吟遊詩人の日記−バルドの家族・2

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 2006年4月3日UP 


  ハウカダル共通暦322年太陽の月9日  2006年3月14日UP

 バルドの家族についての手がかりが見つかるかもしれない。いや、まだ見つかってないんだけど。
 人間と魔族が戦いはじめた時代前後の記録を何度も読み返しても、「宰相ジラン」の名はどこにも出てこなかったんだけど、そのうちの一冊でこんな一文が目に止まったんだ。
「その後二十年あまりにわたって在位したステイン王も、このときはまだ二十九歳の若さで……」
 このステイン王ってのは、いまの王さまの祖父にあたる。魔界軍がニザロース王国の北の国境に迫ったとき、すぐに決断してニザロース王国に援軍を送ったり、その後、十二の王国の同盟を提唱するなどして、名君と称えられた王さまだ。
 図書館の閉館まぎわだったからそのまま帰ってきたけど、なぜかこの一文がずっと心に引っかかってたんだ。
 で、夕食を食べていたとき、なぜなのか気がついた。
 そうだよ、人間でさえ、二十年とか三十年とか在位している王さまもいるんだ。
 宰相はかなり政治の経験を積んでからなるだろうから、在職年数は王さまの在位年数ほどじゃないだろうけど、でもいまの宰相さまだって、たしか前の王さまのときから宰相をやっておられた方だと聞いた。たぶん、在職年数は十年以上になるんじゃないかな。
 それなら、人間よりずっと寿命の長い魔族の宰相なら、もっと長いこと務めていたかもしれない。仮に人間の年齢にして十歳ぶんの年をとるあいだ宰相だったとすれば、在職期間は七十年だ。
 それに、成長が遅くて寿命が長いってことは、人間に比べて若いうちにたくさんの経験を積めるわけだよな。
 たとえば、王宮に仕えるようになって七年経ったって、人間の一年分しか年を取っていないわけだ。
 ってことは、人間の役人に比べて若いうちに出世して、重職に就くことだってあるんじゃないのか?
 バルドのおやじさんがいつごろ宰相になったのかはわからないけど、ひょっとすると、在職年数がものすごく長かったかもしれない。それに、宰相になるほどの人なら、それまでにも記録に残るような大きな仕事をしているかもしれないし。
 だとすれば、もっと昔の記録に遡って調べたら、宰相ジランのこととか、うまくすればその家族について、なにかわかるかもしれない。


  ハウカダル暦322年豆の月18日  2006年4月3日UP

  きょう、はじめて「ジラン」なる人物の名を書物で見つけた。この図書館を創設した人の名が「ジラン」になってるんだ。
 図書館の創設はハウカダル共通暦178年。つまり、140年以上も前だ。
 それ以前は、書物のほとんどは王族や貴族や神殿の所有物だった。もちろん学校や学者個人の蔵書などもあったけど、じゅうぶんではなく、調べものをしたいときには願い出て、そういった私設の図書室に入れてもらっていたそうだ。
 だけど、王宮の図書室の管理責任者だったジランって人が、図書館を建ててもっと多くの人々に書物を公開するよう提言したんだ。
 この人物が、バルドのおやじさんだという宰相ジランと同一人物かどうかはわからない。
 でも、同じ人物という可能性は高いと思う。だって、図書館の創設者は、この時点で宰相ではなかったけど、この国の重臣たちのひとりだったんだ。
 たぶん、「ジラン」というのは魔族の名前なのだろうから、この図書館の創設者のジランは魔族だろう。
 人間と魔族の戦いがはじまるまで百年あまり。人間なら何代も代替わりする長い歳月だけど、魔族にとっては、人間の年齢に換算して十五歳か十六歳ぐらい年をとる年月だよな。
 ジランってのが魔族によくある名前なのかどうかはわからないけど、そのぐらいの期間に同じ名前の重臣が二人も出る可能性って、あまり高くないんじゃないかな。
 ま、でも、そう決めつけるのはやめとこう。


