暗い近未来人の日記−就職活動 |
日記形式の近未来小説です。主人公は大学4年。
あくまでフィクションですから誤解のないように。
ここに書かれた内容は、実在の政府や団体や個人とはいっさい関係ありません。
2003年8月7日修正 |
2092年9月17日
教員試験の結果が出た。落ちていた。公務員試験も落ちたから、あとは私企業だけだな。
教師にも公務員にもとくになりたいってわけじゃなかったから、それを狙った勉強とかしていなかったけど、落ちてみると残念だ。私企業と違って、リストラされる心配が少ないもんね。もっとちゃんと、それ用の勉強とかして取り組んだほうがよかったかなあ。
2092年9月22日
アヤやナコたちとだべっていたとき、将来の進路が話題に出た。
「わたしはテレビ局につとめたいんだ」と、アヤが言い出した。
「へえ、そういう方面に興味あったんだ?」
そう言ったら、「そういうわけじゃない」って返事が返ってきた。
「テレビ局って、条件がよさそうだもん」
初耳だったので、「ほんと?」って聞いたら、コケそうな答えが返ってきた。
「だって、テレビドラマの登場人物って、あまり残業とかしていなさそうなのに、家賃の高そうな都心のマンションとかに住んでるでしょ? あれって、やっぱり、テレビ局の人たちの給料がいいんだと思うよ。ああいうマンションに住めるほど、給料をたくさんもらえるのよ」
それは……、いわゆる「お約束」ってやつで、テレビ局の労働条件とは関係ないんじゃないのかな?
そう言ったら、ナコも賛成した。アヤは納得いかないみたいだったけど。
ナコは、「男性の多い職種を狙おうかと思っている」という。
「職場で結婚相手を探したいわけ?」
アヤがたずねたら、ナコは違うという。
「いろんな求人広告を見ていたら、女性の多い仕事は給料が安くて、男性の多い仕事は給料がいいような気がする。いま、いちおう法律で男女差別はできないようになってるけど、実際にはそれってタテマエでしょ? 女性の多い仕事より男性の多い仕事のほうを給料を高くして、実質的に男女差別を残しているんじゃないかな。だから、女性の多い仕事についたら損だと思うんだ。主婦とかで、因果を含めて安く使える人材がたくさんあるっていうんで、安く使われるんじゃないかな」
それはたしかにそうかも。たしかに、求人広告を見ていて、ちょっと感じた。でも、男性の多い仕事で、べつになりたい職種ってないなあ。そういう仕事はそういう仕事で、職場内で差別されそうな気もするし。
2092年10月1日
きょうは二社に会社訪問した。どちらも社内をちょっと見学して、履歴書を渡してきただけで、試験も面接もしていない。向こうから連絡がきた人だけ、試験や面接を受けられるんだ。
一社は履歴書でまず書類審査をするといった。だから、履歴書を送るだけでもいいんだけど、応募するほうも会社の雰囲気とか知りたいだろうから、会社訪問を受けつけているという。その理屈はわかる。
でも、もう一社は……。
「いいと思う人は見ただけでわかります。そういう人にのみ、面接の連絡をします。連絡がなかった人はあきらめてください」
見ただけでわかるって、容姿で決める気かね? モデルじゃあるまいし。
いっしょに会社訪問したなかに知り合いが何人かいたので、あとでお茶を飲みにいって、その話題が出た。やっぱり、みんな、「むかつく」とか、「見ただけでわかるかい」と言っている。
「条件がいいんで受けにきたけど、じつは、ちょっとやなことを聞いたんだ」
板橋さんが言い出した。
「ここ、コネとか青田刈りとかで、夏休み中にもう採用する人がほぼ決まってるって。半信半疑だったけど、あの言い方聞いてたら、そのとおりなんじゃないかって気がしてきた」
そうかもしれない。そういう会社がよくあるって、聞いたことがある。そう聞くと、よけい腹が立ってくる。みんなもそうみたい。
「腹立つね。それなら、なんでこうやって会社訪問の日を設定してるんだろ?」
「そういうことはおおっぴらにできないからじゃないの? それで、形だけ、この時期に会社訪問をやってるんじゃないの?」
「履歴書を集めるためだったりしてね。求人のどさくさまぎれに履歴書を集める会社、けっこうあるみたいよ」
うーん。ってことは、きょう渡した履歴書、悪用される可能性もあるのかなあ。
きょう三社まわったんだけど、そのうち一社はひどかった。待合室に入ったとたん、アンケート用紙を渡されたんだけど、「実家は持ち家か、借家か?」とか、「持ち家なら築何年か?」とか、「両親の年収は?」とか、「自分かまたは実家に車があるか?」とか、「車をもっている人の場合、それはいつごろ買った車か?」など、就職と関係ない質問がぎっしり並んでいた。プライバシー侵害じゃないの、これ? なんだかあやしい感じがするし。
そう思いながら、答えたけどさ。就職難を思えば、せっかくきたのに帰るふんぎりがつかなかったし、うちは資産家じゃないから、まあ危険はないだろうし。
でも、面接も変だった
先に履歴書とアンケート用紙を渡すようにいわれ、三人ほど先にきていた人の面接が終わるの待ってから部屋に入ったんだけど、面接担当者がソファに寝そべってるんだもの。べつに体の具合が悪いとかじゃなくて、わざとぞんざいな態度をとってるって感じだった。
で、そいつは、わたしの履歴書とアンケート用紙をちらりと見て言った。
「ふーん、おとうさんは公務員? いいよな、公務員は。年収はたいしたことなくても、安定していて。で、持ち家ってのは、一軒家? ローンは残ってるの?」
なんなの、この人? なんで、こう仕事と関係ないことばかり聞きたがるの? 態度といい、質問といい、かなり失礼だし。
「マンションで、ローンも残ってますけど」
しかたなく答えながら、資産家じゃなくてよかったと思った。相続したとか、即金で買った土地付きの豪邸が実家っていうお嬢さまな人なら、危険を感じるんじゃないかな、この会社。
さんざんプライバシーに関するようなことばかり聞き、そいつは言った。
「こっちが聞きたいのはこれで終わりだけど、そちらの質問は?」
志望の動機など、ふつうなら出るような質問はまったく出なかったので、驚いた。
「こちらの事業内容についてお聞きしたいのですが」と、言いかけたら、そいつは手をひらひら振って、「ああ、だめだね」と言った。
「そういうことを聞くようじゃだめだ。不勉強だね」
……って、ふつう、事業内容について、くわしく聞かないか?
