シーダ姫の三度の初恋(第2回)

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 シーダは、父が会議をしているあいだずっと、助けたその奴隷剣闘士の看病をした。彼の容体は、数日生死の境をさまようというひどいものだったが、驚くほど回復が早く、アカネイアの諸王会議が終わるころには、立って歩けるほどに回復していた。 
 オグマと名乗ったその剣闘士に、ヘクター王は、仕官の話をもちかけた。
「あんたはおれを買ったのだから、好きに使えばよかろう」
「誤してもらっては困る。タリスに奴隷制はない。このわたしが解放令を出したからな。そなたは自由だ。だから、無理にとはいわない。仕官するのがいやなら、傭兵として契約してもかまわない」
 オグマは驚いてヘクター王を凝視し、傭兵となることに同意した。

 すっかり回復し、タリスに同行すると決めたオグマの目を見たとき、シーダは、彼がもはや冷たい炎のような目をしていないことにとまどった。
 彼の目は、いまや春の日差しのようだった。やさしい父王がシーダに向ける眼差しと同じく。
 あのときオグマの目が冷たい炎のように見えたのは、見間違いだったろうか?
 そう思って首をかしげたが、見間違いのはずはないとも思う。思い違いなどしようのないほど、あのときのオグマの目は強く印象に残っているのだ。
 シーダはオグマが大好きだったが、それでも物足りなさを拭えない。あの冷たい炎のような目を見たいと、シーダは切望した。 
 そんなシーダの願いがかなえられたのは、アカネイアからタリスに向かう帰途のことだった。
 いちおう街道が通っているとはいえ、タリス王一行のほかに旅人の見あたらぬ淋しい山中で、賊が待ち伏せしていたのだ。
 賊とはいっても、明らかにまだ十代の少年がひとりだけ。山賊なら集団で来るだろうから、生活費か路銀に困った少年が単独で追い剥ぎをしているといったところだろう。
 とはいっても、まだ子どものシーダにそんな判断はできない。
 ただ、シーダは、その少年の目に惹きつけられた。その少年もまた、冷たい炎のような目をしていたのだ。
 この人は悪い人じゃないと、シーダは思った。こんな目をした人が、悪い人のはずがないと。
 と、シーダと王を守るようにして、オグマが前に出た。戦いになろうとしているのは、まだ子どものシーダにもわかった。
 父王はシーダの手を引いて、戦いのじゃまにならぬように脇に退いた。そこからは、少年の目だけでなく、オグマの目も見えた。その目を見て、シーダの胸は高鳴った。オグマの目にも、一度は消えたかと思えた冷たい炎が燃えていたからだ。
 ふたりは何回か剣を交えた。少年がずいぶん強いのは、シーダにもわかった。剣の試合は何度か見たが、こんなに身軽で、こんなにすばやく剣をふるう者は見たことがない。いま少年と戦っているオグマをのぞいては。
 とはいえ、やはり歴戦の剣闘士であるオグマのほうが力量はうえ。しばらく戦ったのち、少年の剣が跳ね飛ばされ、オグマの剣先がそののど元でぴたりと静止した。
「勝負あったな」
 ヘクター王が少年のそばに近づいて話しかけた。
「強いな、おぬし。精進すれば、ひとかどの剣士になれよう。賊などにしておくのは惜しい。わたしのもとで働かぬか?」
「おっさん、何をわけのわからんことを……」
 少年が剣を突きつけられたまま呻くように言い、オグマも油断なく少年に目を向けたまま問いかける。
「本気ですか?」
「本気だとも」
 王がうなずいた。
「これでも人を見る目はあるつもりだ。この者、剣の才能があるだけでなく、良い目をしている。雇うだけの価値がある」
 オグマがふっと口元をほころばせた。
「どうする、おまえは? この方は本気だ。雇われて、この方のもとで働いてみる気はないか」
つかのまの沈黙ののち、少年が答えた。
「わかった。雇われることにしよう」
「おまえの名は?」
 ヘクター王が訊ねると、少年は挑みかかるような口調で答えた。
「人に名を訊ねるなら、自分のほうからまず名乗れよ」
 少年が反抗的な口調で答えると、ヘクター王は愉快そうに笑った。
「たしかにそれが礼儀だな。わたしの名はヘクター・エル・タリス。タリス王国の国王だ」
 少年はさすがに驚いたようすで目を丸くし、オグマに問いかけるような視線を向けた。
「ほんとうだ。このお方は、タリス王国の国王陛下その人だ」
「王さまって、こんな少人数でうろうろしているものなのか」
「うろうろなんてしてないわ」と、シーダが口をはさんだ。
「アカネイアからタリスに帰る途中よ」
「あんたは?」
「人に名前を訊ねるなら、まず自分から名乗りなさい」
 オグマが思わずプッと吹き出し、少年は顔をしかめた。どうやらここで笑う寛容さはないようだったが、だからといって怒り出しもしなかった。
「ナバールだ」
 ふきげんそうに少年が答えた。
「わたしはタリスの王女シーダよ」
「おれは傭兵のオグマだ」
 シーダよりもオグマの名乗りのほうに、少年は興味を引かれたようだった。
「ノルダの剣闘士のオグマか」
「先日までノルダの剣闘士だったオグマだ」と、オグマが訂正した。
「いまはタリスの傭兵だ。おまえがタリスの傭兵になるなら、同僚ということになるな」
「おもしろい。同僚なら、手合わせする機会があるな」
「そうだな。楽しみだ」
 ナバールは一瞬ニッと笑った。シーダが興味をもって観察していたのでなければ気づかなかったにちがいないわずかな表情の変化だった。

 ナバールはそれから半年あまりタリスにいた。
 ヘクター王はナバールを厚遇し、兵士見習いの少年たちと同じ学校に通わせた。
 シーダは、ナバールの目を見るのが好きだった。なぜなら、平和なタリス王国で厚遇されて暮らしていても、ナバールの目には冷たい炎が燃えつづけていたからだ。
 父王の目からもオグマの目からも冷たい炎は消えてしまった。代わりにあるのは春の日差しのような暖かい光。とりわけシーダに向けられるとき、彼らの目が暖かな光を帯びることを、シーダはまだ知らない。
 父王もオグマもシーダは大好きだったが、彼女を惹きつけてやまないのは冷たい炎。それはナバールの目にだけあった。
 だから、ナバールが去っていこうとするのに気づいたとき、シーダは引き留めたかった。
 だが、同時に、引き留めてはならないとも感じていた。
 この平和なタリスは冷たい炎に似合わない。だから、父王の目からもオグマの目からも冷たい炎が消えてしまったのだ。ナバールの目に冷たい炎が燃え続けるためには、タリスを去らなければならないのだ。
 直感的にそう感じて、シーダはナバールを見送ったのだった。


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