人と魔のツァラネイン・その2

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     2 求婚者たち

 アオラとサオラは、そのあと、森に入らないようにと両親にかたく言いわたされたが、いちどとして守らなかった。
 野苺摘みだの薬草摘みだの、理由をつけては姉妹で野原に出かけ、両親に内緒で森に入った。
 最初に魔物と出会ったあたりで「魔物さん」と呼ぶと、いつも魔物はどこからか現われて、姉妹を歓迎してくれた。ときには、呼ぶ前に、魔物のほうから姉妹のまえに現われることもあった。
 魔物はほとんど年をとらなかったけれども、姉妹は歳月とともに背が伸び、体が丸みを帯び、子供から乙女へと成長していった。
 姉妹は村でも評判の美しい乙女たちであったので、多くの若者たちが姉妹のいずれかに恋をささやき、あるいは求婚した。
 だが、アオラもサオラも、求愛する若者たちのいずれにも惹かれはしなかった。若者たちのいずれも、森の《魔物さん》の美しさには足下にも及ばず、話してもさほど楽しくはなく、ともに過ごしたいとも思わなかったのだ。
 すげなくしてもあきらめない求婚者がいれば、アオラはこうたずねた。
「あなたはわたしを美しいと言うけれど、サオラも同じ顔をしているのよ。なのに、どうしてわたしにだけ求婚するの」
 すると、求婚者たちは、たいてい同じような返事をした。
「きみとサオラは違う。ぼくが愛しているのはきみだけだ」
「わたしとサオラは本来ひとりの人間として生まれたはず。そうして、いまだに、完全にふたりには分かたれていないのよ。だから、わたしをほんとうに愛しているというなら、サオラをも同じだけ愛しているはずだけど」
「ぼくはそんなに不実じゃない。きみだけを愛しているんだ」
「ならば、あなたはわたしを理解していない」
 サオラもまた、しつこい求婚者に同じようなことを言い、求婚者たちは同じような答えをした。
 アオラもサオラも、求婚者たちの言葉を本気にしていなかった。
「わたしたちのひとりだけを愛しているなんて嘘。わたしたちのことをわかっていないのに、一方だけを愛することなどできるはずがないわ」
「確かめるのはかんたんよ。わたしたちが入れ替わってみればいい。わたしたちのひとりだけを愛しているのなら、かんたんに見分けられるでしょうよ」
 そこで、試しにアオラがサオラのふりをし、サオラがアオラのふりをしてみれば、若者たちのだれひとりとして見抜くことができなかった。 「わたしはアオラよ」と、アオラは、サオラと信じて求愛してきた若者に言い放った。
「あなたがわたしたちを見分けられるかどうか、試してみたの。あなたは見分けられなかった。つまり、あなたはサオラひとりを愛しているわけではないし、サオラのことをわかってもいない。ただ、わたしたちの容姿を気に入っていて、でもわたしたちはふたりいるのに自分はひとりしかいないから、どちらかを選ばなければならないと思い、サオラを選んだだけよ」
 厳然たる事実を突きつけられて、サオラの求婚者たちは引き下がるしかなかった。
 アオラの求婚者たちもまた、アオラと入れ替わったサオラから同じ指摘をされて引き下がった。
 彼ら人間の男たちに対して、《魔物さん》だけは、アオラとサオラをたやすく見分けた。それでいて、姉妹がふたりでひとりであること、ふたりの人間として育ちながら完全にふたりに分かたれておらぬことを理解し、ふたりを等しく愛した。
 妖精とも神とも呼ばれたことのある《魔物さん》と人間の若者とでは、もとより比較にならぬ。比較するのは酷だろう。
 アオラとサオラもそれはわかっていたので、求婚者たちの無理解にべつだん失望も軽蔑も感じなかったが、かといって、親しくなりたいとも思わなかったし、恋のときめきも感じなかった。
 姉妹の男たちに向ける冷淡さを、父親は貞操堅固だと喜んだが、母親はいい顔をしなかった。
 娘たちは高望みしすぎるのではないか。でなくば、姉妹の絆が強すぎて、恋や結婚を考える余地が生まれないのではないか。あるいは、まさかとは思うが、すでに恋人がいるのではないか。それも、親や村人たちに隠さねばならぬような恋人が。
 いずれも何の確証もない心配だったけれど、母親は娘たちの態度になんとなく不安を覚えていた。
 娘たちが糸つむぎや機織りを嫌い、いつもふたりで薬草摘みや野苺摘みに出かけてゆくことも、母親の不安をあおった。
 それゆえ、姉妹が十八になってまもなく、農家の娘としては好条件の縁談がふたつ相次いで持ちこまれたとき、母親は一も二もなく賛成し
 縁談の起こりは、リリカ村を治める領主の若君が、都の学問所で親しくなった学友たちを村の館に招いたことにあった。訪れた学友たちのふたりが、村の美しいふたごの姉妹を見初めたのである。
「そっくりの美しいふたごの姉妹のうち、のどの渇いたわたしに泉の水をくれた娘と結婚したい」
 そう望んだのは、都の公爵に仕える騎士の息子だった。館の若君と同じく、小さいながらも村ひとつの荘園を持つ小領主の若君で、自身も騎士見習いとして公爵のもとに仕える身である。末端とはいえ騎士階級に連なる家柄に嫁ぐのは、農家の娘としては破格の名誉といえる。
 この若君に望まれたのはアオラだった。
 姉妹で泉に水汲みにいって帰るとちゅう、見知らぬ若君に水を所望されたとき、たまたまアオラが彼に近い位置にいたのである。
「そっくりの愛らしいふたごのうち、館への道を教えてくれた娘を嫁にほしい」
 そう望んだのは、都の富裕な商人の息子だった。父親は東方や南方の国々の珍しい品を売って財を成し、本人もまた、商才に恵まれた有望な跡取りだという。
 彼に望まれたのはサオラだった。
 姉妹で森に行くとちゅう、馬車に乗った見知らぬ若者に村への道を聞かれたとき、たまたま彼の馬車に近い位置にいたのはサオラだったのだ。
 ひとりがアオラ、もうひとりがサオラを望んだのは、ふたりの友情のために幸運なことだと、どちらの若者も考えた。だが、そのじつ、どちらの若者にも姉妹の区別がついてはいなかった。
 この話は、ふたごの母親からみて、二度とは望めない良縁だった。
 どちらの話もまたとない玉の輿に加えて、相手からぜひにと望まれての縁組である。できれば娘たちには婿をとるか、でなくば同じ村の若者に嫁がせたいと望んでいた父親でさえ、良縁と喜んだ。
   だが、アオラとサオラにとって、この縁談は降ってわいた災難だった。
 ふたりとも、いちど会ったきりの若者の印象は薄く、どちらかといえば見目よい若者だったような覚えはあるものの、それほどはっきり覚えていない。むろん、《魔物さん》の美しさには比べるべくもなく、《魔物さん》のように心を通わせあったわけでもない。
 見知らぬ人同然の相手に嫁ぐのには抵抗があるし、結婚して都に住むようになって《魔物さん》に会えなくなるのはつらい。
「わたしはその若さまのことをよく覚えていないのよ。出会ったときにまったくときめかなかった人と結婚して、愛せるようになるとも幸せになれるとも思えない。
 両親にそう言って、縁組を断わってほしいと泣いて頼んだが、耳を傾けてはもらえない。両親は、娘たちがいやがるのは一時の感傷に過ぎず、玉の輿に乗るのが娘の幸福と頭から信じこんでいたし、仲立ちをした領主のきげんを損ねることを恐れてもいたのである


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