吟遊詩人の日記−旅立ち

立川が書いたファンタジー小説「聖玉の王」シリーズの世界が舞台の連載小説です。
でも、小説本編とはあまり関係なくて、本編を読んでなくてもわかります。
ふつうの日記と違って、上から下へとつづいています。
シリーズの世界設定を知りたい方はこちら  
「聖玉の王」シリーズの設定

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 2001年6月20日UP (2002年3月28日改稿)


  ハウカダル共通暦321年若葉の月12日

 きょうは、思い切って、親父とおふくろに宣言した。「おれは、家を継いで羊飼いにはならない。吟遊詩人になりたい」って。親父はカンカンに怒るし、おふくろは泣くし、たいへんだった。
 でも、これは、急に思い立ったわけじゃない。ずっとあこがれてたんだ。親父もおふくろも気づいていたはずだ。だからこそ、妹たちとか近所のチビどもに歌ってやってたら、いつも叱られたんだと思う。
 くそっ、なんで羊飼いの息子が吟遊詩人になったら悪いんだ。べつに、王様とか騎士とか、不相応なものになりたいってわけじゃない。吟遊詩人は、実力とやる気さえあれば、身分に関係なくなれる職業だ。
 家のことだって、ビョルンは兄貴が三人もいるんだから、ディアの婿になって家にきてくれるさ。そのほうが、ビョルンもディアも落ち着くところに落ち着けていいじゃないか。どうして親父もおふくろも、それがわからないんだろう?


  ハウカダル共通歴321年若葉の月15日

 いきなりビョルンになぐられた。あいつ、何カン違いしてやがるんだか。おれが、やつとディアに家を譲るために、吟遊詩人になるといいだしたと思ってやがったんだ。いくらなんでも、妹の男に跡継ぎを譲るために、生涯の職業を決めたりはしないぜ。いくら幼なじみとはいってもな。
 まあ、説明すれば、さすがに納得して、「おまえ、歌が好きだしなあ」などといってたが。こんな短絡的な男に妹をまかせてだいじょうぶなのか、ちょっと心配になってきたぞ。


  ハウカダル共通暦321年花の月1日

 領主様のところに春の年貢を届けにいく役を、今年はおれがやることになった。これはチャンスだ。親父とおふくろをどうしても説得できなくて、家出するしかないかと思っていたところだったからな。領主様になんとか頼みこんで、通行証と吟遊詩人になるための許可証を発行してもらおう。
 通行証と許可証がなかったら、ちゃんとした勉強もできないし、モグリの吟遊詩人にしかなれない。モグリでやっていくのはかなり難しくて、危険だってことぐらい、おれだってわかっている。いざとなったら、それもしかたがないかと思っていたが、ちゃんとした正規の吟遊詩人になれるなら、そのほうがいいに決まってる。


  ハウカダル共通暦321年花の月3日

 朝出発して、夕方、領主様の館に着いた。親父のやつ、領主様に手紙を書いてやがった。年貢の一覧表の中に親父の私信が混じってたなんて、全然気づかなかった。くそっ。汚いぜ、親父のやつ。領主様に、通行証も許可証も出さないように頼むとはな。
 でも、領主様は、通行証と許可証を出してくれるとおっしゃった。シグトゥーナの音楽学校への推薦状も書いてくれるとおっしゃった。ただし、条件がふたつあるという。
「ひとつは、卒業後にかならず吟遊詩人となり、できれば毎年、遠出したときでも三年に一度はここにやってきて、歌を披露すること。都のはなやかさに目がくらんで定住してしまってはいかんぞ」
 この条件はもちろんだ。おれがなりたいのは吟遊詩人だ。都の住人になりたいわけじゃない。領主様がこういう条件を出すのも当然だと思う。
 でも、もうひとつの条件はよくわからない。
「楽士のラウズがいまは外出しているが、夜までには戻ってくる。今夜はこの館に泊めてやるから、あすにでもラウズと話をしなさい。それでも気が変わらなければ、通行証と許可証を発行し、音楽学校への推薦状も書いてやろう」
 領主様はそうおっしゃったんだが、どういうことなんだろう? ラウズ様が、おれの気が変わるよう説得するってことなのかな?
 けど、それも変だな。親父はただの羊飼いだ。領主様やラウズ様が、ただの羊飼いの頼みに、そんなに真剣に取り合うなんて。それに、ただの羊飼いの息子のおれを館に泊めてくださるなんて。領主様はもともと気さくでやさしい方だけど、どうしてこんなに親切なんだろう?


  ハウカダル共通暦321年花の月4日

 ラウズ様にお会いした。驚いた。おれに吟遊詩人の伯父がいたなんて。しかも、あの親父が、むかし、吟遊詩人を夢見たこともあったなんて。
「血筋かもしれないな」なんて、ラウズ様はおっしゃるんだ。
 なんだか頭が混乱しそうだ。ここに書いて整理してみよう。
 親父の兄は、今のおれみたいに、親の反対を押し切って吟遊詩人になったんだそうだ。ラウズ様より年上だけど、親友で、歌のうまい詩人だったが、旅のとちゅうである領主の不興を買って、処刑された。村に墓がないのは、遺体も帰してもらえなかったからだという。
 親父は、おふくろと所帯をもちたかったのと、自分の才能にいまひとつ自信がもてなかったのとで、吟遊詩人をめざすのを断念し、祖父の仕事を継いで羊飼いになる道を選んでたんだが、伯父が処刑されてからこっち、歌も吟遊詩人も嫌いになっちまった。
「仲のいい兄弟だったから、ふいに兄を失った悲しみと衝撃は大きかったのだ。それも自然の死ではなく、処刑などという形だったから。きみが吟遊詩人をめざすことにご両親が猛反対しているのも、その一件が原因だ。ふたりとも、吟遊詩人は危険な仕事だと思っている。そして実際、羊飼いよりはずっと危険にであいやすい。それでも吟遊詩人になりたいのかい?」
 ラウズ様にたずねられて、おれは「はい」と答えた。伯父の話には驚いたし、親父やおふくろが反対する気持ちもわかったけど、おれはやっぱり吟遊詩人になりたい。「一晩ゆっくり考えなさい」と言われたけど、あす、領主様にもういちどお願いしてみるつもりだ。


  ハウカダル共通暦321年花の月5日

 領主様に決心は変わらないと言ったら、通行証と許可証を発行してくださった。シグトゥーナの音楽学校への推薦状も発行してくださった。ラウズ様がシグトゥーナにいかれる用事があるので、従者をつとめるなら、旅費も出してくださるという。ありがたい話だからお受けすることにした。
 ラウズ様は、出発前に家にいったん戻ってはどうかと勧めてくださったが、それは辞退した。ラウズ様に遠回りさせるなんてとんでもない話だし、親父と会ったら、また大ゲンカになるのは目に見えている。
 でも、伯父のことがあったのなら、親父とおふくろが猛反対した気持ちもわからなくはないから、詫びの手紙だけは書いておくことにした。


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