暗い近未来人の日記−クリエイティブ課・その1

 日記形式の近未来小説です。主人公は社会人一年生。
あくまでフィクションですから誤解のないように。
なお、ここに書かれた内容は、実在の政府や団体や個人とは関係ありません。

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2024年1月18日UP

  2093年10月23日

 次の配属部署が決まった。クリエイティブ課だ。タイムカプセル課と同じく、文化事業部の1つで、書籍出版や電子出版、サイト制作などを扱っている。このオロファド社に入ったとき、いちばん配属されたかった部署だ。
 でも、いまは、単純に喜ぶ気にはなれない。何ヶ月も前のことだけど、寮に住んで、過酷な条件でクリエイティブ課の仕事をしていたフリーランサーが、過労と栄養失調で倒れて救急車で運ばれるという事件があったからね。そのあとで耳にした情報でも、クリエイティブ課というのは、フリーランサーをそういう過酷な条件で酷使している課らしいんだ。
 そもそもクリエイティブ業界自体、労働時間と収入の面からみて、日本一ブラックな業界だという話も聞く。
 わたしみたいに、おもしろそうだというので興味を持った人間が次々に入ってきて、ブラックでも求人難になることなく継続できるので、労働条件がなかなか改善されないみたいだ。
 そういうことを知った今では、クリエイティブ課に配属されると決まって、ちょっとひるんでいる。


  2093年11月1日

 今日からクリエイティブ課だ。スタッフは、わたしと課長を含めて八人。若いスタッフが多いけど、課長の塚田さんは、見た感じではうちの母と同年代ぐらいの女性だ。実年齢はよくわからないけれど。
 キンキン響く高くて大きな声の女性で、下請けのフリーライターらしい女性と映話で話している声が聞こえてきた。
「原稿料? ちゃんと払っているわよ。金額が半額しかないって? 今月から値下げするって、ちゃんと言ったわよ。聞いてない? ああ、あなたには言い忘れてたかもね。ほかの人には言ったわ。みんなOKしてくれたわよ。あなたは文句を言いそうだと思って、後回しにして、そのまま忘れちゃったみたいね。納得できない? あなたはそんなふうにすぐ文句を言うから、こういうことを先に言いにくいのよ。事前に言わなかったのは、あなたが悪いの。わかった? 快く応じてくれる人には、事前にちゃんと言ったわよ」
 なんて無茶苦茶な理屈だ。もともと安い原稿料を、事後承諾で半額に値下げ! しかも、事後承諾になったのは、相手が悪いって、どういう論理だ?
 さらにそのあと、課長は、二人のライターと同様の会話を交わしていた。ほかの人はみんなOKしたというのはどうやら嘘らしい。
 二人目のライターに対してはこう言っていた。
「この収入ではやっていけない? そりゃあ、原稿料が半額になったら、二倍働くしかないわねえ」
「毎日十時間以上仕事しているのに、その二倍も働けるわけがないでしょう?」
「そんなのは、あなたの問題でしょ! 今忙しいの! 切るわよ!」
 ヒステリックな口調でどなりつけると、課長は一方的に映話を切った。
 三人目のライターに言っていたセリフはもっとすごかった。
「働けば働くほど貯金が減っていく? なら、いいじゃない。まだ貯金があるんでしょ? それなら、貯金がなくなるまでうちの仕事をして、そのあとのことはそれから考えればいいのよ。それがいいわ。ね、そうしなさいよ」
 何、それ? フリーランスになる人は、勤め人としてある程度お金を貯めてから脱サラするのが一般的なようだけど、その貯金を搾り取れるだけ搾り取ってから放り出すってこと? それって、仕事じゃないよね。ブラック企業どころか、一種の詐欺に見えるんだけど。
 今日こういう映話が多い理由については、ほかのスタッフがこっそり教えてくれた。
 フリーランサーの報酬は、月末締めの翌々月末夕方に振り込み手続きをするので、振り込まれた金額の確認ができるのは、金融機関の月初めの第一営業日。それで、今日になって、自分が二か月働いた報酬が半額にされたと気づいたライターたちから抗議の映話がかかってきたようだ。
 事前に連絡して値下げにOKしたライターもいるというのは、まったくの嘘ではないらしい。小さな子供がいるとか、その他の事情で外に働きに出るのが難しい人で、配偶者の扶養で働いている人などは、こういったいきなりの値下げにも文句を言わずに応じるらしい。
 初日から嫌なところを見たなあ。ここの仕事、フリーランサーから搾取するという罪悪感を感じながら働くことになりそうだ。それは憂鬱だな。


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