立川が書いたファンタジー小説「聖玉の王」シリーズの世界が舞台の連載小説です。
2009年4月19日UP
ハウカダル共通暦322年収穫の月19日
ホープのことが気になりながらも、つい先のばしにしてしまっている。夜に会いに行くのはホープを傷つけるだけだろうし、かといって昼間は授業があるし……。
いや、授業ってのは口実だな。授業はだいじだけど、ほんとうにホープのために必要なら、一日ぐらい休んだっていいんだ。
それはわかっている。わかっているのに会いに行っていないのは、こういう場合、どうすればいいかわからないからだ。
どうすればいいんだろう?
ハウカダル共通暦322年収穫の月20日
ラウズさまがいらっしゃった。
ラウズさまは領主さまに仕えていらっしゃるけど、本来は吟遊詩人だから、一年の半分近くは旅しておられる。だから、都にいらっしゃるのは不思議じゃないけど、感謝祭の季節にってのは珍しい。
感謝祭の大きな楽しみのひとつは吟遊詩人の歌だから、みんなラウズさまの歌を楽しみにしている。そりゃあ、村の外からはかの吟遊詩人がやってくることもあるけど、感謝祭のときにだれもこないって年だってあるしさ。
それに、ラウズさまほどの歌い手はめったにいないし。なんといっても、みんなラウズさまが大好きなんだし。
それがわかっているから、ラウズさまは、感謝祭のあいだに、領主さまの領地となっている村々を巡り歩く。領地の外には出ていかない。
そのラウズさまがこの時期に都にいらっしゃるなんて。
しかも、ものすごく焦っておられて、挨拶もそこそこにホープの居場所をお訊ねになったんだ。
どうやらラウズさまは、どういう事情でか、ホープが強制的に都に連れてこられたことを知ったらしい。
こんなに取り乱したラウズさまを見たのははじめてだ。おれの知っているラウズさまは、いつも穏やかでやさしく、落ち着いている方だったから。
ちょっと迷ったけど、ホープの事情をくわしく話した。おれに会いたがらないということや、義妹が訪ねてきたことも含めて。
話したほうがいいのかどうかわからなかったけど、ラウズさまがあまりにも必死だし、おれとしても、おれよりずっと人生経験を積んでいる信頼できる人に、ホープのことを相談したかったんだ。
「で、ホープはきみが好きなのか?」
「まさか。彼女がおれに何か特別な感情を持っているとしたら、それは、兄に対するような肉親の情だと思いますけど。おれも妹のような気がしていますから」
「そうか」
ラウズさまは複雑な表情をした。何か気にさわることを言ってしまったかと思ったが、よくわからない。
あの義妹と同じように、ホープがおれに片思いをして苦しんでいると思われたのだろうか?
そう思われたのなら、それは考えすぎだと思うんだけどなあ。
ともかく、ホープのいる店の名を教えたら、ラウズさまはすぐにでも飛び出して行こうとなさったので、あわてて止めた。
だって、ああいう店で働いているってことをホープがおれに隠しておきたかったのなら、ラウズさまにも知られたくないんじゃないのかな。
ラウズさまならホープを助けられるかもしれないと思って話したけど、夜に訪ねるのはやっぱりまずいような気がする。
そう言ったら、ラウズさまはしばらく考え込むようにして、がっくり肩を落とし、「わかった」と返事なさった。
それで、ラウズさまに今夜お泊まりの宿をたずねたら、まだ決めていないとおっしゃる。日が暮れてから都に着いたのに、宿も決めずにおれを訪ねてきたっていうんだ。
こんな時間から宿探しをするのは物騒だと思って寮監に相談したら、ラウズさまの部屋を用意してもらえることになった。
寮には予備の部屋があって、ラウズさまのようなこの学校の卒業生とか、寮生の身内などが都を訪れたとき、部屋が空いていれば宿泊できる。運良く今夜は空いてたんだ。
それにしてもラウズさま。ずいぶんホープのことを気にかけてくださっているんだなあ。
どうやら、ラウズさまがこの時期に都にいらしたのって、ホープのためみたいだし。
ハウカダル共通暦322年収穫の月21日
