暗い近未来人の日記−クリエイティブ課・その2

 日記形式の近未来小説です。主人公は社会人一年生。
あくまでフィクションですから誤解のないように。
なお、ここに書かれた内容は、実在の政府や団体や個人とは関係ありません。

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2024年3月19日UP

  2093年11月8日

 クリエイティブ課に来て今日で一週間。スタッフのフリーランサーに対する態度とか姿勢とか、おおむね三種類あるなとわかってきた。
 まず、課長をはじめ、フリーランサーはできるだけ安く使って、使い捨てにして当然という人たち。課長以外では、男性スタッフにそういう態度が濃厚な人がふたりいる。男女差別の意識が強いからか、課長以上にすさまじい。
 たとえば、加藤さんは、女性のフリーランサーと映話するとき、すぐに威嚇するように怒鳴りつける。
「ああ? この仕事の報酬? んなこと、できてもいないのにわかるわけねえだろ? んなこと言ってないで、さっさと仕上げろ! まだ半分しかできてねえだろうがよ!」というような感じだ。
 女性のフリーランサーだけでなく、わたしや、課長以外の女性スタッフに対しても、威嚇的な言い方をすることがよくある。はっきり言って、嫌いなタイプだ。
 細野さんは、加藤さんのような威嚇的な言い方はあまりしないけど、言っていることはかなりえぐい。
「一週間働いて一万円にしかならなかった? なぜそれで悪いんです? 主婦の内職ってそういうもんでしょ? 朝から晩まで一日働いて千円にしかならなかったとか、そういう話よく聞きますよ? え、主婦の内職じゃない? 主婦の人たちはそういうので文句を言わないのに、ひとり暮らしで自活している人だけ優遇したら、同じ女性なのに不公平でしょ?」
 自分が変なことを言っていると気がつかないところがすごいわ。
 ここに配属されて三年目という女性スタッフの大谷さんは、この人たちと対照的な価値観の人のようだ。
「こんなに安く仕事をしてもらって申し訳ないと、いつも思っているの。いつか独立することができたら、こんなひどい条件で酷使したくない。ちゃんと妥当な報酬を払いたい。そのほうが、結果的にいい仕事ができて、売れる本が出せると思うの」
 そんな考えを口にしているのを聞いたことがある。加藤さんがそれを聞き咎めて、「けっ」と一蹴していた。
「そんな甘いことしてたら赤字になるに決まってるだろ。これだから、女ってやつは」
 この四人以外の人の考えは、いまのところよくわからないけど、たぶんその中間ぐらいじゃないのかな。フリーランサーの人たちを気の毒だと思っているけれど、現状をしかたがないとも思っている。そんな感じじゃないかな。


