リーズ王女の日記・その2

自作ファンタジー小説「聖玉の王」シリーズの世界が舞台の連載小説2ページ目です。
シリーズの世界設定を知りたい方はこちら  「聖玉の王」シリーズの設定

トップページ

オリジナル小説館 前のページ 次のページ

 2006年9月1日UP


  328年先見の月1日

 きょう、サーニアさまのところにいく日だった。で、サーニアさまに「先見の月」の意味をはじめて教えてもらった。ラーブは去年にも聞いたらしいんだけど。
 「先見の月」、またの名を「赤い空の月」っていうのは、十何年かに一回ぐらいのわりで、夜空が赤く染まるときがあるからだって。
 どのぐらい赤くて明るいかはそのときによってちがい、ものすごく赤い光が強いときには、ハウカダル島のどこからでも見えるって。
 かなり弱い光のときには、うんと北のニザロース王国あたりではよく見えても、このシグトゥーナあたりではちょっとわかりにくいときもあるらしい。
 でも、たいていはシグトゥーナでも見えるって。
 最後にそれがおこったのは、わたしが生まれる前。十二年たっているから、そろそろいつ起こってもふしぎはないそうだ。
 で、夜空が赤くそまると、しばらくしてハウカダル島の北のはしっこのほうに、「まかい」の門が開くんだって。
 まかいの門は、うんと短いときで三年か四年ほど、長いときでは九年か十年ぐらい開いてる。
 まぞくがやってくるのはその「まかい」からだから、門が開けば戦争がはじまる。赤い空は、それが前もってわかる先ぶれだから、それが起こる月を「先見の月」っていうんだって。
 その空が赤くなるのは、たいていは先見の月のあいだなんだそうだ。
 そういえば、毎年、このじき、おとうさまもおかあさまも心配そうにらした。いままで知らなかったけど、夜空が赤くならないか、心配してらしたんだ。


  328年収穫の月1日

 きょう、じじょのシーラがもうすぐけっこんするって聞いた。じじょたちがおしゃべりしているのが耳に入って、で、くわしく聞いてわかったんだけど……。
 シーラにはこんやくしゃがいて、かんしゃさいの日に、そのこんやくしゃとけっこんするんだって。
「こんやくしゃというのは、けっこんをやくそくした相手のことです」
 シーラはそうせつめいしてくれたけど、それって、どういうこと?
 だって、「けっこん」って、「こい」とかいうものをした相手とするんじゃないの? たしか、そう聞いたわよ?
 で、ラーブはわたしのこんやくしゃだとも聞いたわ。
 どういうこと? わたしは「こい」とかいうものをしていないわよ。
 じじょたちをといつめたら、みんな、「しまった」といいたそうな顔をして、めくばせしたり、ひじでつついて合図したりしてる。
 それで、うばやのところにいって聞いた。
 そうしたら、うばやは、「おとなになればわかりますよ」って。
 なにかおかしい。うばやのことは大好きだけど、なにかわたしにかくしているような気がする。


  328年収穫の月2日

 きのうのじじょたちの話がどうしても気になったので、おかあさまに聞いてみた。
 そうしたら、「ごめんなさいね」って。
 おかあさまにはもう子供が生まれない。わたしに弟が生まれなければ、おとうさまのあとをつぐ王子がいない。
 平和なときなら、わたしが女王になってもやっていけるけど、まぞくとのたたかいがずっとつづいていて、王さまはたたかいにいかなくてはいけないから、それはむずかしい。
 それで、まぞくとのたたかいを終わらせるような、りっぱなあとつぎになってくれそうな男の子をわたしのおむこさんにして、おとうさまのあとをついでほしいんだって。
 それにはラーブがいちばんいいっていうの。
「じゃあ、わたし、『こい』とかいうのをできないの?」
 そう聞いたら、おかあさまは、「もっと大きくなったら、ラーブとこいをするかもしれない」って。
 それに、もしもわたしに弟が生まれておとうさまのあとつぎになったとしても、わたしは王女だから、じゆうに「こい」ってのはできないって。国と国のきずなを強めるためにどこかの国の王子さまとけっこんするか、そういうてきとうな相手がいなければ、うちの国の大きぞくのだれかとけっこんしなければならないって。
 だから、「こい」ってのは、「こんやくしゃ」とするか、けっこんしてからおむこさんとするしかないっていうの。
 そういうものなの?
 なんだかちょっと、なっとくできないんだけど。


  328年収穫の月5日

 このあいだ、おかあさまにいわれたことがどうしてもなっとくできなかったので、それをラーブに話した。
「おかあさまはそうおっしゃったんだけどね。でも、わたし、やっぱり変だと思う。ちょっとひどいと思うの。ラーブ、あなただって、そうでしょ?」
 できるだけくわしく話したあとでそういったら、ラーブの答えはひどかった。
「そんなのどうでもいいよ。わたしは母上のところにかえりたい」
 ものすごく腹が立った。「どうでもいい」ってなによ!
 で、思いっきりほっぺたをひっぱたいてやった。
 ラーブはびっくりしたみたいだった。わたしがどうしておこっているのかわからなかったみたい。それがよけいに腹が立った。