「あんた、さっきからムッとした顔をしているね」と、そいつが言う。
「目上の人間にそういう顔を見せるようじゃだめだねえ。うちは礼儀を重んじるからねえ」
礼儀? 人と応対するのに、寝そべって言うセリフか、それ?
「それそれ。そういう顔つきが生意気なんだよ。それじゃ、まず、どこに行っても採用されないね」
「不採用というのでしたら、履歴書とアンケート用紙をお返しください」
そう言って履歴書に手を伸ばしたら、そいつはあわてて履歴書をぱっと引っ込め、パンパンと手を叩いた。女子社員が部屋に入ってくる。
「この人はもう終わったから、退出してもらって、次の人呼んで」
女子社員にそう言うと、そいつは、またこちらに目を向け、手をヒラヒラさせながら言う。
「ああ、あんた、もういいよ。採用か不採用かは後日連絡するから」
そういうと、そいつは起き上がって、わたしの履歴書とアンケート用紙をさっさと書類入れにしまう。
「ちょっと……」と、立ち上がって手を伸ばしたら、そいつは妙に血走った目でこちらをじろりと見上げ、ドスのきいた声ですごむように言った。
「もういいって言ってんだろ!」
暴力に出てこられそうでビクッとすると、すかさず女子社員が抑揚のない声で言う。
「どうぞ。お帰りはあちらです」
恐かったから、履歴書とアンケート用紙はあきらめて外に出た。
この女子社員もなんだか異様だ。感情らしきものがまったくうかがえなくて、まるでロボットのように見える。
ヘンだ、この会社。どうみたって、社員を雇いたいというより、履歴書とアンケート用紙を集めるのが目的のような気がする。
そう思いながら玄関に向かおうとすると、数メートルほど先のトイレから出てきた女性に呼び止められた。
「あのう。……そんなにヘンなのですか、この会社」
紺のスーツで、どう見ても就職の面接にきたって感じだ。順番を待っているあいだにトイレにいきたくなったのだろう。
でも、ヘンな会社と思っているって、どうしてわかったんだろう?
「いや、あの、腹を立ててらっしゃるようですし……。書くようにいわれたあのアンケート用紙も、ちょっとヘンだと思っていたところですし……」
「ああ、そうなんですよね。ほんとうに社員を採用したいのかどうか、あやしい感じで……。面接担当者がソファに寝そべってるんですよね」
思い出したらムカムカしてきた。
と、「ちょっと」と声をかけながら、背後に足音が近づいてきた。ふり向くと、さきほどの女子社員が立っている。
「根も葉もない悪口を言われては困ります」
驚いて、まじまじとその女性を見た。「根も葉もない悪口」って……。あの面接係が寝そべっているところは自分も見ているはずなのに。まるでそんな事実などないかのように、無表情のままきっぱりと言い切ったので、驚いたし、恐くもなった。この人の頭のなかはどうなっているのだろう?
「ご自分が満足に答えられなかったからといって、ほかの面接者に当社の悪口を言うのはどうかと思いますが」
わたしにというより、もうひとりの面接者に聞かせるように、彼女はわたしたちをかわるがわる見ながら、抑揚のない口調でいう。
おいおい。面接の実態を知らずにこのセリフだけ聞いていれば、まるで正論のように聞こえるが……。でも、これが正論じゃないことは、彼女自身がよくわかっているはずだ。セリフを棒読みするような口調からすると、何度もいろんな面接者に同じことを言っているのだろう。
「ご不満のようでしたら、上司のところにご案内します。こちらにお越しください」
『行ってはダメ!』と、頭のなかで声が響いた……ような気がした。もちろん、ほんとうに頭のなかで声が響くはずなんてないから、気のせいだろう。行ってはいけないと強く感じたので、そんな声が聞こえた気がしたのだろう。
ついていったら、ロクなことにならないような気がする。まさかほんとうに身に危険が及ぶようなことはないだろうけど。この会社には関わりにならないほうがいい。ものすご〜く、そんな予感がする。
それで、「もうけっこうです」と言い置いて、急ぎ足で玄関に向かった。
背後でその女子社員とあとに残った面接者のやりとりが聞こえてきた。
「あなたも帰るのですか? ああいう人のことは信用しないほうがいいですよ」
「いえ。……あなたのほうが信用できませんので」
早口にそう答えると、面接者の女性が小走りにあとを追いかけてくる。思わず、足を止めてふり向いた。
彼女は無言で会釈し、いっしょに玄関を出て、無言のまま別れた。