2002年10月16日UP
773年11月15日 2002年7月25日UP 8月26日修正
きょう、かあさまと畑仕事をしていたら、わたしと同じぐらいの年の男の子と女の子が、ケガをした男の人を連れてやってきた。盗賊にでもやられたのかな? この村の周辺はわりと安全だけど、よそはそうじゃないから。
女の子は「父を助けてください」って泣きながら言ったけど、男の子のほうは、なんだか落ち着いて見える。
「彼の手当をお願いしたい。代価はこの剣で」
それは、見たこともない風変わりな剣だった。
「その剣はどうしたのです?」
かあさまがたずねると、「母の形見だ」という答えが返ってきた。
「ならば大切になさい。それはいりません。ついていらっしゃい」
かあさまがそう言うと、女の子はぱっと顔が明るくなって「ありがとうございます」と言ったけど、男の子は疑っているみたいだった。なんだか疑い深い子みたいだ。態度もちょっと横柄だし。
でも、そういえば、とうさまと旅をしながら暮らしていた小さいころ、わたしが熱を出したとき、とうさまは、近くの村にいって、この男の子と同じように、「金は払う」と言っていたような気がする。そうやって助けてもらっても、その家の人に気を許していないみたいだった。
とうさまは何か秘密を持っていたみたいだけど、この子たちもそうなんだろうか?
でも、その男の子は、警戒しながらもわたしたちについてきた。ケガをした人の治療が先だと判断したんだろう。
とちゅうで村の人たち何人かに出会って、かあさまがこのことを人に話さないように、とくに村の外の人には話さないようにと口止めしたら、男の子はますます警戒していた。
「ぼくはルー・ファリス。彼女はリーナで、彼はマクニール。盗賊団に襲われたのです」
男の子はそう説明したけど、少なくとも名前はウソだと思う。女の子は彼のことを「リーフさま」と呼んでいたし、男の子は彼女のことを「ナンナ」と呼んでいたもの。それに、ケガをした人のことを、自称ルー・ファリスは「フィン」と呼んでいた。
かあさまにそう言ったら、「事情があるのでしょう」という答えが返ってきた。
「彼らが自分から言い出すまで、よけいな詮索はよしましょう。見たところ、あなたと同じぐらいの年なのに、よほど苦労したんだろうね。ケガ人のことが心配でたまらないのを抑えて落ち着いた態度をとっているところとか、『お金を払います』という言い方をするあたりをみるとね。……わたしにも、むかし、よく似たことがあったような気がするんだよ」
「ええ。でも、あの子たちが村の人たちにも偽名を名乗って、で、自分たちは本名で呼び合ってたら、まずくないですか?」
そう聞いたら、かあさまはちょっと考えてから言った。
「そうだね。そりゃ、まずいね。まあ、いまのところ、ふたりともあのケガをした人につきっきりだから、心配はいらないだろ。そのうち、それとなく注意しておこう」
まあ、そうね。あの人が回復するまでは、あの子たちも心配でそれどころじゃないよね。
773年11月17日 2002年8月26日UP
マクニールさんまたはフィンさんが目を覚ました。気がつくなり、わたしとかあさまを見て妙なことを言った。
「ブリギットさん? それにきみは、アイラさんによく似ているが……。ひょっとしてラクチェか? イザークにいると思っていたが、ブリギットさんに育てられていたのか?」
なんだかいやな感じがした。この人は、ひょっとして、かあさまの過去を知っているんだろうか?
