吟遊詩人の日記−いとこ2(その2)

立川が書いたファンタジー小説「聖玉の王」シリーズの世界が舞台の連載小説です。

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 2007年1月12日UP


  ハウカダル共通暦322年収穫の月9日

 きのうの日記のつづきだ。
 ジョーザルが泣いていると、ドアをノックして、おれの名を呼ぶ声が聞こえた。ウォレスの声だった。
「すまない、ウォレス。いま、取り込み中なんだ」
「あ、いや、おまえに急な用があるわけじゃなくて……。そこにいるのは、ひょっとして、ジジなのか?」
「えっ?」
 ちょっと驚いて、ジョーザルをふり向いた。
「ウォレスと知り合いなのか?」
「ウォレスさんとお友だちだったんですか?」
 ジョーザルも驚いているようだった。
「あの、ちょっとだけ彼も入れていいかな?」
 たずねてから、ばかなことを言ったと後悔したが、意外にもジョーザルはこっくりとうなずいた。
 それで、ドアを開けてウォレスを入れると、ウォレスは「すまん」と謝った。
「ジジがおまえをたずねてきたって噂になっていて、で、そばを通りかかったら泣き声が聞こえたもんだから、気になって……」
「噂に?」
 ジョーザルが青ざめた。
「どうしましょう? わたしのせいで悪い噂が立ったりしたら……」
「平気だよ。いとこの義妹は身内なんだし、信じないやつはほっとけばいいし」
「ん? いとこの義妹?」とウォレスが聞き咎めたので、おれはやっと、ホープに送ったムグを譲ってくれたのがウォレスだってことを思い出した。
「以前に送ったムグ、ウォレスの家で譲ってもらったんだ。その……、ひどい領主さまの治めている村にいとこが住んでいるってことは、ウォレスに話したんだ」
 ホープのくわしい素性は話していないって、わかってくれたかなあ。
 そう思っていたら、ジョーザルは、「ムグ」とつぶやくと、またワッと泣きだした。
「どうしたんだ? ムグがどうかしたのか?」
 たずねると、ジョーザルは首を左右に振った。
「なんでもないんです。ごめんなさい」
「ひょっとして」と、ウォレスが口をはさんだ。
「ムグが見つかったのか? 領主の役人に?」
 ジョーザルは硬直した。どう答えたものか迷っているようだけど、答えが肯定だというのはわかった。
「もしかして、おれがムグを送ったせいなのか? きみとホープが都にきたのは?」
 訊ねると、ジョーザルは激しく首を左右に振った。
「違います。そうだけど、違います。たしかにムグが原因なんですけど……、でも、あのムグのおかげで、何人もの赤ちゃんや小さな子供が死なずにすんだ。うちの村、赤ちゃんを生んだおかあさんが栄養不足でお乳が出なくて、赤ちゃんが死んでしまうってことがよくあるんですけど、ムグがきてから、そんな悲しいことは起こらずにすんでるんです。だから、感謝してるんです。それはほんとうなんです」
 おれとウォレスは思わず顔を見合わせた。
 どうやら、おれが送ったムグは、ホープたちの村に救いと災厄の両方をもたらしたようだ。
「ムグが全部見つかったわけじゃないんです。ばれたのは、うちを入れて二軒だけ。小さな子供のいる家で、役人が近くにきているときに、子供がうっかりムグを逃がしてしまったんです。で、そこの家の人が詰問されて返事に困っているとき、うちのとうさんが、『拾ったムグをあげたんだ』と言って助け船を出したので、うちもばれてしまったんです」
「ん?」と、ウォレスが首をかしげた。
「何軒もの家で分散して飼っていて、二軒分だけ見つかったのなら、数はたいして多くないだろう?」
「ええ。まだ赤ちゃんのも入れて二十五匹です」
「で、それの税金を払えっていうんだろう? それで、どうして娘二人が債務奴隷にならなきゃならないほどの金額になるんだ?」
「ああ、はじめはわたしひとりの予定だったんです。でも、泣いていやがっていると、ホープが身代わりになると言い出し、いろいろもめて、結局、ふたりで債務奴隷になって、期限を半分にしようっていうことになったんです。だから、わたしたちの勤めは一年で終わります」
「それでも変だぞ。ムグ二十五匹にかかる税金が、酒場での債務奴隷二年分ってのは?」
 そりゃ、そうだ。酒場での債務奴隷の相場がいくらなのかは知らないが、ムグ二十五匹を買うほうがまちがいなく安いと思う。
「とうさんは、ムグの入手方法と時期を聞かれたとき、うまくごまかして、今年の春に行商人がきて去ったあと、逃げ出したらしいムグを二匹拾って繁殖させたってことにしました。やっと二十五匹に増えたところだって。でも、役人は言うことを聞いてくれなくて、ほんとうはもっと増えて、百匹ぐらい食べた分もあるんだろうって。で、ムグ百二十五匹分にかかる税金と、申告していなかった罰金としてその十倍を払うようにって言われたんです」
「十倍?」
 おれとウォレスは同時に叫んだ。
 たしかに、どの領主さまも、税金をごまかした領民は税金と別にその何倍かの罰金を払うようにと決めてある。おれの村では二倍だし、王家の直轄領も同じだ。もっと厳しい領主さまだと、三倍とか四倍って話も知っている。でも、十倍だなんて、ずいぶん極端だ。
 そもそも、自分の家でときどき食べるために飼っている家禽は、ふつう、税金の対象にはならないはずだ。少なくともおれの村ではそうだった。だから、おれの家では鶏を飼っていたし、ほかの家でも、鶏か鵝鳥かうさぎといった手軽に飼える小動物を、隠す必要もなく庭などで堂々と飼ってたんだ。
 そういう小型の家禽に税金をかけたうえ、百匹をすでに食べたって確証もなく決めつけ、しかも申告していなかったといって罰金十倍だって?
