マリータの日記−平和と戦争のあいだに

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 2003年4月11日UP


  774年2月27日  2003年2月27日UP

 リーフさまやナンナさまと剣のけいこをしていたら、タニアが遊びにきた。そうしたら、リーフさまはタニアに弓を教えてほしいといいだした。
「いいけど。あたしよりエーヴェルさんのほうがうまいよ」
 タニアに言われて、リーフさまもナンナさまも驚いていた。わたし、かあさまが弓もできるって、話してなかったしね。
 それにしても、リーフさま、剣だけでなく、フィンさまに槍も教わっているのに、弓の練習までしてどうするんだろう?
 ふしぎに思って質問したら、「マスターナイトをめざしている」って答えが返ってきた。
 マスターナイトって、たしか、剣、槍、弓、炎魔法、雷魔法、風魔法の少なくともどれかひとつが一流、ほかも全部実用に使えるていどにはできないといけないんじゃなかったっけ。
「あんた、すごいのをめざしているんだね」と、タニアも感心していた。
「マスターナイトって、今までになった人、とても少ないんだろ? たしか、王族で、しかもなぜか幼いときに両親を亡くした人ばかりって聞いたけど?」
 あ、まずい。タニアには、リーフさまがレンスターのリーフ王子ってこと、内緒だったんだ。タニアは信頼できる子だけど、知っている人はできるだけ少ないほうがいいから。
 内心どきっとしたけど、リーフさまはさらりと答えた。
「そういう決まりがあるわけじゃない。王家に遠慮して、王族以外でマスターナイトをめざす人がいなかっただけだ」
「へえ。あんたは王家に遠慮しないんだ」
「遠慮する必要はないと思う。タニアだって、マリータだって、マスターナイトをめざしてもいいんだ」
 どうやら、リーフさまは本気でそう思っているようだ。だからこそ、自分が王族だということを隠しているのに、マスターナイトになりたいなんて言ったんだ。
「いやだよ」と、タニアが答えた。
「あたしは弓一本でやっていく。スナイパーをめざすんだ」
 あれっ、それじゃあ、マーティさんとハルヴァンの賭けはマーティさんの負けだな。このあいだマーティさんがきたとき、ハルヴァンと賭けをしてたんだ。タニアがめざす上級クラスは、マーティさんがウォーリア、ハルヴァンがスナイパーに賭けていたもの。
 その話をタニアにすると、タニアは顔をしかめた。
「マーティは、あたしがスナイパーになりたがってるのを知ってるのに、親父に押し切られてウォーリアをめざすと思ってるんだ。あたしはやだよ、ウォーリアなんて。だいいち、あれはふつう、斧から入るんだ。弓から入っちゃ悪いってわけじゃないけどさ。弓をやるならスナイパーだ」
 そりゃまあ、そうよね。タニアのウォーリアってのは想像もつかない。そもそも、女性でウォーリアになった人って、いないんじゃないのかな。
「あんたはどうなのさ。ソードマスターかい? マシーナリーかい?」
 タニアに聞かれて、「ソードマスターよ」と即答した。とうさまはマシーナリーだったけど、わたしはかあさまみたいなソードマスターになりたい。