でも、人違いかもしれない。だって、わたしのことをラクチェとかいう子とまちがえているもの。わたしは、ものごころついたときからマリータだった。ラクチェなんて名前だったことはない。だから、かあさまのことも人違いだろう、きっと。
かあさまもそう思ったらしく、こう説明した。
「わたしはこのフィアナ村の領主エーヴェルです。これはわたしの娘マリータ。あなたは人違いをしておられます」
「……そうですか。申しわけありません。人違いなのですね」
マクニールさんは、がっかりしたようだった。
773年11月18日 2002年8月26日UP
マクニールさんの具合はだいぶんよくなった。きのうまでまだ熱があったんだけど、けさはもう、熱がすっかり下がったみたいだ。でも、傷が治るにはもうしばらくかかる。フィンさんは起きあがろうとしたんだけど、かあさまに止められた。
「いま動きまわると、傷がまた開いてしまいます。数日は安静にしてください」
それで、マクニールさんはまたベッドに入り、きのうのことをあやまった。
「きのう熱にうなされて、なにか妙なことを口走ったそうですね。お恥ずかしい。失礼いたしました」
なんだ。きのう言ってたのは、やっぱり熱があったからなんだ。知り合いの夢でも見てたのかな? あれっ? ……ってことは、この人、ひょっとして、アイラさまと知り合いなの? だったら、アイラさまの話を聞きたいなあ。でも、名前まで隠しているのに、そういうことを聞いたらまずいかな。
773年11月21日 2002年10月16日UP
村に感じの悪い兵隊たちがやってきた。よろいからすると、グランベルの兵士たちのようだ。マンスターに駐屯している兵隊だろう。
「この村の村長はどこだ?」
そう叫んでるのが聞こえてきたから、「かあさまに何か用ですか?」とたずねたら、鼻でフンと笑った。
「なんだ。女の村長か? おい、娘、母親のところに案内しろ」
ずいぶん失礼な言い方じゃない? こっちはていねいにたずねているのに。むかっとしたから、案内せずに、「用件は何ですか?」と聞き返してやった。兵隊たちが怒りだして、もめていると、村人のだれかが呼んできたみたいで、かあさまがやってきた。
「わたしに何かご用ですか?」
かあさまが声をかけたら、兵隊のひとりがかあさまにからんだ。
「ずいぶん生意気な娘だな。どういうしつけをしてるんだ?」
「あなたのようにならないしつけです」
「なんだとっ!」
その兵隊が剣を抜き、そばにいた別の兵隊があわてて止めた。
「ばかっ! やめとけ! この女、あのうわさのエーヴェルじゃないのか? 紫竜山になぐりこみをかけて、ほとんどひとりで山賊どもを根こそぎ平伏させたとかいう、あの……」
かあさまの強さはずいぶん有名らしい。剣を抜いた兵士は青くなって、汗をかいている。
「で? ご用件は何ですか?」
かあさまが落ち着きはらってたずねると、剣を抜いた兵士は、赤くなったり青くなったりして、「うーっ」とかうなりながら、剣をおさめた。
別のひとりが手配書をかあさまに差し出した。横からのぞきこんで見ると、へたくそな絵だけど、どうやらルー・ファリスたちのようだ。ルー・ファリスは「レンスター王国のリーフ王子」、マクニールさんは「騎士のフィン」、リーナは「フィンの娘のナンナ」となっている。
「この者たちを知っているか?」
兵士に聞かれて、かあさまは顔色ひとつ変えずに答えた。
「リーフ王子の名を知っているかというなら、知っていますよ。有名人ですから」
「このへんで見かけたことはないかと聞いているんだ」
「ありませんね」
「ほんとうだろうな。隠すとためにならんぞ。見つけしだい、すぐに届けろよ」
捨てぜりふのほうにそう言い残して、兵士たちは去っていった。えらそうにしていたけど、かあさまに向かって突きつけた指先がふるえていたから、かあさまが恐いんだろう。
兵隊たちが帰ったあと、かあさまはルー・ファリス、いえリーフ様たちのところに行って、兵士たちのことを話した。
「素性を隠していて申しわけない。できるだけ早く、ここを去ります」
いつか素性がバレるとわかっていたのか、リーフ様は落ち着きはらっている。
「とんでもない」と、かあさまが言った。
「当分、あの兵士たちは、このあたりをうろついているでしょう。館をお出になってはなりません。村人たちも口をつぐみます。信用なさってください」
「しかし……。アルスターもターラも、わたしをかくまったばかりに帝国に攻撃されました。何の関係もないあなたがたにご迷惑をかけられません」
「そうですね。アルスター王家やターラの市長と違って、わたしもこのフィアナ村も、レンスター王家とは何の関係もありません。ですから、アルスターやターラと違って、グランベルに目をつけられる危険性は少ない。あなたの心配は無用です。それに、アルスターやターラが帝国に征服されたのは、あなたをかくまったためだけではありません。豊かな国と豊かな都市ですからね。帝国はそれらを領土とすることを欲したのです。もしも帝国がこのフィアナ村を攻めてくることがあるとすれば、それは、ここを征服して子どもたちを奪うためでしょうよ」
そうなのだ。最近になってだけど、帝国は子ども狩りをはじめた。いつ、子どもたちを求めてこの村にやってくるかわからない。
「この村の子どもたちが狙われれば、わたしたちは戦わなければなりません。それは、あなたがいようといまいと同じことです」
「くそっ、子ども狩りなんて……。いつか……いつか、きっと、やめさせてやる」
「そうお思いなら、なおさらこの村にひそんで、そのときがくるまで生きのびてください」
かあさまに言われて、リーフ様たち三人は、ずっとこの村にいることになった。