ファイアーエムブレム「紋章の謎」のミディアが少女時代に日記を書いていたら……
これは5ページ目。騎士志望のミディアは、王妃とニーナ姫の護衛を任じられます。
2003年8月14日UP
アカネイア暦596年8月14日
二日間のお休みをいただいたので、家に帰った。おとうさまも家にいらしたので、ニーナ姫さまの縁談について後宮でウワサになっていることを話し、疑問に思っていたことを訊ねてみた。
「ジョルジュはニーナ姫さまのご夫君候補の対象外だと、みんな言ってるんですけど、どうしてですか?」
おとうさまは眉を寄せた。
「王家にもジョルジュにも事情があるのだ。他人の事情をあれこれ詮索するのは感心せんぞ」
そう言われると恥ずかしくなった。と同時に、おとうさまはその事情とやらを知っているのだと感じた。
事情があるとわかると、ジョルジュのことが心配になってきた。なんといっても友だちなんだし、ひとりっ子のわたしにとっておにいさまみたいな人なんだし。
しかし、だからといって、ジョルジュが何も言わないのに、プライベートなことを詮索するのは、とても失礼なことだとは思う。でも、……気になる。
そう思っていたら、ジョルジュがやってきた。ジョルジュもきょうは非番なのだそうだ。王宮では仕事場所が全然違っていて会えないから、わたしが家に帰っていると知って、遊びにきたのだという。
「ミディアははねっ返りだからな。宮仕えが合わなくてめげてるんじゃないかと気になったもんでね」
「そんなことはないけど……」
「そうか? なんだか元気がないように見えるけど?」
「そ、そう?」
「後宮のご婦人たちとうまくいってないってんじゃなさそうだな。それなら、ミディアのことだから、腹を立てても、元気がなくなったり、話すときに目をそらしたりしないもんな」
こういうところ、鋭いのよね、ジョルジュって。
「さしずめ、おれの悪口でも聞かされたか?」
「いや、べつに悪口ってわけじゃないわ。ただ……」
おとうさまのほうをチラッと見たら、おとうさまがしかたないというふうに口をはさんだ。
「ニーナ王女殿下のご結婚話について、後宮でウワサになっているらしくてな。こいつは、あなたが王女殿下の夫候補に入っていないということを、考えなしに後宮の侍女たちに思い出させてしまいおった」
ジョルジュは苦笑した。
「かまいませんよ。その件なら、騎士団ではさんざんウワサにされていますから。『じつは子種がない』とか、『じつは男色家』とか、根も葉もない憶測をいろいろされています。面と向かってたずねられたこともありますしね」
なに、それ? 男の集団って、ひょっとして、女の集団よりも陰湿じゃないの? ジョルジュってば、平然と笑いながら言うんだもの。こういう陰口に慣れてるってことよね。
「しかし、ミディアを心配させるのもナンだからな」と、ジョルジュが言った。
「秘密を守れるんなら、ほんとうのワケを教えてやるよ。聞きたいか?」
「それって、ジョルジュが話すとつらいようなことなの?」
「いや、別に。おおっぴらには言えないが、じつは内心では誇りにしている」
ジョルジュの言い方は謎めいていて、思いっきり好奇心をそそられた。それに、話すのがつらいようなことでないなら別にいいと思ったので、「話して」と頼んだ。
そうしたら……。驚いた。ジョルジュったら、いきなり服を脱ぎだすんだもの。
思わず手で目を覆ったら、「これが秘密だ」と、ジョルジュがいう。
手を降ろしてジョルジュのほうを見ると、ジョルジュは、こちらに背中を見せて、左の肩甲骨のあたりを指差している。
すぐそばまでいってよく見ると、そこに奇妙なアザがあった。このアザ、聖王家の紋章に似ているような気がするんだけど……。
そう言ったら、「そうだ」という答えが返ってきた。
「これはブリギット女神さまの血を濃く引いている証だ。おれの家では何度も王家との婚姻がおこなわれているから、たまたま、おれのところで血が濃くなったのだろう」
「じゃあ、ジョルジュが『ブリギット女神様の再来』とよくいわれているのは……」
思わず、ジョルジュの子供のころからのあだ名を思い出した。
ブリギット女神さまは、アカネイア王家の祖となった初代王の先祖で、ナーガ神に仕える弓の名手だといわれている。ブリギット女神さまは神々の国に住んでおられるが、その御子のパティ女神さまの御子のトビー神さまがアカネイア大陸にご光臨なさって、伝説の五色の盾の巨人を助けて暗黒竜と戦った。アカネイア聖王国の初代国王陛下は、このトビー神さまの末裔で、パティ女神さま譲りの特殊能力を受け継いでおられたという。
その特殊能力っていうのがどんなものかは伝わっていないらしいけど、きっとすごい能力なのだろう。王家の血を引くお方に、ときおりブリギット女神さま譲りの弓の名手が生まれることがあるっていわれているけれど、弓の才能とはまた別なんだろうか?
