マリータの日記−ダキアの森にて・その2

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 2003年12月1日UP


  776年9月5日

 ゆうべは久しぶりによく眠った。
 きのう、日記にかあさまと戦ったときのことを書いて、少し気持ちが落ち着いたのかもしれない。いまでも、かあさまと戦ったことは悔やまれるし、あのあと、かあさまがどうなったかも気にかかるんだけど。
 でも、少しだけど、気持ちの整理はできた。
 それに、あの日のことを日記に書いたら、そのあとのことが思い出されて、寝る前にずっとそれを考えてた。
 たぶん、それでだろう。とうさまのことを夢に見たのは。
 どんな夢だったか、ぼんやりしていて、よく覚えていないんだけど……。とうさまといっしょに旅していた小さなころの夢……だったような気がする。ふしぎなものだ。とうさまの顔、ほとんど覚えていないのに、夢に見たなんて。
 おっと、夢のことじゃなくて、あのときのことを書かなくては。
 とはいっても、あのときのこと、なんだか夢を見ていたような気もするんだけど……。
 でも、あれは夢じゃないと思う。
「マリータ、許してくれ。おまえとは気づかなかったんだ」
 そう呼びかける声をたしかに聞いた。あの声は、たしかにとうさまの声だと思う。とうさまの声がどんなだったか、すっかり忘れてしまっていたけど、声を聞いたら思い出した。あれはとうさまの声だ。
 目を開けたかったけど、目を開けられなかった。
 だから、とうさまの顔を思い浮べることができない。とうさまの顔は覚えていないのだから。
 でも、会いさえすればわかる。見れば思い出せると思う。声だって、覚えていなかったけど、聞けば思いだけたのだから。
 それにしても、どうして、とうさまはあんなところにいたのだろう。よりによって、レイドリックのところにだなんて。
 いや、とうさまは傭兵だ。レイドリックがあんな男だとは思わずに雇われたのかもしれない。それとも、仕事と割り切っているのだろうか?
 なんとかして、もういちど、とうさまに会って、レイドリックと手を切ってもらわなくては。でなければ、わたしはとうさまと戦わなくてはならなくなる。
 それに……、もう一つ気になるのは、サイアスさまのことだ。
 サイアスさまはやさしい方だ。なのに、どうしてレイドリックのところにいたのだろう?
 司祭さまだから、たんに旅とかしていて立ち寄っただけだと思うけど……。レイドリックのところからわたしを助けだしてくださったのだから、あいつの味方のはずはないのだけど……。
 サイアスさまに確かめなくちゃと思うのだけど、恐くて聞けずにいる。
 でも、確かめなくては。


