黒髪の娘・その4

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「黒髪の娘」目次 1ページ目 前のページ 次のページ

 ソーラは何日も歩きつづけた。
 妹が持たせてくれた干し肉とビスケットはとうに食べ終わり、見つけた茸や果実などを食べて命をつなぎながら、ソーラは旅をつづけた。
 どのぐらい歩いたか、自分でもわからなかった。
 なにしろソーラは、オスロー村周辺より遠くに旅したことはなく、地理がよくわかっていない。そのうえ、人の目を恐れ、街道や村を避けて歩いたので、自分がどのへんを歩いているのか知る手がかりはなかったのだ。
 だが、それでもひたすら北をめざすうちに、いつしか魔族の占領地に近づいていたらしい。
 ソーラが魔族を見つける前に、魔族のほうが彼女を見つけて姿を現わした。ソーラの髪や目よりもさらに深い黒、光を吸いこむような闇を思わせる髪と瞳、尖った耳、想像以上に美しい容姿の三人の若者たちだった。
「何者だ? このあたりの村に住む人間はすでにどこかに立ち去ったあとのようだが?」
 弓矢を手にした若者たちを前に、ソーラは、恐怖よりも先に恥ずかしさを感じた。
 旅のとちゅうで三度ほど水浴びをしたものの、着替えがないため同じ服を着たままで、服は汚れておせじにも清潔とはいえない。しかも、スカートの裾を薮に引っかけたりして、ぼろぼろになってしまっている。こんな美しい若者たちに見せたくない姿だ。
「わたしは人間じゃないの」
 そう言いながら、ソーラは、頭を覆った防寒用のショールを取ろうかどうかためらった。
 髪を洗ったのはもう何日も前だし、櫛を持っていないので、旅に出てからろくにとかしていない。きっとくしゃくしゃになっている。
 そう思ったが、黒い髪を見せなくては魔族の娘とは信じてもらえないだろう。
「わたしは魔族よ」
 ソーラがショールを取って告げると、若者たちは顔を見合わせて苦笑した。
「なにバカを言ってるんだ、こいつ」
「髪と目が黒っぽいだけで、魔族のふりをできるとでも思っているのか?」
「違う! わたしはほんとうに魔族なの。耳が尖っていないのは、かあさんが人間だからよ。でも、とうさんは魔族なの」
「ばかばかしい。魔族の男が人間の女とのあいだに子をもうけたなど、聞いたこともないぞ。そんな作り話を本気にすると思うのか」
 若者のひとりが嘲笑し、もうひとりが考えこみながら言った。
「なるほど、人間どもめ。こんな作り話で人間の娘をわれわれのところに送りこんで、間諜をさせるつもりだな」
「そういうことか。見え透いた手を使いやがる。間諜ならさっさと始末してしまおう」
 若者ふたりがソーラに狙いをつけて弓矢をかまえ、三人目がそれを制した。
「まあ、待て。……おい、娘」
 その若者は仲間たちの前に進み出ながら、ソーラの目をまっすぐに見た。
「おまえが魔族の父と人間の母を持つというなら、両親はどこにいる? いっしょに住んでいるのか? 両親の名は?」
「母の名はヒルダ。スタック村の生まれだけど、いまはオスロー村にいるわ。父の名はわからない。父は旅人で、スタック村で母と一夜をともにして、また旅に出たの。母はわたしを生んだあと、オスロー村に嫁いだけど……」
 ソーラは少し目を伏せてためらってから、ふたたび目を上げて言葉をつづけた。
「義父が魔族との戦争に駆り出されて亡くなってから、母はどこかおかしくなってしまって、わたしを兵士に引き渡そうとした。だから逃げてきたの。人間は、わたしが魔族の娘だからという理由で、殺そうとするのよ。なのに、魔族は、わたしを人間だといって殺そうとするの?」
 怒りのために涙がこみあげてくるのをおさえて、ソーラは魔族の若者をにらみつけた。
 若者はそれには答えず、ソーラのすぐ間近まで歩みより、両肩に手をかけて、重大なことをたずねるような口調で言った。
「おまえの母はおまえの父を愛していたか?」
「愛していたと思うわ」
 けげんに思いながらも、若者の気迫に押されるように、ソーラが答えた。