「いや、それでも」と、ウォレスが首をかしげた。
「債務奴隷の延べ二年分にはならないだろう?」
「家族が債務奴隷になって得られるお金は、七割が税金にとられます。それに、わたしたち、仕事のときに着る服なんかもあつらえなくちゃならなかったので、そのお金も必要でしたから」
「ええ。残り三割から税金と罰金を払ったら、とうさんとかあさんの手元にはほとんど残りません。斡旋屋は、どうせならもっと長い期間で契約したらどうかと言ったけど、とうさんとかあさんはそれは断ったんです。わたしひとりだったらどう言ったかわからないけど、ホープもいっしょだったから」
 ジョーザルの口調が苦々しげなものとなった。彼女がホープを妬んでいると感じたのは、どうやら思い違いではなさそうだ。それでもホープのことを心配しているのも、本心からのようだけど。
「とうさんたちは、ホープに酒場勤めをさせること自体が堪えられないほどつらいんです。だから、一刻も早く連れ戻したいと思っています。でも、ホープは、債務奴隷の期限が切れても戻ろうとしないかもしれません」
「なぜ?」
 思わず聞き返すと、ウォレスもたずねた。
「期限を延ばしてお金を稼ぐつもりなのか?」
 そういえば、ウォレスのおにいさんは、債務奴隷になったとき、ウォレスを音楽学校にやるために期限を延ばしたって言ってたっけ。
「それもあるかもしれませんけど、ホープはずっと気にしていたみたいなんです。自分の存在が、わたしたち一家や村のみんなに危険を招くかもしれないと思って」
「危険?」とウォレスが問い返し、ジョーザルが、しまったというふうに口をおさえた。
「すまん、ウォレス。それについては何も聞かないでくれ」
 そう頼むと、ウォレスはあっさりうなずいた。
「わかった。聞かない。……でも、わけありってことは、目立つとまずいのか?」
「いや、べつにそういうことはないと思うが。郷里の村以外でなら目立ったって」
 そう答えたものの、自信がなかったので、ジョーザルのほうをふり向くと、彼女もうなずいた。
「領地の外では、領主さまは力を持っていないと思います。べつに騎士団長とかではありませんし、王宮の重要な役職に着いているってわけでもありませんから。ホープも、それで、都にいたほうが安全だと思っているんです。いまの仕事、けっこう目立っているような気もするんですけど」
 おれとウォレスは同時にうなずいた。たしかに彼女たちは目立っている。酒場の女が音楽で稼ごうとするだけでも異色なのに、ホープの歌はすごいんだから。
「それなら」とウォレスが提案した。
「王宮に仕える楽師をめざすという道もあるぞ。相手をよく選びさえすれば、貴族に仕えてもいいし」
 ジョーザルは目を丸くした。
「そんなこと、できるんですか?」
「ああ。リリ……ホープの歌唱力があれば、女性向けの音楽学校に奨学生として入れる。酒場の借金を返し終えたら、試験を受けるといい」
「そう……そうですね。彼女なら……」
 ジョーザルは複雑な表情をし、つかのま目を伏せた。
 そのようすが気になったので、「きみは」と訊ねようとすると、ウォレスが話そうとするのとかちあった。ウォレスが、先に話すようにと目で促したので、おれはいったんつぐんだ口をまた開いた。 
「きみは村に帰りたくないのか?」
 ジョーザルは泣きだしそうな顔をした。
「わたしだけ帰ることはできません。わたしだけ帰ったら、みんな、どんな目でわたしを見ることか……」
「なぜ? 村に帰らないのがホープの望みで、都にいて彼女の道が開けるというなら、きみが非難されるいわれはまったくないだろう?」
「そりゃあ、理屈ではそうかもしれませんけど。そんな単純じゃありません」
 そういうものなんだろうか? そりゃまあ、ジョーザルの両親や村人たちにホープがとても愛されているってのはわかるから、彼女が戻らなければ悲しむだろうけど。それでも、ジョーザルだけでも戻れば、それを喜ぶんじゃないのかな?
 ジョーザルはそれを信じられないんだろうか? それとも、自分が戻ったことを喜んでもらえても、やっぱり、ホープが戻らないことをみんなが悲しむのを見るのがつらいんだろうか。
 そんなことを考えていると、ジョーザルは顔を上げた。
「わたしの身のふり方なんてのは、どうせ一年後のこと。いま考えたってしかたありません。それより、いまのホープのことです。とりあえず、ウォレスさんがおっしゃった進路のことを話してみます。楽師になる道があるって見えてくれば、彼女も立ち直れるかもしれませんから」
 ジョーザルの視線は咎めるようで、「ほかに何もしてくれないのか」と訊ねているように見えた。
 でもどうしていいのかわからない。店にいくと、また動揺させてしまうかもしれないんだし。
 ウォレスがそのうち店を訪ねてみると言ってくれたので、当座はジョーザルとウォレスに任せることにした。
 ジョーザルが帰ってから、ウォレスが彼女たちを知ったいきさつを話してくれた。
 学校の連中に誘われ、「女性だけどすごい歌い手がいる」と聞いて、珍しく誘いに乗って店にいったんだそうだ。で、一曲聞いただけで、ホープの歌に魅せられたんだという。それに、ジョーザルのきつい視線が気になっていたとも言った。
「世の中すべてに腹を立てて、憎んでいるみたいな目だったからね。自分を見ているみたいで気になったんだ」
 ウォレスがそう言ったとき、顔を赤らめていたような気がするんだけど、気のせいかな?


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