ファイアーエムブレム「紋章の謎」のミディアが少女時代に日記を書いていたら……
これは3ページ目。騎士になりたいミディアは、父の部下だったリュイス隊長の従者にしてもらいます。
2003年1月31日UP
アカネイア暦596年4月24日 2002年12月27日UP
きょう、オグマが処刑されるはずだった。あの小さな王女がいなければ、彼は息絶えるまでむち打たれつづけるはずだった。
「いやっ! やめてっ!」
きっかけは子どもの叫び声だった。わりと身なりのいい女の子が、泣き叫びながら、人混みをかきわけて処刑場に近づく。年齢は七つか八つぐらいだろうか。
「その人を死なせてはいけません!」
処刑人は気にしなかった。小さな子どもの前だというのに、気にせず、また鞭をふり上げる。
すると、驚いたことに、女の子はその鞭の下に飛び込んできた。
「だめえっ!」
処刑人もさすがに驚いたようだが、鞭は勢いがついていて、止められそうにない。あわてて駆け寄ろうとしたけれど、とてもまにあいそうにない。
女の子が鞭で大ケガをする! ……と思ったとたん、ヒュンと風を切る音がして、鞭は後ろの柱に矢で縫い止められていた。矢が飛んできた方向を振り返ると、ジョルジュが立っていた。
「な、何しやがんでえ」
処刑人は文句を言ったけれど、ほっとしているようだ。いい家の子どもにケガをさせては、さすがにまずいと思ったのだろう。
だが、ラングは違った。
「どういうつもりか? 騎士でありながら公の秩序を乱すとは?」
「助けてさしあげたのですが。国賓にケガでもさせては、あなたといえども、立場が悪くなるのではないですか?」
「国賓〜〜?」
処刑人は疑わしそうに眉をひそめた。じつはわたしもジョルジュのはったりだと思った。女の子は、わりと裕福な商人か下級貴族の令嬢あたりかと思われるいでたちだったけど、アカネイア聖王国の国賓とはとても見えなかったからだ。
「タリス王国の王女殿下だ」
「王女ォ? うそだろー? いくら子どもでも、王女さまっていえばよォ」
「すまんな」と、処刑人の言葉を遮ったのは、人のよさそうな四十代ぐらいの男性だった。
「陛下」とジョルジュが声をかける。……ってことは、この方はタリスの国王陛下!
タリスの王が王女を連れて公式訪問中だってことは知っていたけど……。この人も、身なりはたしかにいいけれど、一国の王にしては質素で、あまり王様には見えない。
「うちの娘はおてんばでな」
「まったくですな」と、ラングが応じた。
「一国の王女なればなおさら、宗主国の秩序を乱すようなふるまいはとんでもないこと。まだ子どもなればしかたないとはいえ、人の上に立つ者の心得を教えられたほうがよろしいのでは?」
「人の上に立つ者の心得……。貴公がそれをいいますかな?」
タリス王は温厚なにこにこ顔を崩さないまま、辛辣な皮肉を口にした。ラングの顔色が変わる。
「一国の王とはいえ、貴国は辺境の小国。わだアカネイアの秩序を乱して、ただですむとお思いか? さっさと姫君をお連れになるがよろしかろう」
「さて、その秩序ですが。彼は私有の奴隷で、これは官許を得た私刑。アカネイアの法では、この場合、闘技場は、私刑を中止して奴隷を売る権利ももっているはずですな」
処刑人は、判断に困ったようすで、ずっと無言でこの場のようすを見ていた闘技場の主人のほうを見た。
「それは」と、闘技場の主人が口を開く。
「陛下がこの奴隷を買いたいという意味ですかな?」
「そういう意味にとってもよろしい」
「それでは、ほかの奴隷に対して示しがつかないのですがね」
主人がオグマとシーダのほうに目を向けると、王女は、ドレスが血で汚れるのもかまわず、オグマをかばうようにしてしがみついた。
「この人を助けて! でないと、シーダはここをどきません!」
闘技場の主人は肩をすくめた。
「勇敢な王女に免じて、取り引きをいたしましょう。ただし、こちらもメンツがありますからな。安くは売れません。五万ゴールド、お払いになれますか?」
「よろしい。払いましょう」
タリス王はあっさり応じ、オグマは手当てを受けるために鎖をはずされた。ほっとした。
「まったく、辺境国ってのは、王といい、王女といい……。わがアカネイアとは大違いだ」
帰り道でラングがそうぼやいていたが、ほんとうに大違いなら、わがアカネイアのほうが恥ずかしいことだ。タリス王国は辺境の小さな王国だが、あの王と王女を戴いているなら、国民は幸福だと思う。ひょっとしたら……。ああ、これは認めたくないのだが……。ラングのような男が野放しになっているわがアカネイア聖王国のわたしたちよりも、タリス王国の人々のほうが幸せかもしれない。
