ファイアーエムブレム「紋章の謎」のミディアが少女時代に日記を書いていたら……
これは2ページ目。騎士になりたいミディアは、父の部下だったリュイス隊長の従者にしてもらいます。
2002年11月7日UP
アカネイア暦596年4月5日 2002年10月4日UP
ラング子爵ってのは、ほんとうにいやなやつだ。ジョルジュが嫌っているのもよくわかる。リュイス隊長に連れられてあいさつにいったら、ずいぶんな態度をとってくれた。
「女だてらに騎士だと? 女は男を楽しませることだけ考えておればよいものを。器量はそう悪くはないのだかな」
そう言って、いきなりあごに手をかけようとしたんだから! びっくりして後ろに下がり、手をはねのけたら、いきなり平手で頬をぶたれて胸ぐらをつかまれた。
「上官に向かって、いい態度だな、おい。上官に対する態度ってのをじっくり教えこんでやろう」
そういってにやっとしたその顔のいやらしかったこと。そして、いきなり肩にかつぎあげられたんだ。いくら部下の従者だからって、こんな態度とるかな、ふつう?
驚いていたら、リュイス隊長があせっているようすでラングに声をかけた。
「おやめください! オーエン伯爵令嬢です、その少女は」
ラングはしぶしぶわたしを降ろして、じろりとリュイス隊長を見た。
「どうしてそれを先に言わんのだ?」
「身分と関係なく騎士修行をしたいという希望なので。しかし、それでも、令嬢の貞操にもしものことでもあれば、いかに温厚なオーエン伯爵でも……」
ラングは、「もういい!」と叫んで、いきなりリュイス隊長の顔をなぐった。平手ではなく、こぶしで思いっきり! なんなの、この人は!?
「身分と関係なく騎士修行をするのが望みなら、上官の命令には絶対服従だとよく教えておくことだな。たとえ、伽をせよという命令でもな。できぬのなら、しょせんは親の七光りではないか」
捨てぜりふのように言って、ラングは立ち去った。「親の七光り」と言われたのが悔しかったので、リュイス隊長に、どうして父の娘だと話したのかと抗議したら、隊長は困った顔をした。
「あなたの貞操が危なかったので」
そのときには「貞操」の意味がよくわからなくて、重ねてたずねたら、隊長はますます困った顔をした。いまにして思えば、恥ずかしい質問をしたもんだわ。
「男のわたしからは説明できません。帰ってから、家内におたずねください」
帰ってから奥様に聞いて、リュイス隊長がどうしておとうさまの名前を持ち出してまでラングを止めたのか、よくわかった。
「じつは、わたしはラング子爵に会ったことはないのです。貞操が危ないからっていわれて……。子爵の部下たちのあいだでは『妻や娘をけっしてラングに見せるな』っていわれているんですって。ですから、あなたを紹介するのも、うちの人、気乗りがしなかったのですよ。でも、職務中に従者としてそばにおくとなると、上官に報告しないわけにはいきませんからね」
驚いた。なんてやつなんだ、ラングって。
「くれぐれも、気をつけてくださいませね。けっしてラング子爵とふたりっきりになってはいけません。いくらなんでも、まさかオーエン伯爵令嬢をどうこうしようとはしないだろうと思いますけど、絶対だいじょうぶという保証はないのですから」
奥様に注意され、「気をつけます」と答えた。
ひょっとして、わたしが騎士をめざすのをおとうさまが反対してらっしゃるのは、こういうのも理由のひとつだったのかしら?
アカネイア暦596年4月23日 2002年11月7日UP
いつもはリュイス隊長についてアカネイア・パレスやノルダ周辺の見回りをするばかりだったけど、今日は仕事があった。けれども、全然うれしくない仕事だった。
ノルダの闘技場の奴隷剣闘士たちが脱走した。それを捕らえるという仕事だ。腑に落ちない。どうして、誇り高いアカネイア騎士団がそんなことをしなければならないのか?
そういえば、ジョルジュが前に言ってたっけ。ラング子爵は奴隷商人と結託しているって。命令を出したのはラングだから、たぶんそのへんと関係あると思う。奴隷商人から賄賂を受け取って、彼らの利益のために部下を使ってるんだ。部下はその命令に従わなくてはならない。
国王陛下はこんなことを知らないはず。そうよ。陛下は知らないんだわ。神聖なアカネイア王国の国王陛下が、人を奴隷にするような者たちの味方なんてするはずがない。そうよね? 陛下にひとことそれを確かめたい……んだけど……。そんなことがかなうはずもない。
奴隷たちはほとんどみんな逃げ去ったけど、ひとりだけ捕まった。オグマだ。みんなを逃がそうとして捕まったらしい。りっぱな人だ。なのに、「秩序を乱した」というので、あした処刑されてしまう。死ぬまで鞭で打たれるのだという。
わたしたちは、その処刑がとどこおりなくおこなわれるのを見届けなくてはならない。ラングの命令だ。これが騎士の仕事?
オグマが連行されるとき、思わず声をかけた。
「わたしはあなたのファンです。尊敬しています」って。
オグマはひどく冷たい視線を向けてきた。
「人が殺し合うのを高見の見物するのは、おもしろかったかね、お嬢さん」
そうしたら、ずっと黙っていたアストリアが言った。
「剣闘士がほんとうに死ぬことは何十試合に一回ていどだろう。戦いに命を賭けるのが恐いのか?」
オグマは軽蔑したような視線をわたしたちに向けてきた。
「あいにく命を賭ける価値のある戦いをしたのは今日がはじめてだな、お坊っちゃん」
それっきりオグマは背を向けた。
「それでも、おれはあんたにあこがれてた。あんたみたいに強くなりたいと、ずっと思ってたんだ」
アストリアがそう叫んだけど、オグマはもうふり返らなかった。
オグマの言いたいことはわかるような気がする。たしかにわたしは、今までなんども、闘技場で人が殺し合うところを見物している。だって、ほんとうに剣闘士が殺されたときって、少なくともわたしが見物したときにはいちどもなかったし……。騎士の御前試合を見るのと同じ感覚だった。
でも違ってた。騎士にとって試合で戦うのは名誉なことだったけど、剣闘士たちにとっては違ってたんだ。剣闘士たちが臆病というのではない。奴隷の身分で、自分の意志と関わりなく戦わされるというところが問題だったんだ。そういう状況でなら、観客の前で戦うのは、名誉ではなく、むしろ屈辱だったんじゃないだろうか?
オグマが言ったように、闘技場での戦いは、彼らにとって命を賭ける価値のある戦いではなかった。むりやり命を賭ける状況におかれてしまうから、やむなく戦っていただけだ。
だから、剣闘士たちは逃げた。自由を求める戦いこそ、命を賭ける価値のある戦いだったからだ。
だから、オグマは、観客だったわたしを軽蔑している。彼らが騎士のように誇り高く戦っていたと思っていたのは、わたしの間違いだったのだ。
人間を奴隷にするなんて、そもそも間違っている。なのに、わたしは、明日、奴隷商人の味方をしてオグマの処刑を見届けなければならない。
いやだ! しかし、命令には従わなくてはならない。騎士になるというのはこういうことなのだろうか?