2004年7月13日UP
ハウカダル共通暦321年感謝の月5日
きょうから学校は九日間の感謝祭休みだ。村では収穫祭と呼んでたけど、都では感謝祭と呼ぶんだよな。
感謝祭は五日間だけど、先生や生徒には、地方から都に出てきていて、家族のところで感謝祭を過ごす者も多いので、前後二日間ずつよぶんに休みになっているんだ。
おれも帰れなくはないけど、帰らないことにした。このあいだ届いたおふくろからの手紙で、「収穫祭は休みじゃないのか」とか、「帰ってこないのか」とか書いてあったので、ちょっと心が痛むんだけど。
でも、帰るとおやじとケンカしそうだし……。学校の図書室、感謝祭の五日間は休みだけど、前後の四日間は開いているから、苦手な科目とか、自習しておきたいし……。
悪いけど、おふくろには「帰れない」と返事しておいた。
通年の授業はきのうまでで、休みがあけると、冬期の授業に切り替わる。冬期の授業は、感謝祭明けからはじまりの月の十日までと、はじまりの月の十二日から雪解けの月の末までに分かれている。
感謝祭から新年祭まで郷里で家族と過ごすとか、冬のあいだ家族と過ごすという選択肢もとれるようになってるんだ。
逆に、冬期のあいだだけやってくる生徒もいるという。そういうのは、おれみたいな農村の平民出身の生徒が多いらしい。農閑期だけ都の学校で学ぶという学び方なら、親や領主様が許可してくれるってケースが多いらしい。
なんだか仲間ができそうで楽しみだ。
いや、べつにいまだって友だちは何人もいるんだけどさ。
「感謝祭」という言葉を使っていますが、ここは異世界ですので、アメリカの「サンクス・ギビング・デー」とは別物だと思ってください。収穫を感謝するという点は共通していますが。 |
ハウカダル共通暦321年感謝の月7日
きょうから感謝祭だ。村の収穫祭と同じで、いちばんにぎやかなのは四日目の晩と五日目の昼間だそうだけど、出店はきょうから広場にたくさん立っている。もちろん、吟遊詩人も。祭りはそれがいちばん楽しみなんだ。
いっしょに行こうと思ってバルドを誘ったら断られた。
「寮で勉強している。そのつもりで、きのうのうちに図書室で本をたくさん借りてきた。わたしは一刻も早く吟遊詩人になりたいんだ」
「そりゃあ、おれだってそうだけど……。でも、それならなおさら、いろんな吟遊詩人の歌を聞きたいと思わないか?」
そうたずねたら、バルドは妙なことを言った。
「いまの時期の歌は聞きたくない」
「いまの時期?」
「感謝祭の時期って意味だ」
「なんで感謝祭に歌を聞きたくないんだ?」
「感謝祭って、何を感謝するのか知っているのか?」
「何をって……。一年の収穫をに決まっているじゃないか」
バルドがびっくりしたような顔でこちらを見ているので、めんくらった。
「ほかに何かあるっていうのか?」
「いや、いいんだ。忘れてくれ」
気になったけど、無理強いすることでもないので、ほかの寮生数人と町に出かけた。
祭りの一日目と二日目は、冬に備えて買物をする人が多いので、吟遊詩人や大道芸人は少なく、出店が多いって聞いたけど、それでも広場に数人の吟遊詩人を見かけた。
そのうちふたりは「見習い」ってカードを立てていた。面識はないけど、たぶんうちの学校の先輩だと思う。あるていど上級になったら、許可をもらって、「見習い」という形で、本物の吟遊詩人みたいに街頭で歌えるんだ。
おれももっと勉強が進んだら、見習いとして街頭に立ちたい。
それにしても、バルドはどうしていやがったんだろう。よくわからない。
あいつも吟遊詩人をめざしているんだから、歌を聞くのは好きなはずだよな。
きょうと、夏至祭のときやふだんとの違いというと……。
ふだんより吟遊詩人も聴衆も人数が多いっていうのを別にすると、収穫を祝う歌と豊穣の女神を讃える歌、それに魔族との戦いを題材にした歌が多い……ってぐらいだよな。村の収穫祭にやってくる吟遊詩人に比べて、戦いの歌が多いような気がするが……。
バルドは戦いの歌が嫌いなのかな? 血なまぐさいのが苦手って言ってたし。
でも、吟遊詩人になったら、戦いの歌をリクエストされることって、けっこう多いと思うんだけど。
ともあれ、ふと思い立って、飲みにいくというほかのやつらと別れて早めに寮に戻った。帰りがけに、果実のたっぷり入った焼き菓子と、肉のパイと、果実酒をバルドの分も買って帰った。
「収穫を祝うのはいやじゃないよな?」
そうたずたら、バルドは目をぱちくりしながら、「ああ」と答えた。
「じゃあ、おまえが何をいやがっているのかはよくわからんが、一年の恵みだけはいっしょに感謝しようぜ」
いやがられないか心配だったけど、その提案には、バルドはきげんよく応じた。
「感謝祭を祝うのはいやだけど、収穫祭ならいい」
それで、おれたちは他愛ない話をして楽しく過ごした。
とはいっても、バルドは自分のことを語りたがらない。しゃべるのはもっぱらおれだったけど、バルドはけっこう楽しそうに聞いてくれた。
ハウカダル共通暦321年感謝の月11日
ゆうべも、きょうのパレードも、さすがに都の祭は盛大だ。村の収穫祭じゃ、パレードはなかったからな。
ただ、気になったのは……。
パレードって、いろんな扮装の人々が練り歩くんだけど……。で、まあ、中心になるのは豊穣の女神さまなんだけど……。
後ろの半分ほどが魔族との戦いをモチーフにしていて、勇士たちに扮した人々のあとに、血塗れの魔族の人形の首とか、かなりグロテスクなのがつづくんだ。
それで、いっしょに行った連中に「ちょっと残酷だね」と感想を言ったら、変な顔をされた。
「残酷? あれは魔族じゃないか」
「え、だって、なんかリアルすぎてグロテスクじゃないか?」
みんなはそれを褒め言葉と受け取ったようだ。
「ああ、よくできてるだろ?」
「そりゃまあ、よくできてるけど……。それにしても、どうしてこんなに魔族との戦いをモチーフにしたのが多いんだ?」
「そりゃあ、感謝祭だからに決まってるじゃないか。魔族との戦いの勝利を感謝するお祭りなんだからさ」
「え? ……都の感謝祭って、収穫を感謝するお祭りじゃなかったのか?」
「そりゃあ、もちろん、収穫だって感謝するさ。それといっしょに、戦いの勝利を感謝するんじゃないか」
それで、バルドが感謝祭をいやがった理由がわかるような気がした。
バルドは、このパレードがいやだったんだ。残酷なのは苦手だって言ってたし。
そういえば、祭りのあいだに見かけた大道芸の芝居でも、魔族が人間に混じって暮らしていた時代を題材にして、裏切り者の魔族の一家をみんなで襲って私刑にする……なんて話もあったな。
都の人って、正直いって、ちょっと趣味が悪いんじゃないのかな。