アカネイア暦596年5月10日 2003年1月31日UP
タリスの国王とシーダ王女は、滞在の予定を延ばしてきょうまで滞在し、タリス王国に帰ることになった。瀕死の状態で熱を出したオグマを、シーダ王女みずから手当てしたのだそうだ。
オグマは、タリスの傭兵になるという。兵士でなくて傭兵なのは、オグマの意思を尊重したのだろう。王がわがアカネイア国王陛下に挨拶しているあいだ、シーダ王女は控え室で待ってらしたが、オグマが護衛としてついていた。
わたしもリュイス隊長やアストリアといっしょに護衛としてついていたけど、なんだか気まずかった。なんといっても、わたしはオグマを捕らえるのに荷担したひとりだし、ファンだと言ってオグマを怒らせたし……。
でも、オグマがシーダ王女を見る目は、穏やかで、やさしくて温かいもので、ちょっとほっとした。たぶん、オグマは見つけたのだ。命をかけてでも仕えるべき相手を。それはうらやましいと感じた。
オグマは、わたしたちには一言も口をきかなかったが、ジョルジュが入ってくると、口を開いた。
「あのとき、意識がもうろうとしてぼんやりとしか覚えていないのだが、あんただな。みごとな弓の腕で助けてくれたのは。礼を言いたいと思ってたんだ」
「礼には及ばない。来賓の安全を守るのは護衛として当然の仕事だ」
「それはまあそうだが。ほかのやつでは無理だっただろうと思ったもんでな。さすがは聖ブリギットの再来と言われるだけのことはある」
「せっかくほめてくれたのに悪いが、そのあだ名はうれしくない。男の神ならともかく、女神様にたとえられてもな」
「ねえ」と、ふたりのやりとりを聞いていたシーダ王女が口をはさんだ。
「聖ブリギット様って、アカネイア聖王家の初代の王様のご先祖っていわれている女神様でしょ? その再来?」
「忘れてください、その話は」と、ジョルジュが眉をひそめて王女に言った。
「ほんとにいやなんですよ、そのあだ名。オグマ、あんたもだ。……が、まあ、礼を言おうって気になったところをみると、気持ちにだいぶんゆとりが生まれたってことか」
「まあな」
「じゃあ、ゆとりがあるところで、こいつにも何か言ってやってくれ」
ジョルジュがいきなりわたしのほうをオグマに指し示した。
「あんたを怒らせたのを気にしてるんだ」
「え?」と、オグマはけげんそうにわたしを見た。
「……ああ、そういえば、おれが捕まったとき、あんた、いたな」
どうやら、オグマは、あのときのことを忘れていたらしい。
「悪かったな。ファンがいるのまでいやだったわけじゃないんだ。ただ……。いや、まあいい。きつい言い方をして悪かった」
「いえ、こちらこそ。考えなしでした。あなたの強さにあこがれるばかりで、どんな気持ちで戦っているのかなんて、考えたこともなかった」
「おれは強くなんかなかった。これからのほうがほんとうの意味で強くなれると思う」
オグマの気持ちがよくわかった。彼は命を賭けて守るべき人たちを見つけたのだ。うらやましいと思った。
彼らが帰ったあと、ジョルジュにそう言うと、彼は笑って答えた。
「これから探せばいいじゃないか。アカネイア王家のなかで命を賭けて守るべき人を」
「あなたにはそういう人がいるの?」
たずねたら、意外にも肯定の答えが返ってきた。
「王妃殿下もニーナ王女殿下も、命を賭けて忠誠を捧げるに値する方々だ」
そう、たしかに、王妃殿下の評判はいい。遠くから拝謁したことしかないけれど。でも、国王陛下は? 次代の国王となられる王太子殿下は?
いや、よそう。他国をうらやんだところでしかたがない。
「騎士になりたいって気は失せたかい?」
ジョルジュに聞かれて、一瞬答えに詰まったけど、「いいえ」と答えた。
問題の多い騎士団なればこそ、少しでもよりよくするために全力を尽くしたい。
そう言うと、ジョルジュはほほえんだ。
「おれもそうだ。……でも、もしもいつかわがアカネイアが人の道をはずれ、どうしようもなく堕落するようなことになりでもしたら、そのときには……。祖国のために敢えて祖国に弓をひくようなこともあるかも……」
そう言って、ジョルジュは身震いした。
「そんなことにならないよう、全力を尽くしたい。それこそ命を賭けても」
わたしもうなずいた。祖国のために祖国に敵対するなど、考えただけでも恐ろしい。そんな選択を迫られることがないよう祈りたい。