立川が書いたファンタジー小説「聖玉の王」シリーズの世界が舞台の連載小説です。
2007年1月12日UP
ハウカダル共通暦322年感謝の月3日
今夜、悪友たちに誘われて、初めての店に行った。で、飛び上がるほど驚いた。ホープがいたんだ、そこに。
ホープに会ったのは一回だけで、あとは何回か手紙のやりとりをしたり、ムグを二回送っただけだ。
でも、ホープにまちがいない。印象の強い娘だったから、よく覚えているんだ。常連らしい客たちは「リリ」と呼んでるけど、こういう店では本名を使わないはず。
それに、目が合ったら、向こうもおれだと気づいたみたいで、ちょっとあせっているように見えた。
「歌ってくれ、リリ」
客たちにねだられて、彼女は歌いはじめた。
どう聴いたって、素人の歌じゃない。吟遊詩人顔負けの声だ。
それでホープだとはっきり確信した。以前に聴いたときより、さらに声に磨きがかかっている。
どういうことなんだ、これは?
いつホープはシグトゥーナに出てきていたんだ?
貧しい村や不運に見舞われて食べていけなくなった家では、娘を売ることもあると聞いたけど、売られたのか? 彼女の養父母はそんなことをする人に見えなかったけど。
それに、ホープの歌に合わせて踊っていた女の子は、養父母の実子として紹介された娘じゃないかな。ホープの義理の妹の顔、覚えていないんだけど。でも、彼女がホープを快く思っていないと感じたのは覚えている。その娘、同じような目でホープを見ていたんだ。
まあ、でも、その点については自信がないな。
ホープは美人だ。しかも、目立つ美人だ。美人でも、おとなしそうで目立たない娘と、華があって目立つ娘がいるけど、ホープは後者だ。そういう娘って、取り巻きとかもできやすいけど、妬まれやすくもあるからな。
両親の愛情を奪われた義妹がホープを妬んでいたのと同じように、たまたま店にいた娘が彼女に反感を持っているということはありうる。
だから、ホープの義妹とは別人かもしれないけど、でも、あの義妹のような気がするな。
もしも義妹もいっしょだとすれば、姉妹そろって売られたか、出稼ぎに来たのか?
あの一家に、何か深刻な事情が起こったのか?
いろいろ聞きたかったけど、ふたりは歌と踊りが終わると、奥に引っ込んでしまった。
あわてて後を追いかけようとすると、店の主人に止められた。
「お客さん、あの娘たちは客をとらないんでさあ。そういう契約でしてね。ほかの娘にしてくだせえ」
そう聞いて、正直ほっとした。この店で最初に目にしたときから、ずっと心配していたのがまさにその点だったからだ。
「いや、おれはホープのいとこなんです。彼女に会って話をしたいだけなんですが」
そう言ったら、店の主人はすこし値踏みするようにしばらくこちらを見つめてから、チッチッと指を振った。
「どこであの娘の名前を聞いたのか知りませんがね。だまされませんぜ、お客さん。なにしろ、あの娘の兄だのいとこだの叔父だのってのが、いままでにざっと二十人はきましたからね」
なるほど。たしかに、いとこのふりをするってのは、よくある姑息な手かもしれない。そういうやつは多いんだな。
「じゃあ、彼女に伝えてください。音楽学校にいるいとこのイスラをたずねてほしいと。困っていることとか、相談したいことがあったら、なんでも相談に乗るからと」
店の主人はちょっと迷ったようすを見せてから、うなずいた。
「わかった、そう伝えておきましょう」
たぶん、おれが本物のいとこかもしれないと考えたが、確信がもてなかったので、会わせないけれど伝言は伝えるという選択をしたのだろう。
ホープのことは心配だけど、あの主人のようすからすると、ひどい扱いをされているってわけではなさそうだな。
ハウカダル共通暦322年感謝の月4日
