マリータの日記−戦争中・2

トップページ テレビゲーム館 「マリータの日記」の目次 前のページ 次のページ

 2005年5月21日UP


  776年10月2日

 きょう、ターラに到着した。ティナやサフィさんはもともとターラの人だし、アスベルさんも何年かターラに住んでいたとかで、友だちや知り合いに再会できてうれしそうだった。
 ターラはいつ攻撃されるかわからない状態で緊迫しており、市長のリノアンさまは婚約者のアリオーン王子に裏切られたのかとも思ったけど、そうじゃなかった。以前にフィアナ村にきたディーンさんが、アリオーン王子に頼まれたとかで、妹のエダさんといっしょにリノアーンさまを支えていた。
 リノアンさまは、わたしと同じ年だと聞いたけど、重い責任を背負っておられるためか、落ち着いておとなびて見える。ディーンさんやサフィさんと話しているときにはそうでもないんだけど。
 サフィさんはリノアンさまにとって、おねえさんのような存在らしい。このふたり、顔も雰囲気も似ているってわけじゃないのに、どこか共通点がある。どこがどうとはいえないんだけど……。
 それでかな? このふたりには、わたしを少し落ち着かなくさせる雰囲気がある。サフィさんには少しだけ、リノアンさまにはわりと濃厚に。
 嫌いっていうんじゃない。好きか嫌いかというなら、ふたりとも好きだと思うし、魅力的だとも思う。
 でも、ちょっと恐い。恐いけど、視線が吸い寄せられて、そばにいて欲しいような感じがする。そばにいられると落ち着かないのに、そばにいなくなると、なんだか残念な気分になる。
「どうしたのさ?」
 よほど浮かない顔をしていたのか、タニアに声をかけられた。
 タニアは何でも話せる友だちだけど、これは話すのをちょっとためらわれた。リノアンさまもサフィさんもいい人なのに、なんだか悪口みたいになってしまいそうだし、リノアンさまと親しいリーフさまやナンナさまにも、サフィさんの妹のティナにも知られるわけにはいかない。
 でも、「なにか心配ごとでもあるのかい?」とタニアに重ねて聞かれ、オーシンとハルヴァンに心配そうにのぞきこまれたので、結局、自分の気持ちを話した。リノアンさまもサフィさんも、リーフさまやナンナさま、ディーンさんやエダさん、ティナなど、こんな話を聞かれちゃまずそうな人たちがこの場にいないのはわかってたし、みんなに心配をかけるわけにはいかなかったから。
「わたしがこういうふうに感じるのって、リノアンさまの側じゃなくて、わたしの側の問題だと思うの。で、なぜだろうなあって考えていただけよ」
 話し終わってそうしめくくると、ハルヴァンがポンポンとわたしの頭を叩いた。
「マリータ。リノアンさまはそりゃあ美人で気品もあるけどな、婚約者がいるんだし、身分違いだし、それになによりも女どうしなんだぞ。恋をするなら男にしろよ」
 思わずむせるところだった。ハルヴァンったら、何を考えてるんだか。
「バカだね、マリータはそんなこと言ってないよ」
 タニアが言った。
「高貴でりっぱなお姫さまだからね。気後れしてるのさ。あたしだってそうだよ」
 気後れ……。そうなのかな? それはわりと近いような気もするけど、それだけじゃないような気もする。
 そう思っていたら、オーシンがタニアに反論した。
「でも、おまえたち、ふたりとも、ナンナに気後れしていないじゃないか」
「だって、ナンナはお姫さまとは知らずに友だちになったんだもの。あとからじつはお姫さまだったってわかっても、いまさら気後れしないよ」
 そうなのかな? もしも、最初からナンナさまがお姫さまと知ったうえで出会ってたら、リノアンさまに感じたのと同じ感じを受けたのかな? そういうことはないという気もするのだけど……。
「『光』だな」
 ふいにシヴァさんの声がしたのでびっくりした。わたしの話を聞いているのは、タニアとオーシンとハルヴァンだけだと思っていたのだが、わたしのすぐ後ろにシヴァさんがいて、わたしたちの話を聞いていたのだ。居眠りをしていると思ってたんだけど。
「光は暖かいけど、まぶしいんだ。たしかにサフィにも少しそういうところはある」
「なにをわけのわからないこと言ってんだ?」
 ハルヴァンはそう言ったけど、わたしにはシヴァさんの言いたいことがわかるような気がした。っていうより、それがわたしの知りたかった答えにいちばん近いという気がした。
 わたしは思わず自分の剣に触れた。
 わたしのなかには闇がある。かつてわたしは闇に捕らえられ、そこから抜け出したけれど、やはり依然として、闇はわたしのなかにある。
 それがリノアンさまのなかの何かを恐れると同時に惹かれたのではないだろうか。 


  776年10月3日

 ターラにグランベル軍が迫っているという。
 トラキアはグランベルと同盟を結んでいるけど、どうするのだろう?
 そう思ってエダさんにたずねたら、「もちろんターラを守って戦う」という答えが返ってきた。
 まんいちグランベルがターラに攻め寄せれば、ターラを守って戦うようにというのは、アリオーン王子の命令なのだという。
「でも、殿下の命令がなくても、この状況でターラを見捨てるなんてできるわけないけどね」
 エダさんはそうも言っていた。
 ターラ市民たちも戦う気になっているけれど、リノアンさまとしては、戦いがはじまる前に市民たちを逃がしたいらしい。ディーンさんやリーフさまたちもそれに賛成した。
 わたしも賛成だ。自分たちの町を捨てるのは悔しいだろうけど、町が戦場になれば、多くの死者が出る。一般市民は近くの村にでも避難したほうが安全だと思う。
 それで、みんなで手分けして説得してまわった。
 そのなかに、ずいぶん変な人がいた。旅の吟遊詩人みたいで、ターラの市民ではないのだから、さっさと逃げればいいのに、逃げるよう説得しても、「お子さまはお呼びじゃない」って言うんだ。
 で、セルフィナさまは「年増は好みじゃない」とか言われたらしい。
「デートに誘ったわけでもないのに、何考えてんのかしらね」
 セルフィナさまはそう言って笑ってた。
 そうしたら、なぜかナンナさまがホメロスとかいう名前のその吟遊詩人を連れてきた。
 軽い調子で口説こうとするので、ナンナさまが腹を立ててひっぱたいたら、仲間になるとかいってついてきたらしい。
 変な人だ。わたしに「お子さまはお呼びじゃない」って言ったくせに、ナンナさまは「お子さま」とは思わなかったのね。ナンナさまとわたしは同じ年なんだけどな。
 だいいち、わたしたちの仲間に加わってどうするつもりなんだろ?
 ナンナさまが目当てみたいだけど、ナンナさまはまずまちがいなくリーフさまが好きなんだと思うのに。
 まあ、いいけど。魔法を使えるってことだから、役に立つ人かもしれないし。
 おっと、そろそろ戦闘配置につかなくっちゃ。


上へ  次のページへ