  ハウカダル暦322年同盟の月8日  2006年4月3日UP

 図書館の創立に関する本が三冊あったから、目を通してみた。そうしたら、図書館の創設者のジランがのちに宰相になったとわかった。
 やっぱり、この人がバルドのおやじさんだったんだ。
 ジランが宰相になった年は、はっきりとはわからないんだけど、図書館創立から五十年ぐらいあとらしい。ハウカダル共通暦220年代か230年代といったところだ。
 つまり、そのぐらいの時期から、魔族と人間との対立がはじまったころまでの数十年間の記録に、時の宰相について書かれている記述があれば、名前が書かれていなくても、それはおそらくバルドのおやじさんのことだ。


  ハウカダル暦322年同盟の月22日  2006年4月3日UP

 歴史の本の一冊で、ハウカダル共通暦262年の話として、宰相の功績に触れてい る箇所があった。
 この年、天候不順で小麦が不作だったんだけど、宰相が早いうちにそれに気づき、王に進言して、収穫の終わったミウ麦を節約して蓄えておいたり、天候の悪影響をあまり受けずにすむ作物をたくさんつくらせたり、不作じゃない国とすばやく交渉して小麦を買い入れたりしたんだ。
 おかげで、収穫はいつもの年の半分以下だったけど、餓死者は出なかったんだという。
 この宰相の名前は載っていないけど、年代からいって、まずまちがいなくバルドのおやじさんだろうな。


  ハウカダル暦322年雨の月11日  2006年4月3日UP

 バルドのおやじさんは、戦争を防いだこともあったようだ。ハウカダル共通暦248年に、隣国との国境紛争がもとで、あわや全面戦争になりかけたんだ。
 でも、そのとき、宰相が戦争に猛反対し、みずから国境まで出向いて和平交渉を行い、ついに条約を結んで戦争を回避したという。
 それって、ものすごく危険な仕事だよな。宰相って立場の人にとっては、戦争するより、戦争を止めるほうがずっと勇気のいることかもしれない。
 だって、戦争するのなら、宰相は文官だから、兵士を戦わせて自分は安全な場所で命令だけ出していればいいわけだろ。
 でも、バルドのおやじさんはそうせずに、自分が危険な国境に出かけていって、戦争をやめさせた。おかげで大勢の人々が死なずにすんだんだ。
 たぶん、バルドのおやじさんは、平和を大切にしていて、戦いを好まない人だったんだろうな。しかも、たんに戦争に反対するだけでなく、戦争を回避するために命をかけたんだ。
 こうしてみると、バルドのおやじさんは、このホルム王国のためにずいぶん尽くしている。歴代の宰相にはいろんな人がいるだろうけど、ジランはたぶん有能でいい宰相だったんだろう。バルドのおやじさんというので、ひいき目で見てしまっているかもしれないけど。
 バルドはさぞかしおやじさんを尊敬していたんだろうな。それなのに魔族だという理由だけで襲撃されたんだから、どんなにかやりきれない思いがあっただろう。
 あいつが人間不信になったのも無理はない。まして、おねえさんの件もあるのだから。
 バルドのおねえさんとその恋人についても何かわかったらいいんだけど、さすがにそれは無理だろう。王さまとか宰相とか騎士団長とか、そういった要職にある人でなければ、そうそう歴史の本に名前が残ったりしないもんな。
 それにしても、バルドのやつ、無事に仲間とめぐりあえただろうか? そもそもあの夢は、ほんとうにバルドが見せたものなのか?
 じつのところ、いちばん知りたいのはそれなんだ。過去ではなくて現在だ。
 バルドは生きているのか? 夢のなかで語ったように北をめざしたのか? 北に向かったとすれば、そのあとどうなったのか? 仲間とめぐりあって、安全なところで暮らせているのだろうか?
 それらは知りようがないので、せめてこうやって家族のことを調べているんだけど……。
 おれにはそれぐらいしかできない。それと、祈ることだけだな。
 どうか、あいつがもう孤独な身の上ではなくなって、殺されやしないかとびくびくしなくてもいい境遇で幸せに暮らしていますように。


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