400字換算で70枚ていどのファンタジー小説の最終ページです。
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「わかったわ。わたしはここに残る」
ソーラがきっぱりと答えた。
「魔族のところに戻ったら、わたしは殺されるんだもの。ここで、人間として生きることに賭けてみる」
人間の社会では生きていけないと思って郷里を出たが、ちゃんと人間だと認めてもらえるのなら、ここで生きていける。
カニガのことは心配だったが、イルマと出会ったことで過去の悔恨はふっ切れたようだから、自分がいっしょでなければ、彼は魔族の仲間たちのところに戻って、やっていけるだろう。
彼と別れるのをつらいと思う気持ちはあったが、世界に背を向けて、たったふたりだけでずっと隠れて生きていくのは不自然すぎる。まして、人間の自分と魔族のカニガとでは、寿命が決定的に違うのだ。
カニガだって、そんな選択をしたいとは思わないだろう。
彼に、ソーラとともに暮らしたいという気持ちがあったとしても、ソーラの寿命が尽きれば、ひとりぼっちで残されてしまう。そんな選択を選ぶとは思えない。
はたして、ソーラの言葉に、カニガはうなずいた。
「そうだね。それがいいだろう」
そう言ったカニガの表情が淋しげに見えたのは気のせいだろうか。
カニガが去ったあと、ソーラは泣いた。泣くつもりなどなかったのだが、涙があふれて止まらなかった。イルマもまた泣いており、ソーラは、彼女の名がほんとうはイルマではないと確信した。
ソーラは「イルマ」ことヒルダの隣の小屋を借りて住むこととなり、数日後、ヒルダが麓の村に降りるときに同行して、村人たちに紹介された。
村人たちはソーラの黒髪をたいして気にしなかった。
数年後、ソーラは村の若者のひとりと結婚し、やがて娘がふたり生まれた。娘たちもまた黒髪だった。ありふれているが、平穏で幸せな家庭だった。
だが、その幸福は長くは続かなかった。
下の娘がまだおなかにいるころから、夫は春がくるたびに魔族との戦いに狩りだされるようになり、三度目の出征のあと、ついに戻ってこなかったのだ。
ソーラははじめて魔族を憎んだ。あれほど理解できないと思った母の気持ちが初めてわかるような気もした。だからといって、母の変心を理不尽と思う気持ちが消えたわけではなく、憎悪が娘に向けられることもなかったが。
ソーラだけでなく、村の何人もの女たちが夫を亡くしたが、嘆いてばかりはいられなかった。魔族の軍が村に迫り、脱出を迫られたからだ。
ソーラは娘たちを連れて、村人たちとともに村をあとにし、南をまざした。
逃げる途中で上の娘は足を滑らせ、急斜面を転がり落ちていった。
もしもソーラがそのときまだ二歳の娘を腕に抱えていたのでなければ、自分も斜面を降りて娘を捜しただろう。
だが、赤子を抱いていればそれもままならず、いっしょに逃げていた村人たちは赤子を預かってやろうとはしなかった。そんな余裕はなかったし、子どもを助けようとすれば、ソーラも死ぬだけだとよくわかっていたのである。
「ばかなことはよせ! あの子のことはあきらめるんだ」
「あの子ひとりなら魔族に見つからずにすむかもしれん。助けにいったらふたりとも殺されるぞ」
村人の何人かが口々にそう言ってソーラを引っ張った。
そう言われて納得できようはずはなかったが、かといって、腕の中の子を放り出すわけにもいかぬ。
ソーラは不本意ながら、村人たちに引きずられるようにして避難した。
娘のことはあきらめるしかない……と思っていたのだが、その夜、娘は、ソーラのもとに戻ってきた。
喜びの涙にむせびながら抱きしめたソーラの腕のなかで、娘は説明した。
「わたしやかあさんよりもっと黒い髪で、耳の尖ったきれいな男の人が助けてくれたの。谷川に水を汲みにいこうとして、わたしを見つけたって言ってた。それで、この近くまで送ってくれたの」
それはカニガではないかと、ソーラは思った。
「その人、かあさんのことを知っているみたいだった。『もしかして、ソーラの娘か』って聞かれたもの」
娘の言葉で、ソーラの想像は確信に変わった。
娘が出会ったのがカニガだったのは幸運だった。他の魔族なら、娘は殺されていただろう。
「とてもきれいな人だった。人間じゃないみたいに見えたけど、あの人は何だったのかしら」
魔族だと説明しても、娘はなかなか信じなかった。
「魔族って、とうさんを殺したり、村を襲ったりした悪いやつらなんでしょ? あの人は違ったよ。やさしくて、いい人だったよ」
「魔族にもいろんな人がいるのよ。人間にもいろんな人がいるのと同じように」
「いい人と悪い人がいるの」
「そうよ。……いえ、たぶん、いい人と悪い人がいるって問題じゃないわね。偏見や憎しみに囚われている人と、囚われていない人がいるのよ」
独り言のように、幼い子どもには難しすぎる言葉をソーラはつぶやいた。自分も危うく、偏見と憎しみに囚われるところだったと思いながら。
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