立川が書いたファンタジー小説「聖玉の王」シリーズの世界が舞台の連載小説です。
外伝「ホープ」がまだ途中なのですが、「聖玉の王―塔の街」で、「吟遊詩人の日記―禁断の秘歌」として書く予定の話に触れる部分が近づいてまいりました。
それぞれ別の話で、一方だけ読んでも支障のないように書いてはいますが、「塔の街」のその場面を先に読むと、「禁断の秘歌」が少しネタバレになるかも。
それに、「禁断の秘歌」を先に読んでから「塔の街」のその場面を読んだほうがピンときておもしろいかも。
というので、「ホープ」をいったん中断し、「禁断の秘歌」を先に書くことにします。ホープ」は「禁断の秘歌」のあとで再開します。
2014年3月22日UP
ハウカダル共通暦324年はじまりの月12日
いま、ものすごくわくわくしている。そのひとつは、もちろん、吟遊詩人の初級試験に受かったことだ。初級はまだ見習いみたいなもので、師匠について実践的なことを勉強しなくちゃいけないんだけど、それでも「吟遊詩人」だと名乗れる。あとで報告するなら、シグトゥーナの都限定でだけど、吟遊詩人として歌うこともできる。
いままでのバイトは代わりの人が見つかりしだい辞めて、吟遊詩人としてやっていくつもりだ。
でもいまいちばんわくわくしているのは、もう一つのこと。校長先生とカイ先生に呼び出されて、禁断の秘歌を覚える気があるかと訊ねられたことだ。
「われわれが『禁断の秘歌』と呼んでいるのは、その名のとおり、伝えるべきだと見込んだ人物以外の前でけっして歌ってはならない歌の総称だ。数が多いので、全部覚えるまで、卒業後も研究生として学校に留まらなければならない。つまり、吟遊詩人としての商売に使えない歌を覚えるためにスタートが遅れることになる。しかも、存在を隠しておかなければならないような歌だから、そのような歌を知っていると人に知られれば命を落とす危険もありうる」
ずっと前にカイ先生がちらりと口にした歌のことだ。
一般には伏せられているほんとうの歴史。知っているとばれれば殺されるかもしれないほどの内容。魔族と関わりがあるにちがいない。バルドの過去、バルドの想いに近づけるかもしれない。
だから即答した。
「やります。ぜひ教えてください」
「こんなに早く決断した生徒は初めてだな」
校長先生がそう言ったので驚いた。こういう話を持ちかけられて断るやつなんているんだろうか?
おれが禁断の秘歌を知りたいいちばんの理由は、やはりバルドのことがあるからだが、もしもバルドと出会ってなくても、こういう話を聞けば、ものすごく興味を惹かれると思うのだけど。
「よく考えたほうがいいぞ。実際、学びはじめてから怖くなったり、秘密が重くなったり、それまでの自分の価値観と合わなさすぎるのに拒絶反応を起こしたりして、挫折した者が何人もいるからな」
「挫折? 挫折した人はどうなるんですか?」
「どうって……、ふつうの吟遊詩人になるだけだ。禁断の秘歌の伝承者たることに挫折したからといって、吟遊詩人の免許が取り消されるわけではない」
そう言ってから、校長先生は、いたずらっ子のような表情になった。
「ひょっとして、秘密を知った者は消される、などというのを想像したかね?」
「いや、まさか」
笑い飛ばしたけれど、じつは一瞬、そういうのを思い浮かべた。機密を要する依頼を持ちかけられた者が、断れば消されるのがわかっているから引き受けたとか、断ったために消されたとか、偶然に重大な秘密を知ったために殺されたとか、秘密の集団を抜けようとしたために殺されたとか、まあそういう口封じのための殺人は、吟遊詩人の歌でも書物でもときどき出てくるからね。
ただ、校長先生やカイ先生が口封じのために人を殺すところなんて、ちょっと想像しがたいけど。
「そんな野蛮なことはしないよ。きみだって、将来、才能や人柄を見込んで秘歌をいくつか教えた弟子が伝承者になるのはいやだと言い出したからといって、殺したりできんだろう?」
「もちろんです」
「わたしたちもそうだ。間諜だの犯罪者集団だのとは違うからね。そういう世界に適していそうな冷酷非情な性質の人間に、禁断の秘歌を伝承する気にはなれないな。そういう人間がこういう歌の存在を知ったら、伝承するより弾圧する側にまわりそうだしな」
それはそうかもしれない。
「少なくともわたしやカイ先生が伝授した元生徒のなかで、途中で挫折したからといって秘密をもらした者はいないようだ。わたしもカイ先生も、官憲の取り調べを受けたことはないからな」
校長先生がそう言って笑ったので、おれもつられて笑いかけたが、続いて出た言葉で笑いは引っ込んだ。