ああ、いけない、日記を書きながら話が脱線している。ジョルジュの話を聞いているときも、同じぐらい思考が脱線してしまった。
だってねえ。そりゃあ、聖王家のご先祖が神さまの末裔だという話は何度も聞かされたし、べつに疑ってたってわけじゃないけど……。でも、そういうのって、神話だと思っていたし、まして雲上人の国王陛下ならともかく、幼なじみのジョルジュが女神さまの血をそんなに色濃く引いているなんて……。
「ブリギット女神さまの血がおれに弓の才能を与えてくれたのなら、おれはそれを誇りに思うし、感謝もしている。だが、それを傲るつもりはない。おれの弓の才は、あくまでアカネイア聖王国と国王陛下のためのものだ。……しかし、だれもがそう思ってくれるわけではない」
「暗黙の掟があるのだ」と、おとうさまが言った。
「王位から遠い王族、または王族以外の者がブリギット女神さまの聖痕をもって生まれたときは、王子または王女との婚姻を認めてはならぬ。そんな掟がな」
理由はわかるような気がする。王太子殿下の王妃さまやニーナ姫さまに対する態度を見ているから、なんとなくわかる。
それは嫉妬だ。王や王太子が持たぬものを、王とならぬ者が持つことを許さないのだ。
「狭量な。つまらぬ嫉妬でそんなことを」
「口がすぎるぞ、ミディア」と、おとうさまに叱られた。
「たんなる嫉妬ということはできぬ。聖痕を持つ者からは、やはり聖痕を持つ子が生まれることが多いからな。王太子ではない王子や王女に聖痕を持つ子が生まれれば、その子は王太子の地位を脅かす。それを防ぐための掟だ」
「聖痕を持つ者になにも野心がなくても、周囲はそうは思ってくれない。いまのところ、おれがこの聖痕を持っていることはごく限られた者しか知らないが、王女殿下との縁談など起これば、そうはいかない。おれは敢えてこのタブーを破りたいとは思わない。おれの父もそう思っているし、国王陛下や王妃殿下も同じお考えだ。むろん、王太子殿下もな」
ふたりに、くれぐれもこのことは内密にするようにと釘を刺された。
いいませんとも。だれにも。ただ、日記にだけは書いておく。これは、わたし以外は読まないものだから。
「聖戦の系譜」をいきなり出してすみません。アカネイア人は金髪、初代王は盗賊、たぶん王家の血も入っているとおもわれる名家のジョルジュは弓騎士……というところから、こんな設定をでっちあげました。聖戦をやっていない方のために説明しますと、竜族の血を飲むことによって生まれた聖戦士の末裔には聖痕があり、ブリギットは聖戦士ウルの子孫で聖弓イチイバルの使い手、その娘パティはなぜか盗賊です。盗賊のスキルは遺伝とは関係ないみたいですけど、そのへんは追及しないように。