シーダ姫の三度の初恋(第1回)

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「アリティアのマルス王子と、縁組の話が出ているのだが……」
 父王の口からそんな話が出たのは、シーダが十三歳のとき。ドルーア対策会議に出席する父王に連れられて、アリティアの都アンリを訪れたときのことだった。
「いやよ」と、シーダは、即座に答えた。
「だって、あの子、頼りないんだもの」
「そうか? だが、いつも仲良く遊んでいるだろう?」
「遊び友だちならいいわ。でも、恋とか結婚とかはできないわ。だって、マルスさまは、なんていうか……冷たい炎のような目をしてないんだもの。見つめられると身動きできなくなるような……そんな目の人でなくちゃ、わたしはいやなの」
 ませた娘の言いぐさに、タリスのヘクター王は目を白黒させた。
「シ、シーダ、おまえ……」
 あっけにとられているあいだに、ませた王女はすたすた立ち去ってしまい、ヘクター王の背後で、豪快な笑いが響いた。
「わっはっは、言われてしまいましたな。マルスは頼りない、か」
「いや、お許しくだされ、コーネリアスどの」
 タリスの王は、アリティアの王をふり向いた。
「とんだはねっ返りで……」
「いやいや、お気になさらず。たしかにほんとうのことですからな」
「そのようなことはありませんよ。マルスどのは聡明で、気のやさしいお人柄。よい王になられるでしょう」
「ならよいのですが。おとなしすぎるのが欠点でしてな」
「……で、どうなされるのです、シーマ姫との縁談は?」
「年齢的にまだ早すぎるということで、お茶を濁しますよ。同盟国の王のことを悪くは言いたくないのですが、ジオル王は野心家ですからな。あまりマルスの舅にはしたくない」
 ヘクター王はうなずいた。彼もまた、グラのジオル王に好感情を抱いてはいなかったので、この親友の気持ちはよくわかった。
 コーネリアス王はまだ四十歳をすぎたばかりの若さだし、壮健でもあるが、人間の寿命はわからぬものだし、マルス王子はまだ十三歳の少年なのだ。
 自分の亡きあとのことを考えたコーネリアス王が、王子とグラの王女との縁組をためらい、王子とシーダが仲良く遊んでいるのを見て、いっそシーダ姫と……と考えるのも無理はなかった。
 そして、結婚の遅かったヘクター王はといえば、すでに五十代も半ばをすぎようとしている。
 王妃と王女以外、縁者の残されていないヘクター王にとって、王妃のいとこであり、夫婦どちらにとっても親友のコーネリアス王は、自分に万一のことがあったとき、タリス王家と王国の後見として、もっとも頼りになる人間だった。
 だから、マルス王子とシーダ姫の縁談は、願ってもない話だったのだが、姫にその気がないならしかたがない。
 もともと国と国とのあいだの正式な求婚ではなく、親友どうしの内輪話としてふと出たものであったから、受けなかったからといって、どうということはない。
(それにしても、「冷たい炎のような目」とはな)
 同じ言葉を、ヘクター王は、かつて王妃の口から耳にしたことがあった。
 即位してまもないころ、ヘクター王は、アリティアの王族の美姫に恋をした。
 辺境の島国をなんとかほぼ平定したものの、諸国の承認もまだ得ていない辺境の王で、しかも自分の倍も生きている男の求愛を、まだ十八歳のうら若い姫君は受け入れた。
 そのとき、彼女が言ったのだ。冷たい炎のような目に惹かれたのだ、と。
 だが、シーダが言っているのは、もちろん、父王ではない。冷たい炎のような目をしていたころの父王を、シーダは知らない。
 冷たい炎のような目− それは、戦いに生きる者の目であり、戦いのさなかにあっても冷徹さを失わない者の目だ。
 たんに炎のような目というなら、それほど珍しくもない。怒りや情熱に駆られて、燃え上がりやすい若者はいくらでもいる。
 だが、炎の激しさと氷の冷たさを合わせもつ者となると、はたしてどれぐらいいるだろうか。
 そのような者に、ヘクター王はふたりしか心当たりがなく、それ以外の者を、シーダが知っているとは思えなかった。
(彼らのどちらかのことであろうな。あるいは、その両方か……)
 そう推測した父王の勘は、みごとにあたっていた。


