暗い近未来人の日記−世相・その2

 日記形式の近未来小説です。主人公は社会人一年生。
あくまでフィクションですから誤解のないように。
なお、ここに書かれた内容は、実在の政府や団体や個人とは関係ありません。

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2025年5月4日UP

  2093年12月29日

 今日、ニュースサイトで、変な訴訟事件についての記事を見かけた。
 伝統工芸の職人だったおじいさんの日記を見つけた人がいて、専用のサイトをつくってネットで発表したんだって。
 そうしたら、当時はスマホと呼ばれていた携帯PCの会社から、四十三年間料金が未払いになっているから、利息といっしょに支払えという通知が来たんだって。その金額、なんと二百万円以上!
 独り暮らしだったおじいさんが九十代で亡くなったあと、身内がいろいろ後始末をしたとき、スマホの解約まで気がまわらなかった。それで、料金未払いのために使用は止められたのだけど、料金は発生し続けた。で、連絡先不明となっていた人の子孫が見つかったので、督促することにした……ということらしい。
 携帯PCや映話など、口座にお金を入れておくのを忘れたとか、何かの事情で料金未払いになったとき、使用を止められたうえ、その間の料金が発生したという話は聞いたことがある。けど、それは、数日とか、ひと月とか、短期間の話だ。四十三年なんて、異常でしょ?
 ふつうに考えて、九十代で連絡の取れなくなった人が、四十三年後に存命しているはずがない。もちろん、四十三年前の機種なんて、とっくに使えなくなっている。にもかかわらず、使用を止められていたあいだも料金が発生する決まりだからと、会社は主張しているらしい。
 携帯PCなどの会社って、大企業で、寡占企業で、公共事業に準ずる内容だからというので、こういう横暴する傾向があるらしい。自分たちが政府のような、支配者のような気分になるみたい。まあ、会社によるだろうけど。四十三年は極端だけど、一年とか二年とかぐらいなら、使っていなくて忘れていたのに、請求され、支払わされたというケースがざらにあるらしい。
 裁判でどうなるかわからないけど、こんなのがまかり通ったら、いやだな。


  2093年12月30日

 小学四年のとき同じクラスだった国本さんから映話がかかってきた。すぐにはだれかわからなかった。
 だって、国本さんは、クラスメートたちのなかではわりと仲のいいほうだったが、特別に親しかったわけではなく、クラスが分かれてからはあまり付き合いがなかった。中学校は同じだったけど、同じクラスになったことはなく、ますます疎遠になり、高校は別だったので、付き合いは完全に途切れた。
 それなのに、どうして今になって? そもそも、どうしてうちの電話番号を知ってるの?  怪訝に思っていると、国本さんが言った。
「あの、中学校の卒業名簿見てかけてるんだけど。わたし、選挙事務所でバイトしていて……。あの、それで……」
 ああ、そういうことか。
「ごめんね。わたし、そういうのは全部お断りすることにしているの」
「あ、そ、そうね。ごめんね」
 おどおどした口調で謝りながら、国本さんは映話を切った。こういうところ、小学生のころと性格は変わってない感じがする。
 まじめで、おとなしくて、引っ込み思案。暗いわけじゃないけど、口数少なめで、人に気を遣い、自己主張は苦手。外向的か内向的かというと、内向的。そういう気質だった。わたしもそういうところがあったから、わりと気が合うほうだった。
 そういう国本さんがこういう仕事? 向いているとも、好きでやっているとも思えないんだけど。
 まあ、そういうわたしも、向いている仕事、好きになれる仕事につけていないんだけど。
 なんだか暗い気分になっていると、また別の人から、選挙の勧誘の映話がかかってきた。大学二年の夏休み、図書喫茶での三週間の短期バイトで知り合った水野玲子さんだった。
 水野さんは、わたしより五つ年上で、美人でかっこよかった。快活で、面倒見がよく、本や作家についての知識が豊富で、話をしておもしろく、こんな人になれたらいいなと思うような、あこがれの人だった。
 だから、明日近くまで行く用があるので会えないかと誘われたとき、突然の誘いを怪訝に思いながらも、喜んで応じた。場所も、家から電車で二つ目の駅近くの店。ケーキがおいしいので評判の店だ。
「で、そのとき、大学の卒業名簿とかあったら、持ってきてくれないかな? 高校の卒業名簿あったら、それも貸してもらえるとうれしいな」
 思いがけない申し出に、思わず「はあ?」と答えると、水野さんはあわてて言った。
「変なことに使うんじゃないのよ。わたし、いま選挙事務所のアルバイトをしていてね。そういう名簿を集めているの。もちろん、あなたの名前を出したりしないし、迷惑かからないわ。みんなすごく頑張っててね。わたしもがんばらなきゃ〜と思うのよ」
 あっけに取られているうちに、水野さんはどんどんテンションが上がっていく。
「あなたも会ってみればわかるわよ。なんなら明日。紹介するわ」
 これはやばい。うかつに待ち合わせの場所に行ったりしたら、むりやり引きずりこまれてしまう。
「あ、すみません。忘れてました。明日、先約があったんです」
「えー?」
「ごめんなさい。明日は無理です」
「じゃあ。明後日ならいい?」
「すみません。正月は予定があって」
「じゃあ、いつならいいの?」
 わたしが嫌がっていると、全然わかってないみたいだ。それとも、わたしが嫌かどうかはどうでもいいんだろうか?
「すみません。ちょっと予定たちません。というか、選挙とか、そういうの、お断りすることにしてるんです」
「なんでよ? あやしい勧誘じゃないわよ。わたしを信用できないの? そんなことないわよね?」
「あ、母が呼んでる。ごめんなさい。じゃあ、これで」
 そそくさと映話を切った。水野さんって、こんな人だったのか。どうして素敵な人だと思っていたんだろう? 思い返してみると、美人でかっこよく、明るくて、話しておもしろい人だったけど、考え方とか人柄とか、深いところがわかるような会話はほとんどしていなかったような気がする。
 これじゃ、わたし、職場で榊さんや遠藤さんみたいな人を褒めちぎっている上司たちと同じじゃん。彼女たちの本性を見抜けない上司たちをちょっと見下していたのだけど、これじゃ、自分も同じじゃん。
 人の心を操る『押す人』とか、マインドコントロールのうまい人とか、そういう人たちに、わたしは操られにくいタイプと思っていたけど、違ったかも。わたしは、榊さんや遠藤さんから見て、いじめや攻撃のターゲットであって、よく思われたほうが得な人間ではなかった。だから、マインドコントロールされなかっただけかもしれない。
 そう思ったら、なんだか怖くなった。


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