吟遊詩人の日記−美しき同室者

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 2004年3月28日UP(2005年7月3日修正)   


  ハウカダル共通暦321年先見の月3日  2004年1月21日(2005年7月3日修正)

 きょう、新入生が入ってきた。おれが入学してからはじめての新入生だ。学校の授業は若葉の月のはじめと初雪の月、おっと正式には感謝の月の後半が新学期だから、たいていの生徒はその時期に入学する。半端な時期の入学は珍しいらしいんだ。
 新入生はバルドという名で、年齢はよくわからないけど、おれよりちょっと年下ぐらいかな? やたらにきれいなやつだ。たんにきれいというだけでなく、華奢で、「美女と見紛う」って形容詞がぴったりな男だ。
 あのレイヴって子もきれいな顔をしていたけど、バルドのきれいさとはちょっとタイプが違うな。レイヴはまだ子供だけど、女の子とまちがえられることはないだろう。でも、バルドは子供じゃないのに、少女とまちがわれそうだ。
 実際、はじめ見たとき、てっきり女性が入学したのかと思った。おまけに、「バルドです。よろしく」とあいさつした声は、まだ声変わりしていないみたいで、女性の声のようにも聞こえた。
 だが、すぐにそんなはずはないと気がついた。
 うちの音楽学校で学ぶのは男だけだ。もちろん、女性が音楽を勉強しないってわけではない。シグムンドの妹のイーナも、まだ小さいけど歌と竪琴を習っている。上流階級では、音楽は貴婦人のたしなみの一つらしいし、上流階級の家庭で侍女や家庭教師として仕事を得るために音楽を学ぶ女性は多いと聞く。
 だけど、上流階級の女性たちは、ふつうは学校にいかずに家庭教師に教わるし、上流階級の家庭に仕えるために音楽を学ぶ女性は、女性のための学校にいく。
 うちの学校の先生には、女性のための学校とかけもちで授業をしている人も何人かいるけど、女性がうちの学校に入学することはないはずだ。
 それに、バルドってのは男の名前だ。うちの村にバルディスって名前のおばさんがいたけど、バルドってのは、ふつう、男にしかつけない。
 だいいち、彼はおれたちと同じ寮に住むっていうんだ。いくらなんでも、女性を男と同じ寮に入れて、男と同室にするわけないじゃないか。
 どう考えても女性のはずはないんだけど……。
 彼を女性じゃないかと考えたのはおれだけじゃなくて、教室でも寮でも、みんなざわざわしていた。なかでもいちばんあたふたしていたのは、寮で同じ部屋になった先輩だ。
 むりもないかもしれない。おれだって、男にときめく趣味はないけど、こんなやつと同室になったら、着替えをするときなんか、目のやり場に困ったり、視線が気になったりしそうだ。いくら来月には部屋替えがあるから、ちょっとの間だとはいってもな。
 とはいっても、ウォレスみたいに、いつもと態度の変わらないやつもいる。バルドにも、みんなのざわめきようにも興味がないみたいで、さっさと部屋に引き取って勉強をはじめた。ウォレスって、たいしたやつかもな。


  ハウカダル共通暦321年収穫の月1日  2004年3月28日UP

 年に二回の恒例の部屋替えがおこなわれた。
 おれは今回も二人部屋なんだけど、ルームメイトがわかってびっくりだ。バルドなんだ。
 バルドとは話したことがないので、人となりとかは知らなかったんだけど、無口なやつだったんだな。あいさつがてらに話しかけたけど、「ああ」とか「いいや」ぐらいしか答えが返ってこない。無口っていうより、他人とあまり接したくないって感じがする。
 まあ、でも、ウォレスだって初対面のときには無愛想だったけど、つきあってみればいいやつだったし。バルドだって、いいやつかもしれない。
 とはいっても、バルドの無愛想さは、ウォレスとはまたちょっとタイプが違うみたいだな。ウォレスはおれのことをグータラないいとこのお坊っちゃんと誤解して敵意を持ってたけど、バルドはべつに、おれに敵意を持っているってわけでもなさそうだ。
 どちらかというと、関心がなくて、近づいてほしくないって感じかな。でなければ、とても内気な性格か。
 だから、ウォレスのときみたいに、誤解を解けば仲良くなれるというわけにもいかないだろう。
 ウォレスと気が合っていたから、今までと比べるとちょっと寂しいけど、まあ、しょうがないな。クジ運によっては、いやなやつと同室になったかもしれないんだし、バルドはべつにいやなやつってわけでもないし。
 バルドがこちらと距離を置きたがっているのなら、適度な距離を保ってつきあえばいいだけだ。
 いや、でも内気なやつなら、こっちから積極的に話しかけたほうがいいのかな?
 まあ、それはおいおいつかめるだろうし、バルドの性格はべつにいいんだ。それより、問題は彼の容姿だ。
 どうしても彼から女性のような印象を受けてしまうんだけど、こんなんでルームメイトとしてやっていけるのかなあ。
 短いあいだにしろ彼と同室だった先輩はどうしてたんだろう?
 そう思ってたら、夕食のときにその先輩に声をかけられた。
「今度、バルドと同室になったんだって? お高くとまってるだろ、あいつ」
 なんだかいやな言い方だ。バルドとうまくいってなかったらしいと感じ取れた。
「同室になったばかりなのでどういう人かはまだわかりませんが、おとなしい人みたいですね」
 無難な答えを返すと、先輩は顔をしかめた。
「お高くとまっているのをいいほうに取ってるんだな。いやなやつだよ、あいつ」
 そうかな? この先輩としゃべったことはほとんどなかったけど、この人のほうが苦手なタイプって気がするんだけどな。
 だって、「無愛想」とか「とっつきにくい」ならともかく、「お高くとまっている」なんて言うんだもんな。この言い方って、目下の者とかにへりくだった態度を要求したがるやつがよく口にするんだよな。
 よくエダが「お高くとまっている」って言われてたっけ。わが妹ながら気が強いからな。でも、「おまえの妹はお高くとまっている」って言われると、エダの肩を持ちたくなったな。
 話を聞いてみると、エダに言い寄ってふられた男とか、いばり散らして反論された男とかがよくそう言うんだもんな。
 この先輩も、バルドにいばった態度をとったんじゃないのか? いくらなんでも、言い寄ってふられた……なんてことはないよなあ。


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