          2

 冷たい炎の目の持ち主ふたりに、シーダがあいついで出会ったのは、九歳の誕生日を迎えてまもなく、父王に連れられて、アカネイア聖王国を訪れたときのことだった。
 ノルダの町の広場で、シーダは、逃亡して捕らえられた奴隷剣闘士が鞭打たれているところを見かけた。
「殺しちまうつもりかね? 闘技場きっての花形剣闘士なのに」
「いくら花形剣闘士ったって、脱走しようとしたんだぜ。逃亡奴隷は見せしめのために殺すのが習わしだ」
「でも、あれだけの剣士を殺すのは惜しすぎる。わしはオグマの大ファンだったんだ」
 会話の中にはさまった「殺す」という言葉に、シーダは恐くなり、それでいて、会話の意味がよくつかめず、父王にたずねた。
「とーぼーどれいって何? どうして殺されなきゃいけないの?」
 ヘクター王は少し困った。タリス王国にもかつては奴隷がいたが、ヘクター王が王位についたときにすべて解放したので、現在は奴隷がいない。ノルダの闘技場などに見られる奴隷制度を、ヘクター王は政治の腐敗とも非道なこととも思っていたので、そんな現実をまだ幼い娘に見せたくはなかった。
 だが、シーダは、まだ幼くても、タリスの第一王位継承権者。いずれタリスの女王となる可能性の高い身なれば、欠陥や問題点も含めて、アカネイア大陸の現実を知っておくのは悪くない。
 そう思いなおすと、ヘクター王はシーダに説明した。
「奴隷というのは、他人の持ち物になっていて、自由を奪われている人のことだよ。他人の持ち物だから、逃げ出してはいけないことになっていて、もし逃げ出すと、殺されても文句はいえんのだよ」
「そんなのってヘン。まちがっているわ」
「わしも、奴隷制度はいい制度とは思わなかったので、王になったとき、タリス島にいた奴隷はすべて解放した。だが、タリスにはタリスのやりかたがあるように、アカネイアにはアカネイアのやりかたがあるのだよ」
 シーダは混乱しながら、鞭打たれている男に目を向けた。
 王女付きの教師から、国によって法律や習慣がちがうと教わったのを、シーダは思い出した。
「……国によって法律がちがうって習ったのは、こういうことなの?」
「そうだ。こういうことなのだ」
「先生は、自分の国の法律や習慣をほかの国に押しつけてはならないとおっしゃったわ。それぞれの国の法律や習慣を尊重しなければならないって」
 そう習ったときには、シーダはその教えを当然のこととして受けとめた。だが、いまはとうてい受け入れられない。やっぱり、どこかまちがっていると思う。
 だが、もしもそのとき、その奴隷と目が合っていなかったら、シーダは、憤りを感じながらも、父王にうながされて、その場を立ち去っていたかもしれない。
頬に傷のあるその屈強の男と目が合い、彼の目が冷たい炎のようでなかったならば。
 目が合った、というのは正確ではない。男はシーダに何の関心もはらってはいなかった。自分の命が尽きようかというときに、野次馬のなかに混じった子供ひとりに興味など湧こうはずはない。ただ、静かな怒りと、最期の瞬間まで屈伏するまいという不屈の意志をもって前方を見すえたとき、その視線の先に、たまたま子供がひとりいたにすぎない。
 だが、シーダには、目が合ったように思えた。いや、目が合ったかどうかはどうでもよい。重要なのは、その男が冷たい炎のような目をしていることだ。
「その人を殺さないで!」
 シーダは、思わず叫ぶと、父王や従者の制止するまもなく、その場に飛び出していた。
 鞭をふり上げようとしていた男が、驚いてその手を止める。飛び出してきたのがもっと身なりのよくない薄汚れた子供なら、かまわずその鞭をふり降ろしていたかもしれないが、泣き叫びながら逃亡奴隷にしがみついているのは、良家の令嬢と思える上等の衣服に身を包んだ少女。しかも、やはり上等の服をきた父親らしい男がその後ろからくるとあっては、けがをさせてはまずいことぐらいわかる。
「お願い。おとうさま。この人を助けて」
 涙ながらの娘の訴えに、ヘクター王は、その奴隷剣闘士を買い取るべく、その場にいた闘技場の経営者と交渉しはじめた。


だいぶん昔に書いて、ほったらかしにしていた話です。
未完の作品としてUPしていたのですが、リクエストがあったので、続きを書くことにしました。
全部で3ページの作品になります。


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