「ふたつの武器を使うより、剣をとことんきわめたいの」
「そういうやりかたのほうが、ほんとうはいいのかもしれない」と、リーフさまが言った。
「剣だけでもまだまだ弱くて、マリータに五回に四回は負けている。なのに、あらゆる武器を使えるようになろうなんて、無茶かもしれない。……と、じつはときどき思うんだ。マスターナイトをめざす人がめったにいないのも、どの武器も中途半端になってしまいやすいからではないかともね」
「それでも、マスターナイトになりたいんだ?」
 タニアにたずねられて、リーフさまは「うん」とうなずいた。
「あんたも?」
 タニアがナンナさまのほうを見てたずねた。ナンナさまがちょっと迷って「いいえ」と答えると、リーフさまが「えっ?」と驚いた。
「どうして? 以前はマスターナイトになりたいって言ってたのに」
「ええ。でも、そう言ったすぐあとで、おとうさまが死にそうな目にあって……。マスターナイトになる人は両親を早くに亡くした人ばかりだって言い伝えがあったのに、マスターナイトになりたいなんて願ったから……」
「迷信だよ、そんなの」
 リーフさまが言ったけど、ナンナさまは首をふった。
「でも、あのとき神さまに誓ったんです。『もうマスターナイトになりたいなんて言いません。だからおとうさまを助けてください』って。その誓いを破るのは恐いから、マスターナイトはめざしません。それより、治癒魔法をもっとちゃんと使えるようになりたい。あのときだって、わたし、ライブの杖をもっていたのに、おとうさまの傷をちゃんと治せなかったのですもの」
「ふーん、みんないろいろあるんだね」
 タニアがそう言って、ぽんと手を打った。
「あっ、ひょっとして、エーヴェルさんもマスターナイトだったんじゃないの? 剣も弓も使えるクラスなんて、ほかにないだろ?」
「それはないと思う」とリーフさまが答えた。
「ラケシスの前は三十年ほどマスターナイトはひとりもいなくて、ラケシスのあとマスターナイトになった人はいないはずだ」
 リーフさまの言い方を聞いていると、ラケシスさまをとても尊敬しているのがわかる。そりゃあ、そうよね。なんといってもマスターナイトだもの。
「ラケシス? むかしシグルド軍に加わっていたっていうラケシス王女かい? あんた、いいとこのおぼっちゃんぽいのに、けっこう態度のでかいやつだね。王女を呼び捨てにするなんてさ」
 タニアに言われて、リーフさまはあせった顔をした。うっかり口をすべらせたらしい。わたしもひやっとしたけど、タニアはそれほど気に止めなかったようだ。
「ラケシス王女のファンなのかい? ずいぶん思い入れがありそうな言い方だけど」
「うん。小さいころに会ったことがあるんだ。うんと小さいころだったから、顔とかはもう覚えていないんだけど、きれいで、やさしくて、母上が生きておられたらこんな感じかなと思ったのは覚えている。で、マスターナイトをめざしなさいって、言ってくれたんだ」
「あきれた。ミーハーなやつだね、あんた。それがマスターナイトになりたい理由なのかい?」
「いや、それだけが理由ってわけじゃないけど」
 リーフさまはそう言ったけど、タニアは疑わしそうだった。