  776年9月7日

 きょう、この家の人たちとサイアスさまが森の向こうの道具屋に出かけているとき、妙な男がたずねてきた。若い男だ。オーシンやハルヴァンと同じぐらいか、もう少し年下かもしれない。わたしよりは年上だと思うけど。
 レイドリックのところで見かけたロプトの神官たちと何かが同じ。それにあの剣と何かが同じ。でも、どこかが違う。根本的などこかが。
 うまくいえないけど……。なんだかそんな感じがした。
 相手も、わたしを見て何かを感じたようだ。しばらくにらみあってから、その男が言った。
「闇の武器を手にしたことがある者だな」
 ギクッとした。以前とは違う人間になってしまったと宣言されたような気がしたからだ。
 男はふところから魔法書を取り出した。黒い表紙の魔法書だ。レイドリックのところで闇の司祭や魔道師が持っていたのと似ている。
「ダークマージか」
「この家の人たちをどこへやった?」
 男が言った意味が、そのときにはわからなかった。そのときには、その男がこの家の人たちを狙っていると思ったのだ。
 それで、わたしは男にたずねた。
「この家の人たちをどうする気だ?」
 わたしたちはしばらく睨みあっていた。
 すると、「セイラム〜」と陽気な声がして、いきなり女の子が入ってきた。わたしより二〜三歳ぐらい年下に見える。
「バターも切れてるんだけど」
 女の子の声と、セイラムと呼ばれた男の「ティナ」という声が重なった。
「帰るんだ。あっちにいってなさい」
 男がわたしのほうを向いたまま言う。ティナと呼ばれた女の子はきょとんとしている。
 状況がわからなかったが、子供狩りかと思った。子供狩りってのは、力づくで子供をさらっていくって思ってたけど、だましてさらっていく場合もあるのかもしれない。
「ちょっと、あんた、逃げるのよ。ロプトマージなんかについてっちゃだめよ」
「え?」と、女の子はセイラムって男のもつ魔道書を一瞥し、ちょっとけげんそうな顔をしてから、合点がいったようにこちらを見て陽気に答えた。
「ああ、セイラムのこと、子供狩りのやつらとまちがえたのね。違うの。セイラムはね、あいつらのところから逃げてきたのよ」
 それから、彼女は魔道師のほうをふり向いた。
「やーね、セイラムったら。なんで、そんなもの取り出すのよ。誤解されちゃってるじゃないの」
「逃げてきた?」
 たずねると、相手もとまどっているようだ。
「あんたのほうこそ、暗黒教団かグランベル軍の者じゃないのか?」
「違う!」
 失礼な、と思いながらそう答えると、そいつはもっと失礼なセリフをほざいてくれた。
「そういえば、そうだな。暗黒教団やグランベル軍にしては子供すぎる」
 ムッとしてにらみつけていると、この家の人たちとサイアスさまが帰ってきた。
「まあ、セイラムさんにティナちゃん、るすにしていてごめんなさい」
 おばさんがそう言って、注文を聞いている。どうやら、セイラムって魔道師は、小麦粉とミルクと野菜を買いにきただけらしい。
 そのそばで、サイアスさまがおじさんにあやまった。
「どうも申しわけありませんでした。つきあっていただいて」
「とんでもありません。わしらもあの店に用事がありましたし、それに、サイアスさまにはいつもお世話になっていますから、これぐらいのこと……」
 おじさんが話しているとき、「サイアス?」と、セイラムが聞きとがめるようにいった。
「ひょっとしてサイアス卿か? グランベル軍の軍師の」
 セイラムの視線が鋭くなった。わたしを敵かと勘違いしたときと同じ敵意に満ちた視線だ。
 グランベル軍の軍師?
 思いもかけない言葉に、驚いてサイアスさまを見ると、サイアスさまは、困ったような、傷ついたような表情をしていた。
「グランベル軍ったって、いろんな人がいますよ」
 おばさんが陽気に口をはさんだ。
「盗賊団にだって、あんたたちやパーンのような人もいる。それと同じですよ」
 おばさんの言い方がこともなげだったので驚いた。
 盗賊団なのか、このふたり。お金を払って物を買いにくる盗賊ってのも、ずいぶん行儀がいいけど、盗賊団の一味とこうやってふつうにつきあっているなんて、ずいぶん度胸のいい人たちだ。
 そりゃ、まあ、わたしだって、元山賊のダグザさんやタニアと親しいから、盗賊をやっている人がみんな悪い人とは思わないけどさ。
 セイラムって魔道師は半信半疑のようすだったが、つづけていったおばさんの言葉で、ひどく傷ついた表情になった。
「そりゃまあ、暗黒教団みたいなとこだったら、いい人なんていないかもしれないけどさ」
 おばさんはいやみを言うような人じゃない。セイラムが暗黒教団から逃げてきたって知らないんだ。
「そんなことない!」
 ティナって子がむきになって叫んだ。陽気でお茶目な子が真剣な表情になり、目に涙まで浮かべているので、おばさんは驚いておろおろした。
「どうしたんだい、ティナちゃん? あたし、なにか悪いこといったかねえ?」
「ティナ」と、セイラムがティナをたしなめ、おばさんにあやまった。
「すみません。悪気はないんです。この子は、そのう……、やさしいだけなんです。暗黒教団にいた者にも救いを見いだそうと願うぐらいに」
「ああ、それは、あたしが悪かった。そうだね、どこそこにはいい人がいないなんて、決めつけるのはよくないね。それにしても、こんなに小さくても、やっぱりシスターなんだねえ。シスターって、こういうものなんだねえ」
 おばさんは、セイラムの言葉を勝手に解釈して、やたらに感心している。
「きみは」と、サイアスさまはセイラムを見た。
「きみも、その……、いろいろ背負っているんだな」
 サイアスさまは、ティナの態度の理由にも、セイラスの正体にも気づいたようだ。
「あなたも……ですか」
 サイアスさまとセイラムは、何か共感するものがあったらしい。ふたりとも、それぞれ心に深い傷を負っているのだ。とても落ち着いていて、完全無欠の人のように見えたサイアスさまだけど、そうじゃなかった。
 サイアスさまは深く傷ついている。けっして完璧な方ではなく、弱いところも持っておられる方だ。わたしもまた、あの魔剣に憑かれたことがあるから、それがわかる。
 でも、だからこそ、この方を信じられる。たとえグランベル軍の軍師だとしても。たとえこの先、この方が敵にまわることがあったとしても。
 だから、セイラムたちが帰って、サイアスさまとふたりきりになったとき、衝動的にこう言った。
「わたしに、サイアスさまのお力になれるようなことがありますか?」
 言ってから、ばかなことを言ったと思った。剣しか取り柄のないわたしに、何ができるというのだろう?
「ありがとう」と、サイアスさまはほほえんだ。
「もう力になってくれていますよ。何も聞かずにわたしを信じてくれている。それがどんなにうれしいことか」
 サイアスさまはそうおっしゃったけど、ほんとうに少しでも力になれたのかどうか、よくわからなかった。


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