「とはいっても、もっと以前には、秘密をめぐる血生臭いできごとが一度もなかったわけではない。それも秘歌のなかに入っているから、いずれ伝授しよう。で、まあ、そういう危険があるから、だれが伝承者かは互いに知らされないことになっている。まんいち秘密がばれて捕えられた者がいても、薬物や拷問によって他の者の名を明かしてしまうことがないようにな。だから、伝承者仲間かと思った者がいても、確かめることはできない。その点において、たいへん孤独な勤めだ。それでもやる気があるかね」
「やります」
「うむ。もっとも、他の者の名は秘密だといっても、故人についてはその限りではない。だから言っておこう。きみの伯父上も伝承者だった」
これには驚いた。おやじの亡くなった兄が……、ホープの父親が禁断の秘歌の伝承者だったなんて。
「彼が亡くなったのは秘歌とは別件だったが、亡くなった状況を聞いたとき、秘歌の伝承者らしい最期だと思ったのを覚えているよ」
言われてみればそうかもしれない。非情な領主を説得しようとしたことも、その姫君との悲恋も。秘歌の伝承者として命を賭ける覚悟ができていたから、村人たちのためにも、恋のためにも命を賭けたのかもしれない。
それとも、以前にバルドが処刑される夢を見たときのおれのように、理性が吹き飛ぶほどの衝動に駆られただけだろうか。
おっと、話が脱線した。
まあそういうわけで、おれは禁断の秘歌の伝承者をめざすことになった。吟遊詩人としての本格的なスタートは少し遅れるけれど、かまうものか。
ハウカダル共通歴324年はじまりの月21日
今日は禁断の秘歌の最初の授業があった。
場所は、校長室から秘密の階段で下りていく地下室。音楽学校にこんな秘密の部屋があるなんて、想像もしていなかったよ。
先生は、校長先生とカイ先生のふたりだった。文字で書かれた教科書はなく、記憶を頼りに伝承するので、まちがいがないように、なるべく二人で教えてくれるということだ。
最初に教えられたのは、どういう歌が禁断の秘歌となっているかについてだった。
まず一つ目は、王家や名家の醜聞や伏せておかなければならない事情だ。
たとえば、内乱や王位継承争い、相続争いなどでは、勝った側に都合がいいように事実が歪曲されたり、敗者側に対する残虐行為がもみ消されることがある。
これは、勝者側に非がある場合だけにかぎらない。勝者側に非がなくても、敗者側に同情したくなるような悲劇的な逸話があれば、勝者側はそれを揉み消そうとする。
政治の失態も同様。政治に何か失敗があっても、為政者はそれを吟遊詩人に広く語り伝えられることを望まない。
そのような、為政者に都合の悪い事実だが、秘歌の継承者が後世に伝えるべきだと判断した歌は、禁断の秘歌となる。
「この種の秘歌は、秘密にする必要があるかどうか、境界線はあいまいだし、歳月の経過や状況の変化によって、秘歌にする必要がなくなる場合もある。そういう場合は、重大な内容ならわれわれと相談のうえで、重大でなくなっていれば伝承者各自の判断で、あまり知られていないが細々伝わっていた歌だというような理由をつけて、人前で歌ってよい歌とすることもある」
そう説明された。つまり、何代も前の為政者の失敗とか、後継者がいなくなって絶えて久しい名家の醜聞とか、そういうような歌のことだ。
ただ、公表しても問題なさそうでいて、秘密にしておかなければまずいような歌もあるという。そういうことも、歌を一つ一つ伝授しながら教えてくれるという。
二つ目は、おれが最も知りたい種類の歌だ。憎むべき敵に対する戦意をなくさせる歌。いまのホルム王国では、「憎むべき敵」というのは魔族のことだ。
「人間の王国間の諍いでは、戦争や不和が解消されれば、相手国の人間の美点を歌ったような歌は解禁になる。というか、むしろ歓迎される。自国の汚点になるような歌は秘密のままにされるが、大っぴらに歌えるようになる歌に比べれば数は少ない。だから、これに分類されるのは、ほとんどが魔族についての歌だ」
そう言って、校長先生は嘆息した。
「本来なら美談として讃えられるような内容の歌がたくさんあるんだ。それなのに、いつか解禁になる見込みは薄い。魔族が全滅するか、魔界の入口が永久に閉ざされるか、でなくば、魔族との和解が成立するか……。とにかく魔族との戦いが終わらないかぎり、秘密にしておくしかないだろう」
それこそがおれの知りたい歌だ。いつか魔族との和解が成立して、また仲良く暮らせるようになって、公にできる日がければいいのに。
校長先生やカイ先生も、魔族の全滅ではなく、和解を望んでおられるだろう。
そう思ったけど、口に出すのは控えた。
で、秘歌の分類だけど、このどちらにも含まれない歌もある。
吟遊詩人どうしのトラブルとか、とくに秘歌の秘密をめぐってのいざこざなどだ。
おもにこの三つに大別できて、一つ一つについては次回の授業から教えてくれるということだ。