リーズ王女の日記・その3

自作ファンタジー小説「聖玉の王」シリーズの世界が舞台の連載小説3ページ目です。
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 2006年9月16日UP


  329年若葉の月18日

 ラーブのおかあさまが亡くなったという知らせがとどいた。急な病気で、熱を出してたおれてから十日ほどで亡くなったんだそうだ。
「そんな重い病気にかかっていたなんて、ぜんぜん知らなかった」
 ラーブはそういって、悲しむと同時におこっていた。おかあさまが病気でたおれたとき、すぐに知らせてくれなかったことに腹を立てているみたいだ。
 そりゃあ、むりもないけど、でも、ラーブのおかあさまに仕えていた人たちだって、はじめのうちはそんなに重い病気とは思わなかったかもしれないじゃない?
 おかあさまにそういったら、「それはたしかにそうなのだけど」と、ため息をついた。
「でも、おこりでもしなければやりきれない悲しみもあるわ。王となるべき人としては、そんないかりはおさえなければならないのだけど、ラーブはまだ子供だもの。あなたと同じくね。だから、そっとしておいてあげなさい」
 おかあさまはそうおっしゃったけど、おとうさまはきびしい。
 ラーブが「せめてさいごにおかあさまにお別れをいうためにうちに帰りたい」というのを、とうとうおゆるしにならなかったもの。
「もどるまでにまいそうは終わっているから、どうせ会うことはできない。この王宮にきたときから、生みの母とのえんは切れていたと思え」って。
 おとうさまはちょっとひどいと思う。
 でも、おかあさまに「ラーブがかわいそう」っていったら、「ラーブのためですよ」とおっしゃった。
「ラーブのおかあさまが亡くなったのはうつる病気です。ラーブの気持ちはわかるけど、病気がはやっているところにラーブをいかせるわけにはいかないでしょ」
 そうだったの。でも、それなら、おとうさまはラーブにそうおっしゃればいいのに。


  329年先見の月1日

 きょう、サーニアさまが、「いやなよかんがする」とおっしゃった。
「今年は赤い夜空があらわれるかもしれない。まかいの門が開くかもしれない」って。
 じゃあ、戦争になるかもしれないの?


  329年先見の月15日

 このあいだサーニアさまがおっしゃってた 「いやなよかん」ってのがあたったみたい。
 きょう、夕日がとっくにしずんだあとなのに、空がきみょうに赤かったのだ。ゆうやけの色とはちょっとちがう。なんだかぶきみな赤さだった。
 おかあさまや侍女たちはそれを見て、ひめいを上げたり、まっさおになったりしている。


  330年雪どけの月20日

 きょう、おとうさまが騎士団をひきいて出陣していった。
 冬のあいだも、七つの騎士団のうちの二つが、十二の王国でいちばん北のニザロース王国にえんぐんとして出向いていて、ニザロース王国の北の国境で小ぜりあいが起こったりしていたらしい。
 おとうさまは、王宮と都のけいびにあたっていた二つの騎士団をひきいて出発した。残りの三つの騎士団とはとちゅうで合流するらしい。
 まかいの門が閉じるか、まぞくをすべてげきたいするまで、これから毎年、おとうさまたちはこうして戦争にいくんだそうだ。
 で、かんしゃさいのころか、ひょっとすると雪が降り積もって戦争どころではなくなるまで帰ってこない。もちろん、まぞくをげきたいしてしまえば別だけど、それはむずかしいらしいもの。
 雪で身動きがとれないときに、まぞくがニザロース王国にせめこんできたら困るから、そうできないように、夏のあいだにできるだけたたいておかなければならないんだって。
 つまり、これから何年ものあいだ、おとうさまは一年の半分以上も戦争に出かけておるすになるんだ。
 なんだかちょっとさびしい。


