吟遊詩人の日記−外伝・ホープ(その1)

立川が書いたファンタジー小説「聖玉の王」シリーズの世界が舞台の連載小説です。

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 2013年8月4日UP


 ジョーザルには、同じ年の姉がいた。「ふたご」ということになっているが、ふたごではない。姉のホープのほうが三ヶ月早く生まれている。実の姉ではなく、わけあってジョーザルの両親が実子として届け出た義理の姉だった。
 そんな一家の事情は、領主や役人には注意深く隠されていたが、村人たちはだれもが知っていた。それは、ジョーザルの一家だけではなく、村人みんなの共有する秘密だった。
 ホープの父はこの村に立ち寄った吟遊詩人であり、母は領主の姫君。許されようはずのない身分違いの恋だった。
 それでも、もしも領主が心根のやさしい人柄なら、娘に多少は哀れみを抱いたやもしれぬ。
 だが、領主はきわめて残忍な暴君であり、その非情さは、領民ばかりか、父を裏切った娘にも向けられた。吟遊詩人は処刑され、産褥の床にあった姫は連れ戻された。それから十日ほどして、姫は病死したとして葬儀が営まれたが、その間の事情は村人たちにもわからない。
 取れ戻されたとき弱っていたことを思えば、公表どおりに病死したとも考えられるが、ひそかに殺されたのかもしれないし、悲しみと絶望のあまり自害したのかもしれない。
 せめてもの救いは、娘が赤子を産んでいたと、領主が気づかなかったらしいことだろう。
 姫には赤子に乳をやれる体力が戻っておらず、ときおりジョーザルの母が預かって乳を与えていた。夫妻と赤子が隠れ住んでいた小屋が領主の兵士たちの急襲を受けたのは、おりしも、ホープがジョーザルの母に預けられていたときのことだった。
 夫妻が連れ去られたあと、赤子が捜索されている気配はなかった。どうやら、領主は、娘が病気で臥せっていたと思いこんでいたようだ。
 それをせめてもの幸いとして、ジョーザルの両親はホープを実子として届け、姫君の子だということを隠し通した。村人たちも同様だった。
 それは、自分たちの保身のためもあったが、それだけではない。
 吟遊詩人は、領主に虐げられた村人たちの痛みをわがことのように捉え、その歌声で、村人たちにつかのまの癒しと明日を信じる希望を与えた。そればかりか、自分を城に招いた領主に、村人たちに対する慈悲と救済を訴えた。彼の歌は、領主の氷のごとき心を溶かすには至らなかったが、父に似ず心のやさしい姫君の心を動かした。
 そういういきさつで恋に落ち、領主の城から逃げ出してきたふたりは、村人たちにとっては英雄であり、奇跡の存在でもあったのだ。
 そんなふたりのあいだに生まれた子どもは、村人たちにとっては希有な存在だった。両親が捕らわれたときに無事だったことが、いっそう奇跡の子という思いを強めた。
 この子は神々に愛されている。この子がいるかぎり、自分たちにも希望がある。なんとしてもこの子を守らなければ。
 それは、まるで信仰のように、村人たち共有の思いとなっていったのである。

