暗い近未来人の日記−就職活動2 |
日記形式の近未来小説です。主人公は大学4年。
あくまでフィクションですから誤解のないように。
ここに書かれた内容は、実在の政府や団体や個人とはいっさい関係ありません。
2003年8月7日修正 |
2092年10月16日
就職の面接でセクハラをする会社があるってのは、話に聞いたことがあったけど、まさか自分が出くわすとはね。
きょう面接にいったのはそんな会社。カジュアルウェアのメーカーで、面接係は中年男と若い男性のふたりなんだけど、その中年男が、「下着を見ればその人の人柄がわかる」とか、わけのわからないことを言い出した。
「きちんとした人柄の人は下着もきちんとしているものだ。きみたちの人柄を知るためにも、いま着ている下着を見せてもらおうか」
そいつはにやにやしながら、いちばん左端にすわっている人のほうを向いて言った。
「まず、きみから見せてもらおうかな」
女子学生ばかり四人の集団面接で、わたしは右から二番目。あいだにひとりはさんで左端にすわっているのは、まじめでおとなしそうな感じの人だ。
「そんなこと、仕事と関係ないじゃないですか」
その人は泣きだしそうな声で、弱々しく抗議した。
「関係なくはないだろ? やっぱりきちんと仕事ができるのは、きちんとした人柄の人だからねえ。いやがるところを見ると、あんた、だらしない下着の着方をしてんじゃないの?」
「そんなことありません」
「じゃあ、見せればいいだろ? 何も恥じることがなければ見せられるはずだ。見せられないってんじゃあ、あんたはだらしない性格だと判断するしかないねえ」
なんつー理屈だ。若い面接係のほうは、またかというような表情をしている。何度もやってんだろうな、この中年男は。
ここはやっぱり、全員で抗議するのが正解だろう。とはいえ、最初にひとり口火を切るのはやりにくい。そう思って、左隣の人をちらっと見たけど、その人は困ったような顔で左端の人をちらちら見ているだけだ。
驚いたことに、左端の人はべそをかきながら上着を脱ぎ、ブラウスのボタンに手をかけた。
おいおい、なんと気の弱い人なんだ。
見ていられなくて、面接係のほうを向いて「ちょっと」と言いかけたとき、右隣でドンと机を叩く音がして、声が上がった。
「いいかげんにしろよな、おっさん」
右端の人がすっくと立ち上がり、いきなりバッと上着を脱いだ。
「そんなに女の下着が見たいってのなら、見せてやろうじゃないか」
そういうなり、彼女はすばやくブラウスのボタンをはずし、威勢よく脱いだ。
あまりのことにぶったまげたが、彼女が着けていたのは、そのまま外にも着ていけるタンクトップ兼用のインナーだった。
ああ、驚いた。でなきゃ、脱がないよな。
「こんな会社はこっちからお断わり。履歴書、返してもらうわよ」
彼女は中年男の前にあった自分の履歴書をさっと取ると、指を一本突き出して、F音ではじまる英語の俗語をひとこと口にし、きびすを返してさっさと出ていった。
うっわー。映画みたい。
若い面接係が、「かっこいい」と小さい声でつぶやき、中年男ににらまれた。
「なんだ、あの女はっ!」と、中年男はわめいた。
「なにが『女の下着』だ? 色気のないものを着おってからに」
「はあ、しかし……」と、若い面接係がおずおずと口をはさんだ。
「あれ、たしか、うちの製品でしたけど」
そういえば、この会社、下着はつくってないけど、タンクトップはつくってたな。
中年男は目を白黒させている。自分の会社の製品、把握していなかったのね。
彼女が先にタンカを切ったときには、先を越されたと思ったけど、さすがにあれはマネできないな。
わたしは、おとなしく履歴書だけ取り戻して退散することにした。いくら不況でも、セクハラする会社なんてお断わりだ。入社してから何をされるかわかったもんじゃない。
部屋を出るとき、あとのふたりのほうをふり向くと、ふたりとも立ち上がるのが見えた。
2092年10月20日
数日前からスパムメールがふえた。知らない会社ばかりだ。たぶん、今までに会社訪問した会社のどれかが、メールアドレスを業者とかに売ってるんだろうな。