「わたしがもっと小さかったころには、よく自慢をしていたもの。おまえの実のとうさんはとてもきれいな人だったんだよって。そのときにはすでに義父と結婚していたから、義父のほうを愛していただろうとは思うけど、でも、父のこともきれいな思い出として愛していたと思うわ」
「いまは?」
「憎んでいるわ。かつて愛していたぶんだけ憎んでる」
「そうか」
 若者は顔を伏せた。
「カニガ」と、仲間のひとりがいぶかしげに声をかけた。
「何を言ってるんだ? さっさとそいつを始末しようぜ」
「だめだ!」
 カニガと呼ばれた若者は、ソーラを背後にかばうようにして仲間たちに向きなおった。
「おれの娘なんだ!」
 彼の言葉に、仲間たちもソーラも意表をつかれて驚いた。むろん、だれも本気にはしていない。
「なにばかなこと言い出すんだ、おまえ」
「あなたがとうさんのはずないでしょ。どう見たって二十代じゃないの?」
 ソーラがそう言うと、意外にも魔族ふたりはあきれたような視線をソーラに向けた。
「なんだ、そいつ。魔族が父親だとか言って、魔族のことを何も知らないんじゃないか」
 そう言われてソーラは、子供のころに聞いた話を思い出した。たしか、魔族は人間よりずっと寿命が長く、歳をとるのも遅いという話だった。
「きみが生まれたころ」と、カニガがソーラをふり向いて説明した。
「おれは、人間の年齢でいえば二十歳を少し過ぎたぐらいの歳だった。きみの父親でもふしぎはないだろう?」
「そりゃあ、そのぐらいの年になっていたのなら……。ほんとにとうさんなの?」
「ああ」
 なんとなく父親というと、亡くなった義父ぐらいの年齢の壮年の男を想像していたので、ソーラはとまどった。それでも、混乱しながらもひとたび事実として受け入れると、こうしてかばってくれるのがうれしくなってきた。
「とうさんはかあさんみたいにわたしを憎んだりしないわよね?」
「もちろん」
「おいおい」とカニガの仲間たちが口をはさんだ。
「おまえ、ほんとうにその娘の母親と寝たのか?」
「ああ」
「だとしてもおまえの娘とはかぎらんだろ? 魔族と人間のあいだに子供ができたなんて聞いたことがないぞ」
「魔族と人間の恋だって聞いたことがなかっただろう?」
 カニガがやり返した。
「おれだって、彼女に会うまで、魔族と人間のあいだに恋愛が成立するなんて知らなかったんだ」
「種族が違うんだぞ! 抵抗はなかったのか?おぞましさは? 恐れは?」
「おぞましくなんかなかった。だが、恐れはあった。寿命が決定的に違うのが恐かった。だから逃げたんだ、彼女から」
「だとしても、その娘がたしかにおまえの子だという証拠はない。人間の間諜ではないという証拠もな」
「おれの子だ。おれがそう確信してるんだ」
 仲間たちはちらっと顔を見合わせてため息をついた。
「そんなに言うなら連れてくるといい。だけど、みんなきっと殺せと言うと思うぞ」
 カニガは少しためらってから、ソーラをふり向いた。
「たしかに仲間たちのところにおまえを連れていけば、殺せと言われるかもしれない。人間のところに戻ったほうがまだしも安全だ」
「いやよ! 人間のところに戻れば、確実に殺されるわ」
「おまえの耳は人間の耳だし、黒髪の者なら人間にもいる。おまえの父のことを知らなくて、黒い髪の者もいる村にいけば、おまえを魔族の娘だと疑う者はいないだろう」
「カニガ」と、仲間のひとりが声をかけた。
「それ以前の問題としてだな。おれたちの姿を見たその娘を人間のところに帰すわけにはいかん。おまえがその娘を生きたまま自由にするなら、おれたちがその娘を殺す」
「そんなことはさせない! それならこの子をみんなのところに連れていく。連れていって、おれの娘として認めてくれるよう説得する。それがだめでも、おれたちと会った記憶を消して帰せばいいんだから」
 記憶を消されるなんていやだと、ソーラは思った。予想と全然違っていたが、ともかく父親に会えたのだし、父は自分をかばってくれたのだ。それを忘れたくはない。
 とはいっても、ここで反論してもしかたがないことはわかっていたので、ソーラは抗議の言葉を飲みこんだ。
 父だというカニガとともに彼らの仲間のところにいくしか、選択の余地はなかった。


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