きょう、ホープの義妹が訪ねてきた。学校から帰ると、寮の玄関で寮監と押問答している若い娘がいて、それがゆうべ酒場でホープといっしょにいた娘だったんだ。
「あんたのいとこの義妹だと言ってるんだが、ほんとうか?」
寮監が疑わしげにたずねるので、「そうです」と答えた。
半信半疑の寮監に頼んで、彼女を会見室に案内した。
寮内は男子禁制だけど、身内が訪ねてくれば寮監が取り次いでくれるし、会見室で会って話をすることもできる。だから、外に連れ出すより会見室で話をしたほうが、妙な勘繰りをされずにすむと思ったんだ。
彼女は、商売用の名はジジだが、本名はジョーザルだと名乗った。
「あの、ごめんなさい。いきなり訪ねて」
ジョーザルは気後れしたみたいで、どこかおどおどしている。
「いや、そちらから訪ねてきてくれて助かった。気になってたんだけど、ゆうべのようすじゃ、ホープはおれを避けようとしていたからね。また店に行ってもいいものかどうか、判断に困ってたんだ」
「それは……わたしにもわからないんです。あなたにホープを訪ねてくださいとお願いしたほうがいいのか、そっとしておいてほしいと言ったほうがいいのか……」
村で会ったときや、ゆうべ店で見かけたときとは印象が違った。ジョーザルはホープに反感を持っていると思っていたが、いまは心配しているようだった。
「ただ、彼女にはあなたが必要です。いろんな意味で。だから、ああいうところで働いているからって、彼女のことを妙な目で見ないようにって、そう言いたくてお訪ねしたんです」
「妙な目でなんてみるもんか」
「それならいいんです。ああいう店にいるってことと、それに、だれかが何かいうまえにこれだけは言いたくて。ホープは汚れていません」
一瞬、意味がわからず、「汚れてって……」と聞き直しかけて、はたと気がついた。
「あ、ああ。歌と踊りであの店に勤めてるってのは、ゆうべ、店のおやじさんに聞いたよ」
「じゃあ、彼女を軽蔑したり、見捨てたりしないでくださいね!」
「ああ、もちろん」
「ずっと彼女を大切にしてくださいね」
何か変だと思いながら、「ああ」とうなずいた。
「ちゃんとお嫁さんにしてあげてくださいね」
思わずむせ返った。ジョーザルがとんでもない勘違いをしていると、やっと気がついたのだ。
「なんでそう思ったんだ? おれとホープはそういう間柄じゃないんだよ?」
「やっぱり酒場で働いているような女は妻にはできないってことですか?」
ジョーザルが気色ばんだので、思わずたじたじとなった。
「ホープは親戚だし、妹みたいな気がしてる。だから、彼女の身に起こったことは他人ごとじゃないし、心配もしてるんだ。それは、もしも仮に酒場での仕事が歌や踊りや音楽だけじゃなかったとしても変わらないよ。でも、それは、きみが想像しているような関係じゃないよ。最初からね」
「だって……。それじゃ、ホープの片思いなの?」
「え? ホープだって同じだろ?」
「そんなはずはずないわ!」
「ちょっと待て。ホープが? おれを?」
考えたこともなかったので、面食らった。
だって、ホープと直接会ったのは一回きりだし、そんなそぶりをされたわけじゃないし、何回かやりとりした手紙でも、そんな感じを受けたことはないぞ。身内ってんで、親しみを感じてくれているみたいではあったけど。
「ホープがそう言ったのか?」
「はっきり言ったわけじゃないけど、わかります」
「なんで?」
「恋人じゃないってのなら、酒場で働いているところを見られたぐらいで、どうしてあんなにショックを受けるんですか?」
「そんなにいやがってたのか、おれに見られたことを?」
ジョーザルはうなずき、泣きだした。
おっと、消灯の時間だ。まだかなり長いつづきがあるんだけど、あす書くことにしよう。