マリータの日記−ダキアの森にて・その4

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 2004年5月26日UP


  776年9月23日  2004年5月26日UP

 サイアスさまは、きのう一日じゅう部屋に閉じこもっておられ、きょう、お昼近くになって部屋から出てこられた。
 サイアスさまが寝坊するなんてめずらしい。……っていうより、お会いしてからはじめてだ。ゆうべずいぶん遅くまで起きていらしたのだろう。ひょっとすると、ほとんど眠っておられないのかもしれない。
「わたしはもう出立しなければなりません」と、サイアスさまはおっしゃった。
 わかっていたことだが、とてもつらい。
「きょうですか? サイアスさま、ゆうべはあまり眠っておられないのではありませんか? せめてあすになさっては?」
「そうはいきません。リーフ軍はおそらく今夜じゅうかあすにでも到着するでしょう。それより先に祖父のところに戻らなければなりません」
「リーフさまと戦われるのですか?」
「……そうなりそうですね」
「このままここにいれば、わたしはリーフさまと合流することになります。そうしたら、わたしとサイアスさまは敵どうしになってしまいます」
「やむをえません」
「わたしはいやです!」
「ではどうします? 戦いが終わるまで、自分の手を汚さなくてもすむ場所でじっと待っていますか?」
「そんなことを望んではいません。……サイアスさま、リーフさまと戦うのをおやめください。おじいさまを説得してください」
「説得したいとは思っています。しかし、祖父はグランベルの将ですから、説得はむずかしいでしょう。祖父はわたしを赤子のころから育ててくれた人ですから、見捨てるようなことはできません」
 そう言われると、もう何も言えなくなった。おじいさまが大切だというのはわかるから。
「それよりも、お渡ししたいものがあります」
 サイアスさまはそうおっしゃって、ひとふりの剣を差し出した。驚いたことに、あの忌まわしい暗黒の剣だった。
 見たとたんに恐怖がこみあげてきて、思わずあとずさりしてしまった。
「恐がることはありません。あなたが母親に剣を向けたのは、暗黒剣に支配されてのことです。その呪いはわたしが解いておきました。これはもうあなたの剣です」
 では、サイアスさまがまる一日閉じこもっていらしたのは、この剣の闇の力をはらうためだったのだ。
「……でも……」
 サイアスさまがわたしのためにしてくださったことをムダにしたくはなかったけれど、それでも、恐いものはやはり恐かった。
「きのうのことを覚えていますか。レヴィンどのがおっしゃったことを。『力に正義も悪もない。それを正義にするのも悪にするのも、人間なのだ』と、レヴィンどのはおっしゃった。この剣も最初から魔剣だったわけではないのです。どうかこの剣を愛して使いこなしてください。あなたならできるはず。この剣に支配された過去を乗り越えるのは、あなたにとっても必要なことだと思います」
 サイアスさまのおっしゃりたいことは、なんとなくわかるような気がした。
「わたしのなかには、ひどく好戦的な部分があります。だからこそ、暗黒の剣に支配され、母と戦いました」
 このダキアの森でめざめて以来、もやもやしていた思いを整理して、サイアスさまに聞いていただいた。
「わたしは、わたしのなかのその好戦的な部分を恐れています。母と戦ったときのことを思い出すと、自分がとても恐くなります。ふたたび同じ過ちを犯さないためには、この恐怖を忘れてはいけないと思っています。けれども、自分自身に怯えたままでは戦えません。……たしかに、わたしが剣の道を歩みつづけるなら、わたしは自分自身の好戦的な部分から目をそらさず、これを乗り越えなければならないと思います。……それに、考えてみれば、この剣はかあさまとの絆ともいえます。ですから、ありがたくいただきます」
 サイアスさまはうなずいた。
「じつは、あなたにこんな偉そうなことを言っていますが、わたし自身もずっと自分自身に怯えていたのです。あなたを見てひとごとと思えない気がしたのもそのためかもしれません。けれども、レヴィンどのと話して目からウロコが落ちる思いがしました。自分の力を恐れていても前には進めません。もう、わたしはこれを恐れるのをやめようと思います」
 そうおっしゃって、サイアスさまは衣の左袖をまくり上げた。きのうのレヴィン王との会話を聞いていたから、聖戦士ファラの聖痕だとわかった。
「わたしはハイプリーストですから、どのみちファラフレイムは使えませんし、そもそもファラフレイムはここにはありませんが。それでも、もうおのれの血を否定するのはよそうと思うのです。……セイラムという人のことを覚えていますか」
「ええ」
 何日か前にあった闇の魔道師だ。
「暗黒教団から逃げ出しながら、いまだに闇の魔法を手にし、しかも闇に支配されてはいませんでした。自分の過去を真正面から見据えていました。いま、わたしは、あの人のあの態度を見習いたいと思っています」
 サイアスさまはきっぱりした口調でそう言うと、しばらく何か迷っているようすで黙りこくったあと、ふたたび口を開いた。
「自分の過去から逃げないと誓いましたから、あなたには話しておきます。あなたがオードの末裔なら、イザークのアイラ王女と血縁ということになりますから。どのていど近い血縁なのかはわかりませんが」
 いきなり話が飛んだので、ちょっととまどいながら聞いていると、サイアスさまは大きな秘密を告げられた。
「わたしの両親はアイラ王女を殺めました。アイラ王女だけでなく、シグルド公子や、そのほか多くの人々を。……わたしの父はアルヴィス皇帝、母はアイーダ将軍なのです」
 いきなりいわれたらショックを受けたかもしれないけれど、サイアスさまにファラの聖痕があると知ったときにそういう可能性は考えたから、それほど動じずにすんだ。
「サイアスさまのご両親がなさったことは、サイアスさまのせいではありません。……それに、わたしも暗黒の剣にあやつられているあいだ、何人もの人を殺したように思います。アルヴィス皇帝やアイーダ将軍にも、何かどうしようもない事情があったのかもしれません」
 サイアスさまは少し驚いたような顔でわたしをじっと見た。
 何か妙なことを言ったかと、どぎまぎしていると、サイアスさまがほほえんだ。
「いままで父を恨むばかりで、そういう可能性は考えたこともありませんでした。……でも、そうですね。バーハラで何度か会った父はとても悲しそうでした。わたしを息子と気づいているのかどうかはわかりませんでしたが、シグルド公子たちに対して自分がしたことは悔やんでいるようでした。……マリータ、あなたに会えてよかった。助けたつもりで、あなたにいろいろ助けられたような気がします」
 よくわからないけど、わたしがサイアスさまのお役に立てたのならうれしい。
 それから、サイアスさまはおじいさまのもとへと帰っていかれた。

 と、ここまで昼のあいだに書いたんだけど、そのあと、夜になってからずいぶんいろんなことがあった。
 いろいろありすぎて、深夜になってしまってひどく眠い。あすに備えて早く眠らなければいけないから、今夜のことはあすの日記に書こう。
 ただ、これだけは書いておきたい。
 リーフさまに会えた! ナンナさまに会えた! タニアにも! ハルヴァンやオーシンたちにも!
 かあさまはいないけど、みんなに会えたのはやっぱりうれしい。では、おやすみなさい。


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