  330年感謝の月2日

 おとうさまたちが帰ってきた。
 戦いは人間のがわが優勢だったそうだ。それで、感謝祭にまにあうように帰ってこれたんだって。
 そう聞いて大喜びしてたんだけど、ふと気がつくと、うばやとテイトが目立たないところで泣いている。ラーブがわたしより先に気がついたみたいで、声をかけにくそうにしてじっとみている。
「どうしたの?」
 ラーブにたずねると、「だれか戦いで亡くなったらしい」という返事が返ってきた。
 どちらも小声だったんだけど、わたしたちの話し声に気がついたみたいで、うばやとテイトがふり返った。
「まあ、申しわけございません。お見苦しいところをお見せしまして……」
「ううん。それより、どなたが亡くなったの?」
「わたくしの亡き夫の弟、この子にとってはおじにあたる騎士のグスタフでございます。兄弟そろってまぞくとの戦いで亡くなるというのも、運命なのでしょう」
「兄弟そろって……? じゃあ、うばやのだんなさまも?」
 うばやはうなずいた。
「ひめさまが赤ちゃんのころ、まぞくとの戦いで亡くなりました。まかいの門が閉ざされる少しまえに」
「じゃあ」と、ラーブがいたましそうにいった。
「テイトも父上を亡くしてたんだ。わたしよりも小さいときに」
 テイトはほほえんだ。
「でも、戦争で父親を亡くしたのはわたしだけじゃありませんし、おじが父のかわりに気にかけて、かわいがってくれましたから」
 そういうと、テイトは下を向いた。なみだがゆかに落ちたのがわかった。
 テイトはおとうさまだけでなく、おとうさまがわりだった人まで戦争で失ったのだ。
 ショックだった。みんな、戦いに勝ったってうかれてるけど、戦争では人が死ぬのだ。戦いの喜びのかげで、泣いている人が何人もいるのだ。
 おとうさまはぶじに帰ってきてくださったけど、わたしだって、おとうさまを亡くしたかもしれないのだ。
 そう思うと、戦争がものすごくこわくなった。


  332年若葉の月7日

 こわい熱病がはやっているらしい。ラーブのおかあさまが亡くなったのと同じ病気だ。春にときどきはやる病気なんだって。
 三年前には、病気がはやったのはかぎられた地域だけで、シグトゥーナの都にはほとんど病人は出なかったようだけど、今年は都でもはやっているらしい。
 いやだなあ。戦争のうえに、疫病だなんて。


  332年若葉の月21日

 おかあさまが熱病でたおれた。わたしとラーブは、病気がうつるといけないから、そばに近寄ってはいけないといわれた。
 ラーブは「いやだ」といった。生みのおかあさまが亡くなったと聞かされたときのことを思い出したんだと思う。
 わたしだっていやだ。もしも、このまま、おかあさまが……。
 いやだ。書いていてこわくなってきた。せめて、おとうさまがいてくださったら……。でも、おとうさまは戦争にいったままだ。
 お願い、死の国の女神様。おかあさまを連れていかないで。


  332年花の月8日

 おかあさまが亡くなった。
 それに、はじめて知ったんだけど、看病していたうばやも同じ病気でたおれて、おかあさまよりほんの少し前に亡くなったんだって。
 わたしとラーブとテイトは、三人でよりそい、だきあうようにして泣いた。
 わたしたちはきょう、三人そろっておかあさまを亡くした。ラーブなんて、生みのおかあさまといまのおかあさまと、二人のおかあさまを同じ病気で亡くしたのだ。
 おとうさまは遠い戦場で、いらっしゃらない。おとうさまがおかあさまの死をお知りになるのは、秋になって戻ってきたとき。
 もしも、戻ってこなかったら……。こんなこと考えたくはないけど、もしもおとうさまが戻ってこなかったら、わたしはひとりぼっちになってしまう。
 いえ、ラーブとテイトと三人ぼっち。だきあって泣きながら、世界でわたしたちが三人だけになったような気がした。
 いや、よく考えたら(考えなくても)、三人ぼっちってことはないんだけど。わたしには遠くにだけどおじいさまとおばあさまがいるし、ラーブにはおにいさまがふたりいるし、テイトにはおにいさまと妹がいるし。
 でも、そのだれも、そのときその場にいてくれなかったから……。広い世界に三人だけでとり残されたような気がした。
「ラーブとテイトはずっとそばにいてね。どこにもいかないでね」
 しゃくりあげながらそういうと、ラーブとテイトがうなずいた。それで、二人ともわたしと同じ気持ちなのだとわかった。


「リーズ王女の日記」はここでおしまいです。でも、そのうち続編を書くかもしれません。


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