朝、ラウズさまやホープのことが気にかかっていたんだけど、いつも通り学校に行った。ラウズさまが、「わたしのことは気にしなくていい。学校を休んだりしてはいけないよ」とおっしゃったので。
おれのよく知っている穏やかで落ち着いたラウズさまだったのでほっとした。
「ひとりで行くところもあるし」ともおっしゃっていたから、王宮にいらっしゃったのだろう。
だって、吟遊詩人が都を訪れたときは、まっ先に王宮に行くのがほんとうだもんな。まあ、先に宿に入り、体を洗ってから訪問するから、実際には到着の翌日になることが多いみたいだけど。それに、王宮に行って都に着いた旨を報告したあと、王さまと謁見するまで、何日か待たされる場合もあるみたいだけど。
でも、王宮への報告より私用を優先させるってことはめったにない。少なくとも、おれが都に来てから音楽学校に出入りした吟遊詩人たちはそうだったと思う。
その吟遊詩人たちに比べたって、ラウズさまはうちのご領主さまのお抱えになって長いことだし、まじめな性格だし、上流階級の方々相手の礼儀や慣習を尊重なさるたちだと思う。
だから、王宮に行かれたのだろう。
でも、そのあと時間があったら、ホープを訪ねようと思ってくださるだろう。あんなに気にかけてらしたんだし。
ひょっとすると、おれといっしょに訪ねようとして、待っていてくださるかもしれない。
そう思って、授業が終わったら、どこにも寄らずに速攻で帰った。
でも、ラウズさまは夜になっても戻って来られない。
王宮で引き留められているんだろうか?
それとも、ひとりでホープを訪ねたのかな?
ハウカダル共通暦322年収穫の月22日
ラウズさまがいっこうに戻って来られないので、どうなさったのだろうと思っていたら、けさになってひょっこり戻って来られた。
きょうは休日なので、ラウズさまに誘われるまま出かけたら、広場でホープとジョーザルが待っていた。
「心配かけてごめんなさい」
「すみません。わたしの勘違いでした」
ふたりが口々にあやまったので、ほっとした。
ホープの気持ちは落ち着いたみたいだし、彼女に惚れられてたわけでもなかったんだ。
安心はしたけど、状況がさっぱりわからない。ただ、ラウズさまがほほえんでおられたので、ふたりの相談に乗ってくださったのだろうと見当がついた。まさか、それ以上のやりとりがあったとは、想像もしていなかったんだ、そのときは。
それで、驚いた。
「わたしたちは結婚する」と、ラウズさまがおっしゃったときには。
「結婚? だれと?」
いまにして思えば間抜けな質問だ。
「ホープとだ」
ラウズさまの答えにはずいぶん驚いたけど、よく考えてみれば、それほどふしぎじゃない。
ラウズさまはホープのことをとても気にかけておられた。親友の忘れ形見とはいえ、遠い辺鄙な村にときおり様子を見にいってらっしゃったのだから。
ただ、保護者のような態度をとっておられたから、恋愛感情があるとは思っていなかった。
でも、それは、ラウズさまの節度だったんだな。ホープとはずいぶん年が離れているし、親友の子どもだというので、あえて保護者の立場をとりつづけていたのだろう。実際、ホープがもっと子どもだったころは、保護者としての愛情を注いでおられたのだろうし。
「わたし、てっきり……」と、ジョーザルが恥ずかしそうに言った。
「ホープはあなたのことを好きなのだと思いこんでしまって……。ほんとにすみません」
「ごめんなさいね」と、ホープもあやまった。
「わたしが知っているただひとりの血縁者だと思うと、こういう仕事をしていると知られたくなかったの。ラウズさまにはもっと知られたくなかったし。それで、あなたに知られると、ラウズさまにも知られてしまうんじゃないかと、それが恐くていっそう取り乱して……。ジョーザルがあらぬ誤解をしているなんて、気がつかなかったの」
「いいよ、もう。それより、きみの気持ちが落ち着いてよかったよ。おめでとう。ほんとに」
「ありがとう。気持ちの整理がきっちりついたってわけでもないんだけど、いまは前向きな気分よ」
そう言って微笑んだホープは、とても幸せそうだった。
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