 村人たちにとって希望の光だったホープだが、義妹のジョーザルにとっては針に等しかった。
 とはいっても、けっしてホープが妹をいじめたわけではない。むしろ、並みの姉では不可能なほど大切にした。赤子のころはともかく、物心がつくようになり、自分が両親の実子ではないと悟ると、養ってもらっている恩に報いようとするかのごとく、献身的に妹に接した。
 だが、その忍耐強さとやさしさは、ジョーザルにはいっそう苦痛だった。
 そもそも、ジョーザルの苦しみのもとは、両親がホープに対して惜しみない愛情を注ぐ反動で、ジョーザルに向けられる愛と関心が薄いこと。少なくともジョーザルにはそう感じられたこと。ホープが妹にやさしくすればするほど、ジョーザルがそんな姉に反発すればするほど、両親は姉娘を褒め称え、妹娘を叱ったのだ。
 両親としては、養女と実子を分け隔てなく育てているつもりだった。だが、恩人の子であるホープに養女だという引け目を感じさせまいとすればするほど、ホープのほうを大切にしているような態度をとってしまったし、公平に扱おうとすればするほど、反抗的なジョーザルのほうをより多く叱ることになってしまった。
 そんな両親の態度は、ジョーザルの反抗心をいっそう煽った。もともと強情なところのある少女とはいえ、もしも姉と公平に扱われていると感じて育っていれば、それほど激しく両親や姉に反発することもなかっただろう。
 とはいえ、姉を憎みきっていたかといえば、そうともいえない。愛情なのか義務のつもりなのかつかみきれない姉のやさしさを完全には否定しきれなかったし、村じゅうの人々を魅了してやまない姉の歌声を内心では称賛していた。そんな姉の優れた面を認めてはいたが、その一方で、それに反発も感じた。嫉妬のようでいて嫉妬ばかりともいいきれない、優秀すぎる者への反発だった。
 ホープのほうはといえば、両親の愛情を妹から奪ってしまっていることをすまなく思い、同情する一方、妹の態度にとまどいや怒りも感じていた。
 両親が惜しみない愛情を注いでくれていることはわかっていたが、信仰に近いほどの過剰な期待や、実子をさしおいての愛情は重荷にも感じている。それをわかろうともせずに憎しみをぶつけてくるジョーザルに腹が立った。
 その一方で、そんなジョーザルの態度が一種の救いになっていることも、成長とともに、ホープは自覚するようになっていった。
 両親を含む村人たちのなかで、ジョーザルひとりだけが自分に何も期待していないし、重くて過剰な愛情を寄せてもいない。ともすれば皆の具体的ではない期待に押しつぶされそうなホープにとって、そんな人間はたしかに必要だったのである。

 ホープのいとこが吟遊詩人のラウズに連れられて村を訪れたのは、ホープとジョーザルが十六歳の春だった。
 ホープの実父の家族については、ホープもジョーザルも、何も聞かされていなかった。そもそも、彼女たちの両親も知らなかったのだから、娘たちに話すべくもなかった。
 二年に一度ぐらいの間隔で村を訪れるラウズもまた、年の離れた親友だったというホープの実父について語ることは少なく、その家族について語ったことは一度もなかった。
 それは、ホープを実子として育てている養い親たちへの配慮だろう。
 そう思ったので、ホープのほうから父の身内についてラウズに訊ねることはなかった。彼女自身もまた、父の身内について知りたがるのは、養父母に申し訳ないという気がしたし、それに、母の実父である祖父の仕打ちを思えば、親の血縁者に期待する気持ちも起こらなかったのだ。
 両親はりっぱな人たちだったと語り聞かされたが、両親の肉親までいい人だとはかぎらない。少なくとも母の実父は冷酷非情な男なのだから。
 そう思っていただけに、いきなりいとこに引き合わされてとまどったが、好感のもてる少年だったのでうれしかった。さすがに初対面では身内だという実感が湧かなかったが、友人になれそうな気がした。
 ホープはいとことの出会いを喜んでいたが、ジョーザルの気持ちは複雑だった。
 ジョーザルは、親にあまり愛されていないと感じている子供の常として、自分にはほかに実の両親がいるのではないかとか、会ったことのない身内がいるのではないかとよく空想した。その実の親なり、知らなかった身内なりがいつか自分の前に現われ、ホープではなく自分に対して惜しみなく愛情を注いでくれるのではないかとも。
 それなのに、知られざる身内が現れたのは、自分の前ではなく、ホープの前だった。こんな兄か親戚がいればいいのにと空想していたような好青年なのに、自分ではなく、ホープのいとこなのだ。
 しかも、そのホープのいとこには、両親と妹ふたりがいるという。
 ホープには、会ったことのない身内が、彼のほかにも少なくとも四人いるのだ。出会う機会があれば、彼らもホープのことを気にかけるだろう。
 ジョーザルの両親の愛はホープのもの。ホープの血縁者たちの愛もホープのもの。それは不公平だと、ジョーザルは感じたのだった。


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