじゃない。
 たぶん、勝てると思ったわたしたちが甘かったのだ。
 せめてもの慰めは、コノモールさんとアマルダさんが仲間に加わったことだ。
 アマルダさんもまた、ずっと闇にとらわれてきた人だった。
 この大陸にはそういう人が多い。騎士としての立場や誇りとか、身内や友だちを敵にまわしたくないという想いから、上の命令に従うしかなくなって、板ばさみになってしまうのだ。

*ゲームではコノモールとアマルダのどちらか一方しか仲間にできませんが、この小説ではふたりとも仲間にできることにしました。ご容赦。

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