  774年7月25日   2003年4月11日UP

 もう、とうさまの顔はほとんど覚えていない。たとえどこかですれ違っても、お互いに気づかずに通り過ぎてしまうだろう。そして、いまのわたしにはかあさまがいる。淋しくはない……はずなのに、毎年、この時期になると、とうさまとはぐれたときのことを思い出して切なくなる。
 たぶん、それでだろう。ナンナさまがフィンさまと楽しそうに話しているのを見ると、ムカムカしてきて、八つ当りしてしまった。「ナンナさまは、いつもおとうさまにベタベタして、甘えっ子なのですね」って。
 そうしたら、「マリータにいわれたくありません」って返事が返ってきた。
「わたしはリーフさまやおとうさまを支えなければいけないんです。マリータみたいに、おかあさまにベタベタ甘えるだけの人に、甘えっ子なんていわれたくありません」
 ムカッとして口ゲンカになってしまった。そりゃあ、最初にケンカを売ったのはわたしなんだけど……。八つ当りしたのは悪かったけど……。でも、あの言い方はムカついたから、夕食のときも、ナンナさまと口をきかなかった。ナンナさまのほうも意地になったみたいで、ツンとして、こちらを見ようともしなかった。


  774年7月27日  2003年4月11日UP

 ナンナさまとずっと口をきいていない。リーフさまが取りなそうとしてくれるので、「悪いな」とは思うんだけど、あやまる気にはなれない。 


  774年7月28日  2003年4月11日UP

 タニアが遊びにきた。タニアと話していると、リーフさまとナンナさまも出てきたが、ナンナさまは、わたしを見るとプイと顔を背けて立ち去ろうとする。
「いいかげんにしろよ、ふたりとも」
 リーフさまがとうとう怒りだした。
「なんだい。ケンカしているのかい?」
 タニアに聞かれて、リーフさまがちょっとムカッとする説明をした。
「リーナはマリータに母上がいるのがうらやましい。マリータはリーナに父上がいるのがうらやましい。それでケンカになったんだ」
「違うわ」と思わず叫んだら、ナンナさまも「違います」と叫んでこちらを向いた。
「違わないよ。ぼくには父上も母上もいないから、ふたりともうらやましい。だからわかるよ」
 リーフさまの言葉には虚をつかれた。たしかにそうだ。わたしがナンナさまの態度にいらだつのなら、リーフさまがわたしとナンナさまの両方にむかついていてもふしぎではない。
「やれやれ。そんなことでケンカするような年じゃないだろうに」
 タニアにいわれて恥ずかしくなった。それで思わず反論した。
「だって、わたし、タニアとダグダさんが話していても、こんなふうに感じたことはないわ。ベタベタとうさまに甘えてるって」
「マリータにいわれたくないわ」と、ナンナさまもいう。
「わたし、おかあさまがいらした小さなころだって、マリータみたいにおかあさまにベタベタ甘えなかったわ」
「それについてはぼくが悪いんだ」と、リーフさまがわたしたちに説明した。
「亡くなった両親のかわりに、リーナの父上と母上がぼくに愛情をそそいでくれた。両親の愛情をぼくが半分奪ってしまった。だから、彼女がふつうのひとりっ子みたいに両親に甘えられずに育ったのはほんとうだよ」
「それは違います」と、ナンナさまが反論した。
「小さな子供のころは、そりゃあ、それでいじけたこともありましたけど……。でも、それはずっと小さかったころだけです。いまは、おとうさまを助けて、いっしょにあなたをお守りしたいと思っています。おとうさまにとってだけでなく、わたしにとっても大切な方なのですから」
 そう言って、ナンナさまはまっ赤になった。リーフさまも少し顔が赤い。
 このふたりってば、今まで気づかなかったけど、ひょっとして……。
「へ、へんな意味じゃありません。わたし、ただ……」
 ナンナさまがしどろもどろにいいわけしている。
「あんたが見かけほど父親にベタベタしているわけじゃないんじゃないかとは、うすうす感じてたよ」
 タニアが言った。
「先にマリータを見てたからね。マリータとはつきあいが長いし、家庭の事情も知っているし」
 いきなり引き合いにだされたので、タニアが何を言いたいのかわからず、ちょっとめんくらった。
「マリータも、はためにそう見えるほど、母親にベタベタしているわけじゃない。恐がってるんだ。エーヴェルさんの記憶が戻ったら、いなくなっちまうんじゃないかと恐いんだ」
「違う」と叫んだけど、違わないのは知っている。わたしはたしかに恐い。
 ナンナさまもリーフさまも驚いている。ふたりとも、かあさまが昔の記憶をなくしてるって、知らなかったから。
 隠すことでもないので、わたしは事情を説明した。かあさまのほんとうの娘でないことも、とうさまとはぐれたのが今の時期だということも。
「ごめんなさい。毎年この時期になると、とうさまのことを思い出してしまうの。顔も思い出せないのに」
「そうだったの……。わたしこそ、ごめんなさい。わたしも事情が少し似ているの。とうさまのほんとうの娘じゃないの。たぶん」
 ナンナさまの告白に、わたしも驚いたけど、リーフさまがいちばん驚いていた。リーフさまも知らなかったんだ。
「きみの思いまちがいとかじゃないのか?」
「確証はないんです。ただ……。小さいころに、『わたしのおとうさまはどんな方だったの』と聞いて、かあさまが、『あなたのおとうさまはフォレストナイトで、口が悪くて、でも温かい方でした』って答えたという記憶があるんです。おとうさまがわたしのおとうさまになったのは、それよりあとだったんじゃないかという気がするんです」
「そう言われてみると……」
 リーフさまが首をかしげた。
「うんと小さいころのことはよく覚えていないし……」
「お願い。おとうさまには言わないで」
 ナンナさまにいわれて、言わないと約束した。
 彼女がフィンさんに甘えているように見えたのは、このせいだったんだ。ってことは、わたしもかあさまにベタベタしているように見えてたんだな。ちょっと反省。


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