いちばんあやしいのは、変なアンケートに答えさせられたあの会社だけど、ほかの会社だってどうだかわからない。友だちと話していても、変な会社とか、いやな会社とか、けっこう多いみたいだし。
セクハラみたいなことを言う会社も珍しくないみたいだし。もちろん、そういうのは禁止だから、訴えたら会社のほうが摘発されるんだけど、訴えた人は、そのあと就職が不利になるんだって。企業は、なんでも泣き寝入りする人材を望んでいるってことらしい。
企業側が開き直って、相手を名誉毀損で訴えたり、むりやり金をにぎらせてからゆすりたかりの類として警察に突き出すこともあるらしい。白を黒にしてしまうような弁護士とか雇っている企業もあるし、法律は企業保護の傾向が強いし。
あの変なアンケートの会社も、「上司のところに」と言われたとき、のこのこついていったら、ゆすりたかりの濡れ衣を着せられたかもしれないな。
それにしても、履歴書とアンケート用紙を取り戻せなかったのが気になる。
そう思ってたら、恐いニュースを見た。一軒家にひとりで住んでいた中年女性が殺されたんだけど、犯人は、大学生の息子さんが就職の面接をした不動産会社の社長だったんだって。つまり、母親がひとり暮らしで、持ち家に住んでるってわかったから、殺して家の権利書を奪い、生前に売買契約をすませていたように見せかけようとしたんだって。
あの会社も、思い出してみると、なんかアブナイなあ。そう思うと心配になってきて、家に電話した。ちょっとした用事もあったし。そしたら、だれも出ない。父親は携帯を持っているけど、かける用なんてないから、番号を控えていないし……。
出かけているだけだと思うけど……。なんだか不安になってきた。
2092年10月21日
きょう、電話をかけなおしたら、母が出た。きのうは、祖母が交通事故に遭ったって連絡を受けて、夫婦ですっとんでいったんだって。祖母の事故ってのは、自転車をよけようとしたはずみですべって転んで、足をねんざしたってだけだったそうだけど。立ち上がれずにいたら、自転車に乗っていた人が驚いて救急車を呼んでくれたんだって。親たちは、交通事故と聞いて、大きな事故かと思って驚いて駆けつけたらしい。
ああ、よかった。祖母のケガが軽かったのもだけど、きのうからのがよけいな心配で。
「もしかして、知らない会社からダイレクトメールとかスパムメールとかきたりしていない?」
念のために聞いてみたら、やっぱり来ていたって。
「郵便できたのは二通だけだけど、電子メールのほうはふえたわね、たしかに」
ああ、やっぱり。履歴書って、実家のメールアドレスも書くようになってるもんね。
「電話もかかってきたわよ。よくあるのと違って、こちらの名前を知っていて、マンションを住み替えませんかっていうの。うちのマンションが築三十年ほどってのも、買ったのが十五年前でローンがまだ半分以上残ってるってのも知ってたけど」
うっわ〜〜。そりゃあ、やっぱり、二週間ほど前にいったあのあやしい会社だ。不動産屋に情報を売ったんだな。
しょうがないので、母親にその会社のことを話した。変なアンケートを書かされたってところだけだけど。
「不況だから、メールアドレスを売るぐらいはしょうがないのかもしれないけど……。そこまで変な会社は、もしも二次選考とか内定とかいってきても、やめといたほうがいいんじゃないの?」
「うん。やめとく」
「ほんと? いくら不況でも、就職先はちゃんと選ぶのよ。給料とかならともかく、あやしい会社はやめとくのよ」
やめますってば。母親は「そこまで変な会社」って言ったけど、それよりもっと変だったもんね、あの会社。メールアドレスを売るんだって、しょうがないとは思わないけどね、わたしは。でも、そっちのほうはこの一社だけじゃないかもね。
なんだって、こう変な会社がいくつもあるんだろ? 給料とか休日とか、もちろん仕事内容なんかでも選ぶつもりはしているけど、それ以前の問題だもんね、これって。