  328年収穫の月12日

 きょうはサーニアさまのところにいく日だった。
 野原で、「こういうやくそうをさがすように」といわれて、さがしはじめたとき、ちょっと思いついてサーニアさまのところに引き返し、おかあさまにいわれたことを話してみた。
 サーニアさまならものしりだから、そうだんにのってくれると思ったのだ。ラーブはやくそうをさがしにいって、そばにいないし。
「それについてはあやまらなければ。もうしわけありません、リーズさま」
 サーニアさまがそうおっしゃって頭を下げたので、おどろいた。
「おうひさまにそうするようにいったのは、わたしなのですじゃ」
 これにはもっとおどろいた。サーニアさまがいいだしたことだったの?
「あれっ? でも、サーニアさまはラーブについてこちらにいらっしゃったんでは? そのまえからおかあさまとお知り合いだったんですか?」
 サーニアさまはうなずいた。
「わたしには未来がみえるときがありましてな。それで、おうひさまに、まぞくとの戦いを終わらせることのできるあとつぎがほしいと相談されたとき、そういうあとつぎをさがす手伝いをしましたのじゃ」
 やっぱりまぞくとの戦いのためなのね。
 でも、正直いって、まぞくとの戦いといわれてもピンとこない。だって、戦いがずっとつづいているとはいっても、まぞくがやってくる「まかい」の門は閉じたり開いたりしているみたいで、わたしがものごころついてからはずっと閉じっぱなしだもの。
 わたしが赤ちゃんのころには開いていて、はげしい戦いがあったってのは聞いたけど。で、またいつ開くかわからないとも聞いたけど。
 でも、なんだかなあ。やっぱりピンとこない。
「いつはじまるかわからない戦いのために、わたしは『こい』とかいうものをあきらめなくちゃならないんですか?」
 そういったら、サーニアさまは、「もうしわけありません」とつぶやいたまま、うつむいてしまった。なんだか、サーニアさまにひどいことをいった気分になってきた。
 でも、わたしが聞いてほしかったのは、この「こんやく」とかのことだけじゃなくて、もうひとつあったんだ。
 で、ラーブがいったことをサーニアさまに話した。
「ラーブってば、ずいぶんいいかげんだと思いませんか?」
 サーニアさまはほほえんだ。
「リーズさまとラーブさまは同じ年とはいえ、男の子より女の子のほうがおとなになるのが早いですからねえ」
 それって、ラーブはわたしより子供だってこと? だからなんにもわかってなくて、あんな言い方したってこと?
 そうだったのかな?


  329年はじまりの月2日

 おとうさまはものすごくラーブにきたいをかけている。
 それはときどき腹が立つんだけど、ラーブがかわいそうになることもある。だって、おとうさまったら、ラーブにすごくきびしいんだもの。
 きょうだって、ラーブがものすごくなやんでいるみたいだから、「どうしたの?」って聞いたら、おとうさまに、「王となる者は、信頼できる者と信じてはならない者を見分けられなければならない」といわれたんだって。
「家臣たちのだれを信じていいのか、だれを信じてはいけないのか、見分けろっておっしゃるんだけど、そんなのむりだよ。見分けようと思って、新年のあいさつにきた人たちをじーっとみつめたりしてみたんだけど、みんな、ふつうにあいさつしているだけのようにしかみえないんだもの。信じられる人かどうかなんて、わからないよ」
「そりゃそうよ。むちゃいうわよね、おとうさまも」
「うん、でも義父上には家臣たちの本心ってのがわかるみたいなんだ。そういうのを読みとれるようにならなくちゃいけないらしいんだ。でも、わたしにはできないんだ」
 ラーブはそういって、しょげている。
 せっかくラーブがこのお城にもかなりなれて、近ごろでは「帰りたい」っていわなくなったのに。うじうじしなくなって、よくわらうようになったのに。
 おとうさまったら。ラーブがまた「帰りたい」っていうようになったら、どうするのよ?


  329年はじまりの月9日

 ラーブは、あれからずっと、人の心を読めないってことでなやんでいる。
 テイトが心配して、「どうしたんです?」とたずねると、ラーブはわたしにいったのと同じ説明をした。
「それで、ラーブさまは? だれもお信じになれませんか? たとえばこのわたしやリーズさまのことも?」
 テイトがラーブの目をのぞきこむようにしてそうたずねると、ラーブはますます考えこんでしまった。
「ちょっと、テイト。よけい考えこんじゃったじゃないの」
 テイトにそういったとき、ラーブが顔を上げた。なんだかうれしそうだった。
「そうじゃないんだ。そういうふうに考えたことがなかったんで、『なんだ、それでよかったのか』って思って、思わず考えこんじゃっただけだよ」
「え、なに? どういうふうに考えたことがなかったって?」
「信頼できるって思っている人を信頼できればいいってことだよ。それほどよく知らない人を目の前にして、信じられる人かどうか見分けるなんてむずかしいけど、信頼している人は信じられるよ。とりあえず、そこからはじめればいいんじゃないかって気がついたんだ」
「よかった」と、テイトがほっとしたようにいった。
「ラーブさまは、この城にこられたばかりのころ、だれにも気をゆるせないようすで、不安そうにしてらしたでしょう。いまでもそのこどくを引きずってらっしゃるんじゃないかと思って、心配になったんです」
 ラーブは首をぶんぶんと横に振った。
「ここにきたばかりのころは、たしかにだれも信じられなくて、ひとりぼっちって感じてた。でも、もうそんなことはないよ。テイトもリーズも信頼できるって感じてる。はじめのころ、だれも信頼できなくて心細かったから、よけいにそれがはっきりわかるんだ」
 そんなふうにいわれると、なんだかちょっと気持ちがいいな。


上へ  次のページへ