  2093年11月15日

 仕事中に、課長がフリーライターのひとりに言っているのが聞こえた。
「わかったわよ。じゃあ、今回だけ、いつもわたしの友だちに頼んでいる仕事を、あなたにまわしてあげるわ。校正の仕事なんだけどね。文字校正だけじゃなく、文章校正もやってほしいの。本一冊で二万円だけど、自分で最初から書くのと違って時間がかからないだろうから、割がいいと思うわ。ベテランの友だちにいつもやってもらっている仕事なんだけどね。今回だけ特別に、あなたに頼むわ。それでいい?」
 けんか腰の口調にたじたじとなった様子で相手が同意すると、課長は映話を切り、別のフリーランサーに映話をかけた。
「あ、健司くん。いつもの校正、お願いするわ。三冊って言ってたけど、二冊になっちゃった。ごめんなさいね。仕事の割が悪いとうるさいライターがいてね。しかたなく今回だけ、一冊まわすことにしたの。いつも通り、一冊三万円でお願いね」
 先ほどの女性ライターだと二万円で、「友だち」の「健司くん」とやらだと三万円なのか。
 本を丸ごと一冊依頼するときの原稿料は、これまで十万円だったのを、事後承諾で五万円に減らしたというので、ライターたちから抗議が殺到していたんだ。
 資料調べなどの必要経費込みで一冊執筆して五万円。それの校正が三万円。所要時間の差はよくわからないけど、たぶん十倍以上の差があるんじゃないかな。一時間当たりの報酬で考えるとずいぶん差が激しいけど。課長の友だちの「健司くん」って、何者なんだ?
 そう思って、あとで大谷さんにこそっと聞いてみた。
「フリーライターに依頼している仕事って、割のいいのもあるんですね。さっき課長が映話していたのが聞こえてきちゃったんですけど」
「課長の声は大きいからね」と言って、大谷さんが教えてくれた。
「健司くんってのは、人事課の村瀬課長の息子さんよ。フリーのライター兼エディターになったけど、収入が少ないというので、課長が割のいい仕事をまわしているの。塚田課長と村瀬課長は親しいみたい」
 うへえ。あの村瀬課長の仲良しさんなのか。
「割のいい仕事というのはほかにもあるわね。ゴーストを立てたライターとかね」
 本一冊ひとりでやる仕事というのは、ここに配属されて知っている限りではゴーストライターが多い。その分野の専門家にインタビューして、ゴーストライターが執筆する。専門家が自分で書くと、素人が読んでも理解できない論文みたいな本になってしまいがちなので、ゴーストライターが執筆すると聞いた。
「著者として名前が出ている専門家の先生ですね」
「ああ、まあ、著者の先生は、インタビューに答えて、出来上がった原稿をチェックしたり、直したりするだけで印税が入るけど。でも、本の内容そのものは、その先生の研究だから、まあ当然よね。いま言っているのは、そういうのじゃなくて、ゴーストライターがゴーストライターを立てる場合の話よ」
「ゴーストライターがゴーストライターを立てる?」
 よくわからずに聞き返すと、大谷さんが説明してくれた。
「加藤さんの友だちとか、細野さんの友だちとかで、理系に強いけど文章は書きたくないという男性ライターが三人ほどいてね。その人たちは、インタビューだけして、録音とそのプリントアウトしたものをこちらに渡すの。で、こちらは別のライターを手配して、録音とそのプリントアウトをもとに執筆してもらうの。内容が本一冊に満たないとき、穴埋めとなるような情報を独自に探して加えたり、著者の先生がそれを気に入らないというので削ったとき、別の穴埋め情報を探したりするのも、その二番目のライターさんの仕事」
「うわあ、インタビューだけするほうが、断然ラクじゃないですか」
「そうなの。で、『インタビュー』とか『執筆協力』などといった形で名前が出る場合は、インタビューした人だけ名前が出て、まるでその人がインタビューから執筆まで全部やったかのように見えるので、名前を売り込むのに利用できるってわけ」
「なんだか……、ずるいですね」
「そうなの。で、報酬は、いまのところ実際に書いた人のほう多くて四対六なんだけど、加藤さんや細野さんは半々にしようと主張してる。仕事の量は、どう考えても一対九ぐらいなのに」
「ひどい。自分の友だちに便宜をはかりたいんですね」
「まあ、そうでしょうね」
「なんだか、フリーランサーって、男女差別が激しい気がしますけど」
「ああ、男女差別というよりはね、割の合わない仕事をしていた男性ライターさんたちが次々に廃業しちゃったんだわ。奥さんや子供のいる人はもちろんだけど、もっと若い人でも、いずれは結婚したいとか考えると、この仕事を続けるのは無理だと言って。で、残っている男性ライターは、課長や加藤さんや細野さんとのコネで割のいい仕事をしている人とか、ほかの仕事をメインにしていて、合間にこちらの仕事を受けるという人とか、奥さんが稼いでくれるので家事や子育てをしながらこちらの仕事を多少しているという人だけ。その結果、割の悪い仕事をして酷使されているのはほとんど女性という状態になったわけ」
 なるほど。女性のライターが多いのには、そういう事情があったんだな。


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