2004年4月4日UP
776年9月21日 2004年2月11日UP
おじさんとおばさんのところに、お嫁にいった娘さんから手紙がきた。おじさんとおばさんはうれしそうに手紙を開けて読んでいたんだけど、急にまっ青になって嘆きだした。
「どうしたんですか?」
たずねたら、「孫がさらわれた」って答えが返ってきた。暗黒教団の子供狩りに遭ったらしい。
「ああ、どうしよう。ロプトのいけにえにされちまうよ」
そばでサイアスさまが壁を叩いて悔しがっている。こぶしから血が出ていたので、あわてて手当てをした。
ふだん落ち着いているサイアスさまが、ひどく感情的になっておられるので、てっきり、おじさんたちのお孫さんを知っているのかと思って、「お孫さんをご存じなんですか?」とたずねたら、サイアスさまは悲しそうに首を横に振った。
それで気がついた。サイアスさまはグランベル軍の方だ。だからご自分を責めておられるのだ。
「バーハラに行ってみます」と、サイアスさまがおっしゃった。
「さらわれた子供はすべてバーハラに送られる。情報がつかめるかもしれません」
「ああ、お願いしま……」といいかけて、おばさんが首を激しく横に振った。
「だめですよ! 忘れるところでした。殺されます。サイアスさまはあのマンフロイに命を狙われておられるのでしょう?」
それは初耳だったので、驚いてサイアスさまを見た。
「わたしがまちがっていました。わたしがマンフロイを避けているあいだに多くの子供たちが殺されています。でなくば、ロプトのしもべにされているのです」
サイアスさまを止めたいと思った。おじさんとおばさんのお孫さんのことは心配だけど、サイアスさまのほうがもっと心配だった。
どういう理由でマンフロイに狙われているのかわからなかったけど、マンフロイの恐ろしさはウワサに聞いている。アルヴィス皇帝の背後で帝国を牛耳っているのはマンフロイだというウワサも聞いたことがある。なにしろ、あのベルドの親玉なのだから。
以前にマンスターに買物にいったとき、ヴゥルトマー出身っておじいさんと話をしたことがあったけど、アルヴィス皇帝は若いころはやさしい人だったって言ってた。マンフロイにどうにかされたんじやないかとも言ってた。
自分の故郷の領主を身びいきしているのかもしれないから、なんともいえないけど、アルヴィス皇帝がどういう人かはともかくとして、暗黒教団の教団長が恐ろしい人だというのは確かだろう。
そんな男に命を狙われているのに、バーハラにいくなんて。
でも、サイアスさまを止めることはできない。引き止めて、もしも仮にサイアスさまが聞いてくださったとしても、そのあとサイアスさまは苦しみつづける。サイアスさまはそういう方だと思う。
「わかりました。わたしもバーハラにお供します」
サイアスさまは驚いたようだった。
「とんでもない」と、サイアスさまはおっしゃった。
「あなたをそんな危険に巻き込んだら、ガルザスどのに会わせる顔がありません」
一瞬、だれのことかと思った。とうさまの名前を忘れてしまってたんだ。
でも、思い出した。たしかにとうさまは「ガルザス」って名前だった。やはり、あのとき聞いた声はとうさまだったのだ。
「父とは幼いころにはぐれたまま会っていません。顔もよく覚えていません。でも、強くて誇り高い剣士だったのは覚えています。だから、わたしの行動をわかってくれます。サイアスさまにお供します」
「しかし、あなたはほかにしなければならないことがあるのではないのですか? リーフ王子の軍がいずれここにやってきますよ。マンスターからレンスターに向かうとすれば、おそらくこの森の近くを通りますよ。ひょっしたら、すぐにレンスターに向かわず、ターラの応援にいくかもしれませんが、やはりここを通るでしょう」
そうだ。たしかにわたしはリーフさまと合流して、かあさまを助けださなくてはならない。
だけど……。だけど、ここでサイアスさまを見送って、もしもサイアスさまに万一のことがあったら、わたしはきっと一生後悔する。
それに、バーハラに潜入することで、かあさまを助ける手がかりが見つかる可能性だってあるじゃないか。
「サイアスさまにお供します」
サイアスさまはため息をついた。
「いずれにせよ、今すぐに出発するわけではありません。準備がありますから。明日までによく考えなさい」
サイアスさまはそうおっしゃったけど、わたしの決意は変わらないだろう。
776年9月22日 2004年4月4日UP
早起きしてよかった。サイアスさまは、夜明け前にわたしを置いてひとりで旅立つつもりだったのだ。
「わたしもお供します」
そう言うと、サイアスさまは悲しそうに 「だめです」とおっしゃった。
そのようすを見て確信が深まった。サイアスさまをひとりで行かせてはならない。
口論になりかけたとき、変な吟遊詩人がやってきた。
変な……としかいいようがない。旅人が出歩くにはまだ少し時間が早いし、ここは街道からだいぶんはずれている。だいいち、最近はぶっそうだから、吟遊詩人自体が少ないのだ。
それに、その吟遊詩人は、まるで薄闇のなかから突然出現したように見えた。あたりがまだ暗いから、そう見えただけだと思うけど。
「驚いたな」と、その吟遊詩人が言った。
「子供は無事だと伝えにきたら、ファラの波動とオードの波動に出くわすとは」
「何の話だ?」
そう答えたサイアスさまは、ふだんとは別人のようにピリピリしていた。
「子供は無事だと伝えにきたら、ファラの波動とオードの波動に出くわすとは……と言ったのだ」
「そんな波動など感じるわけは……」と言いかけたところで、サイアスさまの表情が変わった。
「子供は無事?」
「ああ。子供狩りに遭った子供なら、オルエン姫がリーフ王子の軍の助けを得て子供たちを救出したらしい。子供狩りに遭ったと手紙に書いたので、心配しているだろうと言うので、知らせにきてやったのだ。郵便よりおれのほうが早いからな」
「おお、神よ、感謝します。それなら、おふたりが目覚めしだい知らせなくては」
喜んだサイアスさまだが、すぐにまた警戒するような表情になった。
「待ってください。リーフ王子の軍が子供たち救出の場にいたのなら、王子の軍はそのままこちらに向かっているのではありませんか?」
「ああ。すぐに出立してこちらに向かっている」
「それなら、どうしてあなたのほうが早くここに着けたんです?」
それはそうだ。リーフさまの軍が何か戦後処理や増員などで手間取っているのならともかく、すぐに出立したのなら、吟遊詩人のほうが先に着けるとは思えない。
「おれは歩いてきたわけではないからな。あんたもリワープの魔法ぐらい使えるのだろう?」
「リワープの魔法? それなら、あなたはセイジなのですね」
サイアスさまの言葉に、吟遊詩人はうなずいた。
セイジって、会ったことはないけど、攻撃魔法も杖も使える上級の魔法使いのことよね。そういえば、吟遊詩人の経験を積んでセイジになる人もいるって聞いたことがあったっけ。
「あんたはハイプリーストだな」と、そのセイジはサイアスさまに言った。
「どうしてセイジではなく、ハイプリーストをめざしたのだ? ファラの聖痕を持ちながら」
サイアスさまの顔色が変わった。その狼狽ぶりから、セイジが言ったのは事実なのだとわかった。
でも、ファラの聖痕? それを持っているのはアルヴィス皇帝と、その子供たちのだれかのはずだけど?
あっ、でも、傍系どうしの結婚で血が濃くなって、聖痕をもつ子供が生まれることもあるって、以前にどっかで聞いたっけ。それで、相続問題とかの秩序を保つため、同じ聖戦士の血を引く人どうしの結婚は禁じられてるとかいう話だった。
サイアスさまのご両親は、その禁を犯して、ファラの血を引く人どうしで結婚なさったんだろうか?
「でたらめを言うな!」
「でたらめではない。おれにはわかるのだ。聖痕を持つ者の波動がな。……あのときの赤子がよく成長したものだ」
「えっ? ……もしや、あなたはシレジアのレヴィン王ですか?」
サイアスさまの言葉に、思わずこのセイジをまじまじと見つめてしまった。
どう見ても旅の吟遊詩人って感じのいでたちで、とても王様には見えない。
「わたしは赤子のとき、母とともに殺されかけ、レヴィン王に助けられたと聞きました。母がいまわの際にそう言い残したのだそうです」
「シレジアの王なら死んだ。シレジアという国自体、いまはない」
セイジの言い方で、この人はたしかにレヴィン王なのだと感じた。
「そのシレジアを滅ぼしたのはアルヴィス皇帝です。シグルド公子の軍を全滅させたのも。なのに、なぜ、わたしを助けてくださったのです?」
「親が何をしようと、赤子に罪はなかろう。その聖痕にも、ファラの血にもな」
それはそうだろう。ファラはかつて世界を救った聖戦士のひとりなのだ。たとえその子孫がどんな罪を犯したとしても。
「聖戦士の血も、聖戦士の武器も、一種の力なのだ。力に正義も悪もない。それを正義にするのも悪にするのも、人間なのだ。ファラフレイムを手にするのを厭うことなどなかったのだ」
それからレヴィン王は、わたしをふり返った。
「アイラに似ているな。オードもその血を引く者も、戦いの指導者とはならなかったが、つねに最も勇敢で、最大の戦力のひとりだった。本来なら一世代にひとりのはずの聖痕を持つ者が、この時代にこんなに何人も誕生したのは、それだけオードの血を引く者が求められているからだろうな」
意味がよくわからなかったけど、なんだか誇らしかった。ずっと隠さなくてはいけないと思っていたアザをこんなに誇らしく思ったのは初めてだ。
それから、レヴィン王は、来たときと同じようにリワープの魔法とかいうので姿を消した。
ともかく、おじさんとおばさんのお孫さんが無事だとわかったので、サイアスさまは出立をとりやめた。
「バーハラには行きませんが、祖父のところに行かなくてはなりません。でも、その前にやるべきことがあります。レヴィン王のおかげで気づきました」
サイアスさまはそうおっしゃって、起きてきたおじさんたちにお孫さんの無事を知らせたあと、ずっと部屋に閉じこもってしまわれた。何をしようとしているのかは、「まだ内緒です」とおっしゃって、教えてくださらなかった。